第19話 忘れられた小屋
第19話 忘れられた小屋
小屋の中は薄暗かった。
屋根は半分崩れている。
床も腐りかけていた。
「本当に人がいたんですね」
ミリアが周囲を見回す。
「ああ」
俺は頷いた。
想像以上だった。
漁網。
樽。
木箱。
燻製窯。
漁場の作業小屋で間違いない。
しかも。
かなり本格的だ。
「レオン様」
グランが壁際を指差した。
「こちらを」
近付く。
崩れた棚だった。
その下に木箱が埋もれている。
「開けてくれ」
グランが蓋を外した。
中には紙束が入っていた。
湿気で傷んでいる。
だが読めそうだった。
「帳面ですね」
ミリアが覗き込む。
俺は一冊を開いた。
日付。
漁獲量。
売却先。
金額。
帳簿だった。
「なるほど」
ページをめくる。
鮭 三十七匹
鮭 五十二匹
鮭 四十一匹
さらにめくる。
売上の記録もあった。
銀貨。
時には金貨。
思った以上の金額だ。
「儲かっていたな」
グランが驚いた顔をした。
「分かるのですか」
「ああ」
帳簿を渡す。
グランは読み進める。
そして固まった。
「これは……」
ミリアも覗き込む。
「そんなにですか?」
「村の税収より多い年があります」
静かになる。
俺はもう一冊開いた。
さらに古い帳面だった。
同じだ。
鮭。
鮭。
鮭。
どうやらこの漁場は鮭で栄えていたらしい。
「レオン様」
ミリアが言った。
「これなら大発見じゃないですか」
「まだだ」
「え?」
俺は首を振る。
「儲かっていたことは分かった」
「はい」
「だが」
帳面を閉じる。
「今は誰もいない」
ミリアが黙る。
そこだ。
商売で重要なのは成功例ではない。
失敗した理由だ。
「最後を見よう」
帳面の後ろを開く。
年々数字が減っていた。
三十七匹。
二十九匹。
二十一匹。
十三匹。
七匹。
そして。
一匹。
その次の年。
記録は空白だった。
小屋に沈黙が落ちる。
「消えた……」
ミリアが呟く。
「ああ」
俺は頷いた。
さらに最後のページを見る。
そこには短い文章が残されていた。
達筆ではない。
漁師が書いたのだろう。
『今年も鮭は戻らず』
その下。
『もう終わりだ』
誰も喋らなかった。
長い年月。
期待して。
待って。
それでも戻らなかった。
そんな諦めが伝わってくる。
「レオン様」
グランが口を開く。
「やはり鮭は消えたのでしょうか」
「分からん」
俺は即答した。
「昨日見た魚もありますし」
「ああ」
だから分からない。
消えたのか。
戻ったのか。
別の魚だったのか。
全部仮説だ。
「確認する必要がある」
その時だった。
ミリアが窓際で何かを見つけた。
「あれ?」
小屋の隅。
埃をかぶった板が立て掛けられている。
「何だそれ」
ミリアが持ち上げる。
板ではなかった。
地図だ。
かなり古い。
だが読める。
「レオン様」
ミリアの声が震えた。
「これ……」
俺は地図を見る。
そして。
目を細めた。
今いる川。
小屋。
入り江。
そして。
さらに北。
見慣れない印が描かれていた。
「何だこれは」
グランも覗き込む。
だが首を振った。
「知りません」
地図の端には文字が残されていた。
『第二漁場』
静寂。
俺は口元を緩めた。
どうやら。
見つけたのは一つだけではないらしい。
(第20話 第二漁場)




