第31話 ダンの条件
第31話 ダンの条件
静かになる。
「条件がある」
ダンが言った。
港の風が吹く。
俺は頷いた。
「何だ」
ダンは少しだけ考えた。
そして言う。
「親父を説得しろ」
「親父?」
「ああ」
「会っただろ」
俺は考える。
そして。
頭に一人の顔が浮かんだ。
無愛想。
頑固。
説明不足。
鮭より早く来いと言った男。
「……まさか」
「ああ」
ダンが頷く。
「俺と同じ名前の漁師だ」
静かになる。
ミリアが固まった。
ダレンも目を見開く。
「え?」
ミリアが声を漏らした。
「あの人がお父さんですか?」
「ああ」
「あの頑固で融通効かない?!」
「そうか」
ダンは興味なさそうだった。
「早朝2度も呼びつけて、寝不足にさせられた?!」
「そうか」
どうでも良いらしい。
俺はダンを見る。
「なぜだ」
ダンは海へ視線を向けた。
しばらく黙る。
やがて口を開いた。
「鮭が消えた」
静かな声だった。
「皆諦めた」
聞いた話だ。
バルドは衰退した。
漁師は去った。
商人も去った。
「だが親父達は残った」
ダンは続ける。
「鮭を守るためにな」
港に風が吹く。
「十五年だ」
短い言葉だった。
だが重い。
「十五年……」
俺は呟く。
「そうだ」
「老人は何人だ」
ダンがこちらを見る。
「九人」
頭の中で数字が動く。
九人。
十五年。
「百三十五人年か」
ミリアが固まった。
「何ですかそれ」
「人生だ」
「人生?」
「ああ」
俺は頷く。
「九人が十五年使った」
ミリアが頭を抱えた。
「普通に言ってください」
「面倒だ」
「言ってください」
ダレンが苦笑した。
ダンも少しだけ笑う。
初めて見た気がした。
「それで?」
俺は聞く。
「お前は何をした」
ダンは海を見る。
「運んだ」
「鮭か」
「ああ」
「利益は出たのか」
「出る訳ないだろ」
即答だった。
「だが運んだ」
ダンは続ける。
「親父達だけじゃ生きられん」
「なるほど」
「だから俺が売った」
船が揺れる。
港の奥に見える二隻。
「昔は三隻あった」
ダンが言う。
「今は二隻だ」
静かになる。
「売ったのか」
「ああ」
「鮭のために」
「親父達のためだ」
その言葉に嘘はなかった。
俺は少し考える。
そして聞いた。
「なぜそこまでした」
ダンは肩をすくめる。
「分からん」
予想外の答えだった。
「分からん?」
「ああ」
「親父がやっていた」
それだけだった。
「だから俺もやった」
シンプルだった。
だが。
それが一番本音なのだろう。
しばらく沈黙。
波の音だけが聞こえる。
「だから条件だ」
ダンが言った。
俺は顔を上げる。
「親父を説得しろ」
「何をだ」
「鮭だ」
短い。
だが意味は分かる。
「鮭で儲ける話じゃない」
ダンは俺を見る。
「親父達は十五年守った」
「知っている」
「知らん」
即答だった。
俺は眉をひそめる。
「何が違う」
「お前は鮭を見てる」
ダンは言う。
「親父達はバルドを見てる」
静かになる。
「鮭が戻れば人が戻る」
「……」
「人が戻れば街が戻る」
「……」
「だから守った」
その言葉の重みを。
俺は初めて理解した気がした。
鮭は商品ではない。
街そのものだった。
「俺は協力してもいい」
ダンが言う。
「だが親父は違う」
風が吹く。
「親父が納得したら船を出す」
「納得しなければ」
「出さない」
当然だった。
俺は少し笑う。
「面倒だな」
「ああ」
ダンも笑った。
「親父は面倒だ」
それは知っている。
よく知っている。
「分かった」
俺は頷いた。
「説得しよう」
ダンは鼻を鳴らす。
「できるか?」
「知らん」
正直に答えた。
だが。
やるしかない。
百三十五人年。
それだけの人生を使った。
なら。
領主として答えを出さなければならない。
(第32話 説得)
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