第125話 この町では普通のもの
第125話 この町では普通のもの
「これで」
「七枚目です」
ミリアが。
紙を振った。
「まだ七枚だ」
「まだ書くんですか」
「ああ」
「終わりはないんですか」
「ああ」
「じゃあ」
「自分で書いてください」
紙を。
取り上げられた。
「分かった」
「……本当に書くんですか」
「何なんだ」
◇◇◇
七枚。
昨日。
ヴェルナの商人。
倉庫の人間。
船乗り。
いろいろな人間に。
聞いた。
「東へ」
「持って行きたい物は?」
その答えだ。
俺は。
一枚ずつ。
見直した。
「これ」
「ダメなんですか?」
「ダメとは」
「言ってない」
「では?」
「勝ち筋がない」
「勝ち筋?」
商品名の横。
聞いた理由も。
ミリアが。
書いていた。
倉庫に。
在庫がある。
今年。
余った。
売れ残っている。
安くしても。
減らしたい。
「安く」
「買えるんですよね?」
「ああ」
「なら」
「売れるんじゃないですか?」
「今年はな」
安ければ。
動くかもしれない。
だが。
大量に運べば。
値段は崩れる。
来年。
同じだけ。
余るとも限らない。
仕入れ値も。
戻る。
前の世界なら。
こういう荷は。
ベースカーゴには。
ならない。
毎年。
安定して動く。
航路を。
下から支える荷。
七枚には。
それがない。
「じゃあ」
「何を探すんです?」
「探さない」
「え?」
「今日は」
「ヴェルナを見る」
「聞かないんですか?」
「ああ」
「何を売りたいかも?」
「聞かない」
ミリアが。
七枚を見る。
「昨日の私の仕事は?」
「役に立った」
「本当ですか?」
「ああ」
「売りたい物を聞けば」
「売りたい物が出てくる」
「……当たり前では?」
「そうだ」
「だから」
「今日は聞かない」
ミリアが。
しばらく考えた。
「その前に」
「お腹空きました」
「ああ」
「市場からにしましょう」
急に。
ミリアは。
元気になった。
◇◇◇
いい香りの焼いた魚が。
売られていた。
「これ一つくださ~い」
店の女が。
手際よく皿にのせる。
そして。
皿の端へ。
赤い実を。
数粒置いた。
「これ」
「頼んでませんけど」
「何言ってるんだい」
女が。
変な顔をした。
「魚には」
「これだろ」
隣を見る。
別の客の。
皿にも。
赤い実。
その隣にも。
ある。
焼き魚の付け合わせらしい。
ミリアが。
一つ食べた。
「酸っぱい!」
顔を。
しかめる。
「魚と一緒に食べるんだよ」
店主が笑いながらそう言った。
ミリアが。
魚を口に入れ
もう一つ。
食べた。
「お、美味しい」
「魚の脂と、混ざって」
「何、この味!」
俺も。
口へ入れる。
酢の酸味。
その後に。
少し。
果実の香り。
すぐ魚の身を口に入れる。
確かに。
脂の強い魚に。
よく合う。
「これ」
「ニシンの燻製にも」
「合いそうです」
「ああ」
「ラングでは」
「見ませんでしたよね」
「見てない」
「どこで売ってるんですか?」
ミリアが店主に聞く。
「こんなのどこの家庭でも自分で作ってるよ」
「へえ」
「家庭によって味が違うんだよ」
「いろいろ食べてみたい」
「肉に合うのもあるし」
「まあ、好みだがな」
ミリアが。
店主にねだり。
少し分けてもらう
◇◇◇
少し先。
湯気の立つ。
大鍋。
肉と一緒に。
細く切った。
葉野菜を。
煮込んでいた
「これも」
「食べます」
「聞いてない」
ミリアが。
もう。
椅子に座っている。
一口。
食べる。
「何これ!」
「美味しい」
「さっきから、何食べてもそれだな」
「でも、ほんと美味しい」
「食べてみてくださいよ」
「体も温まるし、何よりこの油と酸味が絶妙」
店の老婆が。
樽の蓋を開けた。
中から。
しんなりした。
葉野菜を。
一束。
取り出す。
水で。
さっと洗う。
絞る。
包丁で。
ざくざく切る。
「これ」
「どうやって作るんです?」
「冬の初めに採れた野菜を」
「少し干す」
「干すんですか?」
「ああ」
「しんなりしたら」
「樽に詰めて」
「塩に漬ける」
寒さが本格的になる頃には。
酸味が出る。
ヴェルナでは。
昔から食べる。
保存食らしい。
「これも、売ってないんですかね」
「お嬢ちゃん、欲しいのかい」
老婆が元気よくミリアに話しかける
「はい」
「この先に売ってるよ」
「この鍋のもそこのを使ってる」
どこの家庭でも、。
野菜を買ってきて。
自分で漬けるらしいが。
市場でも売ってるようだ。
◇◇◇
市場を見て回る。
赤い実・野菜・布だけが例外だった
市場の裏へ。
樽。
樽。
また。
樽。
十。
二十。
その奥にも。
まだある。
「さっきの」
「野菜ですかね」
「ああ」
「ずいぶん」
「多いな」
荷を運んでいた男が。
苦笑した。
「今年は」
「畑が良すぎた」
「良すぎた?」
「野菜が」
「採れすぎたんだ」
食べきれない。
だから。
いつもより。
大量に。
漬け込んだ。
「でもな」
男が。
倉庫を見る。
「これだけあると」
