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第23話 隠れ漁師達

獣道は思った以上に長かった。

 人一人がようやく通れる幅。

 だが。

 確かに使われている。

「最近の跡ですね」

 グランが地面を見る。

「ああ」

 草も踏まれている。

 昨日今日ではない。

 定期的に人が通っている。

「本当に人がいるんですね」

 ミリアが小声で言った。

「そのようだ」

 俺は前を向く。

 少しずつ。

 違和感が増えていた。

 倒木が片付けられている。

 獣道も整備されている。

 誰かが生活している。

 そうとしか思えなかった。

 その時だった。

「止まれ」

 低い声。

 全員が固まる。

 グランが反射的に前へ出た。

 森の奥。

 弓を構えた男が立っていた。

 白髪。

 六十代後半だろうか。

 だが目は鋭い。

 現役の猟師の目だった。

「誰だ」

 男が聞く。

 俺は一歩前へ出る。

「バルド領主のレオンだ」

 男の眉が動いた。

「領主?」

「ああ」

「帰れ」

 即答だった。

 ミリアが固まる。

 グランも固まる。

 だが。

 俺は少し驚いただけだった。

「理由を聞いてもいいか」

「帰れ」

「理由は」

「帰れ」

 話にならない。

 男の後ろから数人が現れた。

 全員老人だ。

 だが武器を持っている。

 槍。

 弓。

 鉈。

 漁師というより自警団だった。

「レオン様」

 グランが小声で言う。

「危険です」

「ああ」

 だが。

 妙だった。

 殺気がない。

 本当に追い返したいだけらしい。

「鮭のことを聞きたい」

 俺は言った。

 老人達の空気が変わる。

「……帰れ」

 先ほどより声が低い。

「鮭を知っているな」

「帰れ」

「知っているんだな」

 沈黙。

 図星だった。

「レオン様」

 ミリアが袖を引く。

「帰りましょう」

「嫌だ」

「子供ですか!」

 俺は無視した。

「なぜ隠す」

 老人達は顔を見合わせる。

 そして。

 弓を持った老人が言った。

「お前達は同じだ」

「同じ?」

「ああ」

 老人は睨む。

「漁師達と」

「領主達と」

「商人達と」

 静かになる。

「魚が増えれば獲る」

「儲かれば獲る」

「いなくなるまで獲る」

 重い言葉だった。

 後ろの漁師達が俯く。

 思い当たることがあるのだろう。

「だから守った」

 老人は川の方を見る。

「何を」

「鮭だ」

 風が吹いた。

「昔」

 老人は続ける。

「この川は銀色だった」

 誰も喋らない。

「だが皆獲った」

「もっと獲れ」

「もっと売れ」

「もっと儲けろ」

 その結果。

「鮭はいなくなった」

「絶滅したのか」

「いや」

 老人は首を振る。

「少しは残った」

 俺は黙って聞く。

「だから待った」

「待った?」

「ああ」

 老人は川を見る。

「十年」

「十五年」

「ずっとだ」

 静かになる。

 想像を超えていた。

 十年。

 十五年。

 借金の返済どころではない。

 人生そのものだ。

「その間」

 老人は続ける。

「誰も近づかなかった」

「ああ」

「ゴブリンがいたからな」

 グランが頷く。

「確かにいました」

「追い払うこともできた」

 老人は言った。

「だがしなかった」

 静かになる。

「なぜだ」

「人間の方よりましだからだ」

 誰も言葉を返せなかった。

 老人は本気だった。

 本気でそう信じている。

 そして。

 長い年月をここで過ごした。

「なるほど」

 俺は頷いた。

「分かったか」

「ああ」

 老人は少しだけ表情を緩めた。

 だが。

 俺の次の言葉で固まった。

「つまり」

 俺は川を見る。

「鮭は戻っているんだな」

 沈黙。

 ミリアが頭を抱えた。

「そこですか……」

 老人達も固まっていた。

 だが。

 俺にとって重要なのはそこだった。

 十五年守った。

 なら。

 守る価値があったということだ。

「名前を聞いてもいいか」

 老人はしばらく黙っていた。

 そして。

「ダンだ」

 短く答えた。

「俺はレオンだ」

「知っている」

「そうか」

 俺は頷く。

「また来る」

 ダンが眉をひそめる。

「来るな」

「無理だな」

「なぜだ」

 俺は口元を緩めた。

「この川は俺の領地だからだ」

 静寂。

 ダンの顔が険しくなる。

 そして。

 初めて敵意が見えた。

 どうやら。

 本当の交渉はこれかららしい。


(第24話 守る者と使う者)



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