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第29話 燻製屋

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 魚市場を歩く。

 鮭を見ていた。

 正確には。

 値段を見ていた。

「高いですね」

 ミリアが言う。

「ああ」

 確かに高い。

 他の魚の数倍だ。

 昔バルドが栄えた理由も分かる。

 鮭は高級魚だった。

「良かったですね」

 ミリアは少し嬉しそうだった。

「これなら借金も」

「無理だな」

 即答だった。

 静かになる。

「え?」

 ダレンも驚いている。

「なぜです?」

 俺はダンを見る。

「今の鮭はどれくらいだ」

 ダンは少し考えた。

「全部で一万匹くらいは戻っているだろう」

 思ったより多い。

 ミリアの顔が明るくなる。

「すごいじゃないですか!」

「ああ」

 ダンは頷いた。

「昔ほどじゃないがな」

 だが。

 俺は続けて聞く。

「獲っていいのは」

 ダンの表情が少し変わった。

「二千匹だ」

「そんなに少ないのか」

「ああ」

「それ以上獲れば意味がない」

 静かになる。

 産卵。

 翌年。

 翌々年。

 守らなければ終わる。

 十五年守った男の答えだった。

「値段は」

「銀貨五枚前後」

 頭の中で数字が動く。

 二千匹。

 銀貨五枚。

 銀貨一万枚。

 金貨百枚。

 最大でだ。

「どうですか?」

 ダレンが聞いた。

 ミリアも期待した顔をしている。

 俺は答えた。

「足りん」

 静かになる。

「何がです?」

「今月だ」

 金貨五百枚。

 返済期限まで残り僅か。

 金貨百枚では届かない。

 五分の一だ。

「しかも」

 ダンが言った。

「最高値の場合だ」

 俺は頷く。

 市場価格は変動する。

 輸送費もある。

 人件費もある。

 船も動かす。

「利益はもっと減るな」

「ああ」

 ダンが頷く。

「下手をすれば半分だ」

 静寂。

 ミリアが固まっていた。

「終わりでは?」

 正直な感想だった。

 俺もそう思う。

 鮭は戻った。

 だが。

 借金は返せない。

 それが現実だった。

◇◇◇

 市場を歩く。

 考える。

 何か方法があるはずだ。

 だが。

 見つからない。

 その時だった。

 風に乗って香りが流れてくる。

 魚だ。

 だが。

 生魚ではない。

 香ばしい。

「何でしょう」

 ミリアが辺りを見る。

 市場の奥だった。

 煙が上がっている。

「燻製屋だ」

 ダンが言う。

 俺は何気なく店先を見る。

 そして。

 足が止まった。

「……高いな」

 値札だった。

 鮮魚の数倍。

 いや。

 五倍近い。

 店主が笑う。

「手間がかかるからな」

 俺は聞く。

「日持ちは」

「半年」

 頭の中で数字が動いた。

 鮮魚。

 輸送。

 腐敗。

 利益。

 全部が組み替わる。

「レオン様?」

 ミリアが不思議そうに見る。

 俺は答えなかった。

 計算していた。

 そして。

 初めて。

 今日の数字が黒字になった。

「ダレン」

「はい」

「まだ終わっていない」

 ダレンが目を見開く。

 俺は燻製を見る。

 鮭を売るんじゃない。

 価値を売る。

 どうやら。

 考え直す必要がありそうだった。


(第30話 価値を売れ)



次回をお楽しみに!

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