「ヴェルナだけで」
「春までに」
「食い切れるか」
「分からん」
「余ってるんですか?」
「今年はな」
今年は。
安く買える。
保存も利く。
しかも。
少なくとも。
ラングやバルドにはない。
いくらで値が付くか確認だ。
「一樽」
「買えるか?」
「喜んで」
男が。
笑った。
◇◇◇
港へ。
戻る途中。
乾いた音が。
続いていた。
コン。
コン。
コン。
「何の音です?」
男が。
厚い布を。
木台へ。
広げていた。
刷毛を。
油へ浸す。
布へ。
塗る。
その上から。
木槌で。
叩く。
コン。
コン。
また。
油を塗る。
また。
叩く。
「何してるんです?」
ミリアが。
近づいた。
「油を」
「布になじませてる」
「え?」
男が。
また。
叩く。
「叩いて」
「中まで入れるんだ」
仕上がった布を。
持ち上げる。
厚い。
目も。
詰まっている。
港を見る。
同じ布を。
船乗りが。
肩から。
羽織っていた。
波しぶき。
布へ。
かかる。
水が。
表面を。
流れ落ちる。
「風も」
「通しにくい」
男が言う。
「雨も」
「波も」
「普通の布より」
「ずっとましだ」
ミリアが。
触る。
「これ」
「すごくないですか?」
「ああ」
「ラングにも」
「ありませんよね?」
「見てない」
「バルドにも?」
「ない」
ミリアの。
目が。
輝いた。
「じゃあ」
「これ」
「売れますよ!」
「……」
「赤い実も!」
「野菜も!」
「この布も!」
「ラングにも」
「バルドにもない!」
「だったら」
「ノースにも」
「ないんじゃないですか?」
「かもしれない」
「なら」
「全部」
「持って帰りましょう!」
「待て」
「何でです?」
「ないから」
「売れる」
「とは限らない」
ミリアが。
止まった。
◇◇◇
前の世界でも。
似た言葉を。
何度も聞いた。
「うちにしか」
「作れない」
「品質も高い」
「他社にはない」
「だから」
「市場でも強い」
作る側にとっての。
特徴を。
勝手に。
客にとっての。
価値へ変える。
そのまま。
商品を出す。
売れない。
倉庫だけが。
埋まる。
作れる物から。
考える。
プロダクトアウト。
悪いわけではない。
自分たちの。
技術。
設備。
強みを。
使える。
だが。
自分たちの強みが。
客にとって。
価値になるとは。
限らない。
逆もあった。
「顧客ニーズを」
「もっと見ろ」
「マーケットインだ」
会議で。
何度も言う。
幹部がいた。
だが。
「それを」
「うちでどう作る?」
「いくらかかる?」
「どう届ける?」
「誰が売る?」
「利益は残る?」
そこまで聞くと。
急に。
答えがなくなる。
市場から。
考える。
それも。
正しい。
だが。
自分たちが。
実現できなければ。
企画書で。
終わる。
作れる物だけでも。
足りない。
欲しい物だけでも。
足りない。
市場と。
自分たちを。
つなぐ。
そこまでやって。
初めて。
商売になる。
◇◇◇
「売れないんですか?」
ミリアが。
少し。
残念そうに言う。
「違う」
「可能性は」
「かなりある」
「ですよね!」
「だから」
「試す」
まず。
赤い実。
原価を。
積み上げる。
仕入れ。
瓶。
輸送。
それが。
原価。
だが。
値段は。
それだけでは。
決めない。
魚。
肉。
それに添える。
薬味。
保存食。
東で。
同じ役割の商品が。
いくらで。
売られているか。
そこを見る。
次。
塩漬けの野菜。
今年は。
安く買える。
だが。
今年の仕入れ値では。
値段を作らない。
平年の。
仕入れ値でも。
続けられる。
売値にする。
今年。
安く買える分は。
利益だ。
最後。
布。
買う人間は。
限られる。
船乗り。
漁師。
港で働く人間。
大量には。
売れない。
だが。
役に立つなら。
高くても。
買う人間はいる。
少量。
高単価。
高い利益。
それでいい。
「何枚か」
「買うぞ」
「誰に」
「見せるんです?」
「ダン」
「ダンさんなら」
「分かりますね」
「ああ」
俺より。
ずっと。
分かる。
◇◇◇
夕方。
帰りの荷に。
それぞれ。
載せた。
赤い実。
少し干してから。
塩に漬けた野菜。
油を。
叩き込んだ布。
大量には。
買わない。
まだ。
商品ではない。
売れると。
決まったわけでもない。
だが。
昨日の。
七枚とは違う。
誰も。
「東へ売りたい」
とは。
言わなかった。
ヴェルナでは。
普通に。
食べる。
普通に。
使う。
だから。
誰も。
特別だとは。
思っていない。
「レオン様」
「はい」
「明日は」
「帰りますよね?」
「ああ」
「よかった……」
「途中の港も見る」
「……」
「何だ」
「今の」
「よかった、を」
「返してください」
七枚の紙には。
なかった。
三つの荷。
その方が。
ずっと。
勝ち筋が。
見えていた。
(第126話 値段の決め方)
最後までお読みいただきありがとうございます。
是非、感想、評価、ブックマーク登録をお願いします。




