第39話 ラング商会
翌朝。
俺達はラングA商会へ向かっていた。
「本当に行くんですね」
ミリアが言う。
「ああ」
「昨日も聞いた気がします」
「昨日も答えた気がするな」
ミリアがため息をついた。
◇◇◇
ラングA商会は想像以上に大きかった。
倉庫。
荷馬車。
作業員。
次々と荷が運び込まれている。
「大きいですね」
ミリアが見上げる。
「ああ」
バルドの鮭だけで回る規模ではない。
◇◇◇
「これはバルドの領主様」
責任者らしい男が現れる。
愛想の良い笑顔だった。
「見学したい」
「構いませんよ」
予想外にあっさり許可された。
倉庫を歩く。
鮭が並んでいる。
だが。
よく見ると印が違う。
「これは北部」
「こちらは北東部」
バルドだけではない。
各地の鮭が集まっていた。
「全部買っているのか」
「ええ」
責任者が頷く。
「鮭だけではありませんが」
「我々の主力商品の一つです」
さらに奥へ進む。
燻製。
塩漬け。
乾燥品。
なるほど。
これなら王都にも。
南方にも売れる。
「どうですか」
責任者が言う。
「うちの鮭は格別ですよ」
「ああ」
それは嘘ではない。
だが。
何も見つからない。
価格操作の証拠も。
カルテルの証拠も。
何一つ。
◇◇◇
B商会。
C商会も回った。
帳簿も見せてもらった。
快く見せてくれた。
「また帳簿ですか」
ミリアが言う。
「ああ」
「数字は嘘をつかない」
「知ってます」
「でも何もありませんでしたね」
その通りだった。
どこも怪しいところはない。
◇◇◇
帰り道。
「何もありませんでしたね」
ミリアが言った。
「ああ」
「どうするんですか」
「……」
答えが見えない。
ダレンも続ける。
「考え過ぎだったのでしょうか」
「分からん」
本当に分からない。
ラングは大きい。
大き過ぎる。
バルドの鮭など。
全体から見れば一部だ。
それなのに。
なぜバルドだった。
なぜ四枚だった。
「腹が減った」
俺は言った。
「珍しいですね」
「朝から歩いている」
「人間らしいです」
失礼な奴だ。
◇◇◇
近くの食堂へ入る。
名物は鮭料理らしい。
焼き鮭。
鮭の燻製。
鮭のスープ。
「美味しい!」
ミリアが騒いでいる。
「静かに食え」
「無理です」
その時だった。
「昔はもっと美味かった」
隣の席の老人が呟いた。
俺は顔を上げる。
「昔?」
「ああ」
「バルドの鮭だ」
思わず手が止まる。
「知っているのか」
「王都じゃ有名だったぞ」
「脂が違う」
「燻製にしても味が落ちなかった」
ミリアが目を丸くする。
「そんなにですか」
「今のとは別物だ」
老人は懐かしそうに笑った。
「十年くらい前だったかな」
「急に入ってこなくなった」
「何かあったんですか?」
ミリアが聞く。
老人の笑顔が消えた。
「……」
初めてだった。
さっきまで饒舌だった老人が黙り込む。
「あんな事がなければな」
小さく呟く。
「何があった」
俺が聞く。
老人はすぐには答えなかった。
代わりに周囲を見回す。
その仕草に違和感を覚えた。
まるで。
誰かに聞かれるのを警戒しているようだ。
「詳しくは知らん」
ようやく口を開く。
「昔、ラングB商会に知り合いがいてな」
「酒の席で聞いた話だ」
「だが……」
そこで言葉が止まる。
「だが?」
「いや」
老人は首を振った。
「忘れろ」
その瞬間。
「おい」
店の奥から低い声が飛んだ。
店主だった。
先ほどまで皿を洗っていた手を止めている。
「余計なことを話すな」
店内が静まり返る。
不思議だった。
怒鳴ったわけではない。
だが。
空気が変わった。
老人は苦笑した。
「悪かった」
「昔話だ」
それで終わりだった。
だが。
周囲の客達は誰も笑わない。
誰も話に加わらない。
聞こえていないふりをしている。
まるで。
その話題そのものに触れたくないかのように。
◇◇◇
店を出る。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてミリアが言う。
「変でしたね」
「ああ」
「何か知っているんでしょうか」
「知っている」
俺は即答した。
「少なくとも何かはな」
十年前。
ラングB商会。
そして。
誰も話したがらない昔話。
何も見つからなかったはずなのに。
胸の奥に小さな棘が残っていた。
(第40話 忘れられた鮭)
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