第21話 鮭を数えろ
風が吹いた。
老人は海を見たまま言った。
「やめたんじゃない」
静かになる。
「潰されたんだ」
ミリアが首を傾げる。
「潰された?」
「ああ」
老人は頷いた。
「漁師組合だ」
俺は老人を見る。
「誰に潰された」
老人は少し驚いた顔をした。
「……ラングです」
グランが目を見開いた。
「ラング?」
「ああ」
「港町の?」
「そうだ」
嫌な予感がした。
「詳しく聞かせてくれ」
老人は近くの岩へ腰を下ろした。
「昔、この辺りでは鮭が獲れた」
「ああ」
「かなり儲かった」
帳簿が証明している。
「だから漁師も増えた」
当然だ。
「だが、ある年から値段が急に下がった」
俺は黙って聞く。
「次の年も」
「その次の年も」
「さらに下がった」
ミリアが聞く。
「なぜです?」
「分からん」
老人は首を振った。
「ただ」
「ただ?」
「ラングの商人達は皆同じ値段だった」
静かになる。
競争していない。
全員が同じ価格。
偶然とは思えない。
「その後は」
「漁師が減った」
老人は海を見る。
「儲からんから」
当然だった。
赤字の商売は続かない。
「組合も弱った」
「船も減った」
「人手も減った」
老人の声は寂しそうだった。
「最後は?」
「組合が解散した」
老人は遠くを見る。
「若い者はラングへ出て行った」
「船も売った」
「小屋も捨てた」
だから。
あの小屋は残っていたのか。
「そして鮭も消えたのか?」
俺は聞いた。
老人は首を振った。
「いいえ」
静かになる。
ミリアが目を丸くした。
「え?」
「最後の年も獲れました」
「帳簿の一匹か」
「はい」
老人は頷く。
「鮭は消えたわけじゃありません」
「ただ」
「ただ?」
「一匹では食っていけんのです」
誰も言葉を返せなかった。
その通りだった。
一匹いても意味がない。
十匹でも足りない。
商売になる数が必要だ。
「それで皆やめた」
「ああ」
老人は苦笑する。
「魚が消えたわけじゃない」
「商売が消えたんです」
静かになる。
俺は海を見る。
面白い。
非常に面白い。
「レオン様」
ミリアが小声で言った。
「何が面白いんですか」
「鮭が絶滅していない」
「はい」
「漁場も残っている」
「はい」
「なら話は終わっていない」
ミリアが頭を抱えた。
嫌な予感しかしない顔だった。
「まさか」
「ああ」
俺は頷いた。
「数を調べる」
「やっぱり!」
グランも苦笑する。
だが。
商売は勘でやらない。
まず数字だ。
鮭は何匹いるのか。
本当に戻ってきたのか。
そこから始める。
その時だった。
「無駄ですよ」
別の老人が口を開いた。
初めてだった。
「何がだ」
「鮭です」
老人は首を振る。
「戻っても売れません」
「なぜだ」
「ラングです」
老人の声は重かった。
「昔と同じことになります」
静寂。
「獲れても」
「運べない」
「売れない」
「儲からない」
誰も反論できなかった。
それが。
この村が負けた理由だった。
だが。
俺は口元を緩めた。
「なるほど」
「何がです?」
ミリアが聞く。
「問題が二つになった」
「増えてますよ!?」
その通りだった。
鮭の数。
そして販路。
だが。
問題が見えたなら解決できる。
見えない問題の方が厄介だ。
俺は海を見た。
どうやら。
本当の勝負はこれかららしい。
(第22話 鮭を数えろ)




