第136話 二十年後の塩
第136話 二十年後の塩
「二十年前の」
「作り方なんぞ」
「とっくに捨てた」
「捨てた?」
ミリアが。
窯を見る。
「ああ」
「毎年」
「作ってきたんだ」
火の強さ。
海水を。
移す時。
塩を。
取り出す時。
少しずつ。
変えた。
「昔より」
「少ない火で」
「作れる」
「取れる塩も」
「増えた」
ベルンが。
棚から。
二つの皿を。
持ってきた。
「舐めてみろ」
◇◇◇
白い。
塩。
二つ。
ミリアが。
指先につける。
「こっちは」
「少し」
「苦いです」
「昔の作り方だ」
もう一つ。
「こっちは」
「……違います」
「雑味が少ない」
ベルンが。
頷いた。
「今」
「売ってるのは」
「こっちだ」
二十年前。
王都へ。
渡った技術。
そこから。
ベルン家は。
止まっていなかった。
失った後も。
作った。
考えた。
変えた。
王都が。
持っていったのは。
二十年前の。
作り方。
ベルンが。
今。
持っているのは。
二十年後の。
作り方だった。
◇◇◇
前の世界でも。
似たことが。
あった。
ある取引先が。
品質を確認したいと。
工場を。
見せてほしいと。
言ってきた。
大口の。
取引先だった。
工場は。
見せた。
原料。
温度。
入れる順番。
設備。
聞かれたことにも。
答えた。
一年ほどして。
その取引先は。
別の工場で。
よく似た商品を。
作り始めた。
注文は。
半分以下になった。
会議で。
技術部長が。
言った。
「盗まれたんじゃない」
「俺たちが」
「見せたんだ」
その言葉を。
覚えている。
技術は。
目に見えない。
だから。
価値がないように。
見える。
だが。
一度。
相手の頭へ。
入れば。
取り返せない。
特許で。
守る。
契約で。
縛る。
それが。
できないなら。
見せない。
ベルンの父が。
失ったのも。
塩ではなかった。
技術だった。
◇◇◇
「いくらで」
「作れる?」
ベルンの。
目が細くなる。
「製法は」
「聞かんのか?」
「聞かない」
「欲しいのは」
「原価だ」
「げんか?」
「塩を一袋」
「作るのに」
「いくらかかる?」
ベルンが。
ミリアを見る。
「書くのか?」
「数字なら」
「書きます」
人。
燃料。
海水を運ぶ金。
袋。
窯の修繕。
順番に。
出していく。
ミリアが。
足していく。
「……安い」
「そうか?」
「ああ」
王都の近くより。
土地が安い。
人を雇う金も。
安い。
さらに。
黒火石。
「これを使ってから」
「薪は?」
「減った」
「どれくらい?」
ベルンが。
数字を言う。
ミリアが。
また。
書く。
製法が。
良くなった。
燃料も。
安くなった。
人件費も。
王都より低い。
作るところだけなら。
弱くない。
「でも」
ベルンが言う。
「運べば」
「負ける」
俺は。
男を見る。
「前はな」
◇◇◇
第三港。
第二港。
第一港。
ノース。
紙に。
線を引く。
「これは?」
「今の航路だ」
第三港の塩を。
東へ。
馬車で運べば。
山を登る。
街道へ出る。
馬。
御者。
餌。
宿。
以前。
百袋で。
比べた。
荷をまとめれば。
海の方が。
およそ三割。
安かった。
「今は」
「第一港から先も」
「船がある」
ダンの息子が。
難所を越える。
その先。
ノース。
ラング。
バルド。
以前は。
切れていた。
道が。
つながっている。
ベルンが。
紙を見る。
「だが」
「王都の塩は」
「王都の近くで作る」
「ああ」
「王都まで持っていけば」
「こっちが負けるぞ」
「だから」
「王都では売らない」
「?」
◇◇◇
「ミリア」
「ラングで」
「王都の塩は」
「いくらだった?」
「加工所の」
「資材を見積もった時に」
「調べています」
帳簿を。
めくる。
「あ」
「ありました」
数字を。
読み上げる。
ベルンが。
黙った。
「どうだ?」
「……勝負にはなる」
「品質は?」
「うちの方が」
「悪いとは思わん」
「なら」
「試せる」
ベルンが。
俺を見る。
「何を」
「考えてる?」
◇◇◇
王都には。
近さがある。
そこで。
戦う必要はない。
王都から。
遠くなれば。
王都の塩にも。
運賃が乗る。
ノース。
ラング。
さらに。
その先。
こちらには。
安い生産費。
黒火石。
二十年。
改良した製法。
そして。
海の道がある。
相手が。
強い場所で。
戦う必要はない。
こちらが。
有利な場所から。
取ればいい。
「ベルン」
「何だ」
「王都の塩に」
「勝とう」
男の顔が。
止まった。
「王都へ」
「塩を売るのか?」
「違う」
紙の上。
ラングを。
指した。
次に。
ノース。
「王都に」
「買ってもらうんじゃない」
「王都の塩を」
「買っている客に」
「こっちを選ばせる」
ベルンが。
何も言わない。
「安くて」
「質もいいなら」
「選ぶ理由はある」
「……本気か?」
「ああ」
ベルンが。
窯を見る。
二十年前。
王都へ。
渡した技術。
その技術で。
作られた塩。
今度は。
そこから。
客を取り戻す。
「何袋」
「作ればいい?」
「まだ増やすな」
ベルンが。
俺を見る。
「まず」
「今の窯で」
「作れる分だけだ」
「売れるか」
「確かめる」
しばらくして。
ベルンが。
笑った。
「本当に」
「変な領主だな」
俺は。
答えなかった。
外では。
雪解けの。
水が。
海へ。
流れ込んでいた。
冬が。
終わろうとしている。
(第137話 道が開いた)




