第33話 数字が合わない
俺が庁舎へ行くと、机の上には帳簿の山が
できていた。
「……凄いな」
「領主様が全部と言ったので」
ダレンは淡々と言った。
十五年分の税収記録。
漁業組合の記録。
買付記録。
領地運営記録。
本当に全部集めてきたらしい。
「ご苦労」
「いえ」
ダレンは小さく頭を下げた。
◇◇◇
「何を見るんですか?」
ミリアが聞いた。
「まだ分からん」
「またですか」
「分からないから見る」
「領主様のそういうところ、たまに面倒です」
「たまにならいい」
「ほぼ毎回です」
むむ、言葉がでない。
◇◇◇
俺は帳簿を横に並べた。
鮭の買付価格。
漁獲量。
税収。
年ごとに追う。
最初の数年。
鮭一匹、銀貨六枚。
漁獲量は大きく変わらない。
農業税。
林業税。
漁業税。
どれも多くはない。
だが安定している。
「普通ですね」
ミリアが言った。
「ああ」
普通だ。
それが一番大事なこともある。
次の年。
銀貨九枚。
さらに次の年。
銀貨十一枚。
「凄いですね」
ミリアが目を丸くした。
「ああ」
漁業税は増えている。
だが漁獲量は、そこまで増えていない。
値段が上がったから税収が増えた。
量で稼いだわけではない。
「ダン達が抑えていたんでしょうな」
ダレンが言った。
「昔からそうでした」
「来年も鮭が戻るように」
「獲り過ぎるなと」
俺は頷いた。
筋は通る。
「でも」
ミリアが首を傾げる。
「十一枚なら、もっと獲ればいいのに」
「お前はすぐそういうことを言うな」
「素直な感想です」
「危険な素直さだ」
ミリアは少し不満そうだった。
ダレンが苦笑する。
「当時も、そう思った者は多かったでしょう」
「ですよね」
ミリアが少し得意そうにする。
得意になるところではない。
ダレンは続けた。
「漁師以外の者も、鮭を獲りたがりました」
「農家もですか?」
「ええ」
「林業の者もです」
「前領主様も、好機だと思われたのでしょう」
「これでバルドは豊かになると」
「船や網への補助も出ました」
俺は領地運営記録を見る。
確かに支出が増えている。
漁業振興。
船具補助。
網の購入支援。
きれいな言葉が並んでいた。
「良いことじゃないですか」
ミリアが言った。
「町を豊かにしようとしたんですよね」
「ああ」
悪意はない。
少なくとも、この記録からはそう見える。
「ダン達は?」
俺は聞いた。
「反対しました」
ダレンは短く答えた。
「鮭は無限ではないと」
「来年も戻る分を残せと」
やはりそうか。
あの老人達らしい。
「でも、聞いてもらえなかったんですね」
ミリアが言った。
「ええ」
ダレンは少しだけ目を伏せた。
「皆、儲けたかったんです」
「我も我も、と」
「他の者より先に」
静かになる。
人間らしい。
そして。
危うい。
俺は次のページを開いた。
銀貨四枚。
「安っ」
ミリアが思わず声を上げた。
翌年も四枚。
さらに翌年も四枚。
「急に落ちたんですね」
「ああ」
俺は頷く。
「皆、すぐ戻ると思ったそうです」
ダレンが言った。
「去年まで十一枚でしたから」
「一年もすれば戻ると」
「戻らなかったんですか」
「戻りませんでした」
「じゃあ、獲るのをやめればよかったのでは?」
ミリアが聞いた。
単純だ。
だが自然な疑問だった。
ダレンは少し困った顔をした。
「それが、そう簡単ではなかったようです」
俺は漁獲量を見る。
価格が四枚に落ちた年。
漁獲量は増えている。
翌年も増えている。
さらに翌年も増えている。
なるほど。
四枚でも獲った。
戻ると信じて。
それは説明できる。
「それで鮭が減ったんですね」
ミリアが小さく言った。
「ええ」
ダレンが答える。
「減りました」
俺はさらにページをめくる。
漁獲量が落ち始める。
急にではない。
少しずつ。
だが確実に。
鮭は減っていた。
そこで俺の手が止まった。
価格。
銀貨四枚。
翌年も。
四枚。
さらに翌年も。
四枚。
俺は黙って帳簿を見た。
「領主様?」
ミリアが顔を覗き込む。
「何かありました?」
「……」
供給が増える。
価格が下がる。
そこまでは分かる。
だが。
供給が減る。
それでも価格が戻らない。
そこが合わない。
俺は買付記録を開いた。
商人が違う。
年も違う。
だが。
銀貨四枚。
銀貨四枚。
銀貨四枚。
どこを見ても同じだった。
「同じですね」
ミリアが言った。
「ああ」
「仲良しだったんですかね」
「商人がか」
「はい」
「商人は仲良しで値段を決めない」
「そうなんですか」
「普通はな」
俺は帳簿を閉じた。
ダレンが聞いた。
「何か分かったのですか」
「少しだけな」
「少しですか」
ミリアが不満そうに言う。
「半分くらい分かってください」
「無茶を言うな」
俺はもう一度、価格の列を見る。
六枚。
九枚。
十一枚。
四枚。
四枚。
四枚。
そして、漁獲量の列。
増える。
さらに増える。
減り始める。
それでも価格は四枚。
「鮭の値段は」
俺は言った。
「鮭の量だけでは決まっていない」
ミリアが首を傾げた。
「どういう意味ですか」
「まだ分からん」
「またそれですか」
「ああ」
だが。
今度は違う。
分からないのではない。
見る場所が変わった。
鮭ではない。
値段だ。
川辺の老人の言葉が蘇る。
ラングの商人達は皆同じ値段だった。
聞いていた。
だが見落としていた。
鮭の数ばかり見ていた。
価格の意味を見ていなかった。
俺は静かに帳簿を閉じた。
「ダレン」
「はい」
「四枚になった頃の話を、もう一度集めて欲しい」
「誰から聞きますか」
「当時を知る者なら誰でもいい」
ダレンは頷いた。
「分かりました」
ミリアが小さく呟いた。
「また調査ですか」
「ああ」
「眠くなります」
「寝るな」
「善処します」
「するな。起きろ」
俺は帳簿の山を見る。
まだ結論は出さない。
だが。
数字はすでに、違う方向を指していた。
(第34話 四枚の理由)




