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第36話 競争していない

その日の午後。

 俺は買付記録をさらに古い年度まで遡っていた。

「また帳簿ですか」

 ミリアが呆れた顔をする。

「ああ」

「もう領主様の墓石は帳簿の形でいいと思います」

「勝手に殺すな」

 ダレンが吹き出した。

 珍しい。

◇◇◇

「何を見ているんですか?」

 ミリアが聞く。

「価格だ」

「またですか」

「ああ」

 まただ。

 鮭の買付価格。

 十五年前。

 銀貨五枚。

 翌年。

 銀貨七枚。

 その翌年。

 銀貨六枚。

「普通ですね」

 ミリアが言う。

「ああ」

 俺も頷く。

 高い年もある。

 安い年もある。

 商人ごとにも違う。

 自然だ。

 だが。

 ある年から様子が変わる。

 銀貨九枚。

 ラングA商会 九枚。

 ラングB商会 九枚。

 ラングC商会 九枚。

「同じですね」

 翌年。

 銀貨十一枚。

 A商会 十一枚。

 B商会 十一枚。

 C商会 十一枚。

「また同じです」

 ミリアが言った。

 そして翌年。

 銀貨四枚。

 A商会 四枚。

 B商会 四枚。

 C商会 四枚。

 翌年。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 さらに翌年。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 静かになる。

「領主様?」

 ミリアが顔を覗き込む。

「妙だな」

「何がです?」

「四枚だ」

 俺は漁獲量の帳簿を引き寄せた。

 価格が四枚になった年。

 漁獲量は増える。

 翌年。

 さらに増える。

 ここまでは分かる。

 だが。

 その翌年。

 漁獲量は減り始める。

 さらに翌年。

 もっと減る。

 それなのに。

 価格は四枚。

 四枚。

 四枚。

「戻りませんね」

 ミリアが言った。

「ああ」

 供給が増えれば安くなる。

 そこまでは自然だ。

 だが。

 供給が減れば。

 普通は少しずつ戻る。

 少なくとも。

 何かしら動く。

 それが市場だ。

「でも動いてないですね」

「全くな」

 俺は価格表を見つめる。

 九枚。

 九枚。

 九枚。

 十一枚。

 十一枚。

 十一枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

 四枚。

「偶然ですか?」

 ミリアが聞く。

「分からん」

 俺は正直に答えた。

「だが」

「こんな偶然が何年も続くとは思えん」

 ダレンが静かに言う。

「価格を合わせていたと?」

「その可能性はある」

 俺は頷いた。

「だがまだ断定はできない」

 価格だけでは断定できない。

 だが。

 見るべき方向は見えた。

 鮭ではない。

 商人達だ。

「次は」

 俺は帳簿を閉じた。

「なぜ前領主が補助金を出したのか調べる」

 ミリアが首を傾げる。

「え?」

「何でそこで前領主様なんです?」

 俺は価格表を見る。

 九枚。

 十一枚。

 高過ぎる。

 そして。

 四枚。

 安過ぎる。

「何かがおかしい」

「最初からな」


(第37話 補助金の提案者)


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