表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
122/125

第122話 冬の海

第122話 冬の海

「峠が」

「閉じた」

 商品は。

 ラングにある。

 客は。

 ヴェルナにいる。

 値段も。

 ついた。

 注文も。

 ある。

 なのに。

 運べない。

 部屋が。

 静かになった。

 そして。

 全員の視線が。

 一人へ向いた。

 ダンの息子。

 船乗り。

 ミリアが。

 恐る恐る聞いた。

「海なら」

「行けるんですよね?」

 男は。

 少し考えた。

「ああ」

「だったら!」

 一瞬。

 俺も。

 そう思った。

 行ってもらえばいい。

 ヴェルナには。

 客がいる。

 ニシンは。

 今しか獲れない。

 返済まで。

 残り八十金貨。

 一度だけ。

 この男に。

 運んでもらえばいい。

 だが。

 その瞬間。

 自分の言葉を。

 思い出した。

 あと少しだから。

 条件を緩める。

 それが。

 一番危ない。

「……いや」

 俺が口を開くより。

 先に。

 男が言った。

「俺は」

「行かない」

「え?」

 ミリアが。

 目を丸くした。

◇◇◇

「行けるんですよね?」

「ああ」

「じゃあ」

「どうして?」

「一回なら」

「行けると思う」

 男は。

 静かに答えた。

「でも」

「次は?」

「え?」

「来週」

「また注文が来たら?」

 誰も。

 答えない。

「来年」

「またニシンが来たら?」

「その時も」

「俺が行くのか?」

 男は。

 窓の向こうの。

 冬の海を見る。

「俺が」

「病気なら?」

「船が壊れてたら?」

「海が」

「三日荒れたら?」

 なるほど。

 俺が。

 目の前の八十金貨に。

 引っ張られていた。

 一回。

 運べるか。

 ではない。

 毎年。

 運べるか。

 だった。

◇◇◇

 前の世界にも。

 いた。

 その人にしか。

 できない仕事。

 その人しか。

 知らない取引先。

 その人だけが。

 分かる数字。

 周囲は。

 優秀な社員だと。

 言った。

 確かに。

 優秀だった。

 だが。

 その人が。

 辞めた。

 倒れた。

 異動した。

 それだけで。

 仕事が止まる。

 経営する側から見れば。

 それは。

 強みであると同時に。

 重大なリスクだった。

 一人が。

 頑張り続けなければ。

 成立しない仕事は。

 事業ではない。

「そうだな」

 俺は言った。

「お前一人に」

「運ばせたら駄目だ」

 男が。

 頷いた。

◇◇◇

「でも」

 ミリアが。

 困った顔をする。

「じゃあ」

「どうするんです?」

「それなら」

 ダンの息子が。

 机へ近づいた。

「方法はある」

 炭筆を取る。

 紙に。

 ラング。

 そして。

 西に。

 ヴェルナ。

 その間へ。

 いくつか。

 小さな丸を書いた。

「これは?」

「港だ」

 ラングから。

 ヴェルナまで。

 一気に走らない。

 沿岸の港を。

 つなぐ。

「冬でも」

「ずっと海が荒れてるわけじゃない」

「風が落ちる日もある」

「なら」

「その日に」

「次の港まで行く」

「荒れたら?」

「港で待つ」

「また凪いだら?」

「次へ行く」

「でも」

 ミリアが言う。

「一隻で」

「全部行くなら」

「結局」

「同じでは?」

「一隻で」

「行かない」

◇◇◇

「ここから」

「最初の港までは」

「この海を知ってる船」

 次。

 そこから。

 さらに西へ。

「次の海は」

「そこで暮らしてる船乗りに」

「任せる」

 荷を。

 港から港へ。

 渡していく。

「最後まで」

「同じ船じゃなくていい」

 ミリアが。

 紙を見る。

「船の」

「リレー?」

「そんな感じだ」

 男が。

 少し笑った。

 加工を。

 ラングへ任せる。

 輸送も。

 区間ごとに。

 得意な者へ任せる。

 分業。

 俺の頭に。

 その言葉が浮かんだ。

◇◇◇

「待て」

 イサクが言った。

 商人の顔だった。

「それ」

「問題があるぞ」

「何だ?」

「荷だ」

 机のニシンを。

 指さす。

「ラングで」

「樽を二十個渡す」

「次の港で」

「十九個になった」

「誰がなくした?」

 男が。

 黙った。

「さらに」

「次の船に渡して」

「十八個になった」

「今度は?」

 イサクが。

 俺を見る。

「船を替えるほど」

「責任が」

「分からなくなる」

 その言葉。

 どこかで。

 聞いた。

 ノース。

 製作。

 運搬。

 設置。

 試運転。

 誰が。

 どこまで。

 責任を持つか。

「簡単だ」

 俺は言った。

「受け渡すたびに」

「数える」

 イサクが。

 眉を上げる。

「数える?」

「ああ」

 出した樽。

 受け取った樽。

 破損。

 時刻。

 渡した船。

 受け取った船。

「全部」

「書く」

 ミリアが。

 もう紙を出していた。

「また」

「帳簿ですか?」

「今回は」

「荷受け表だな」

「名前が違うだけじゃないですか」

「そうとも言う」

◇◇◇

「責任を」

「押しつけるためじゃない」

 俺は続けた。

「荷が減った時」

「どこで減ったか」

「すぐ分かるようにする」

 一港目まで。

 二十。

 二港目。

 二十。

 三港目。

 十九。

 なら。

 調べる場所は。

 一つになる。

「それなら」

 イサクが。

 頷く。

「使える」

「船乗り側も」

「前の区間の責任まで」

「背負わなくていい」

「ああ」

 人を信用しない。

 ための記録ではない。

 信用できる範囲を。

 明確にするための。

 記録だった。

◇◇◇

「でも」

 ミリアが。

 もう一つ聞いた。

「船を何隻も使ったら」

「高くなりません?」

「なる」

 イサクが答えた。

「荷の積み替えもある」

「港ごとに」

「金もかかる」

 陸路より。

 高い。

 それは。

 間違いない。

 だが。

 俺は。

 ヴェルナから。

 持ち帰った。

 商談記録を開いた。

 冬の値段。

 ラングより。

 高い。

 しかも。

 注文がある。

「高い運賃を払っても」

「利益は残るか?」

 イサクが。

 数字を追う。

 加工費。

 樽。

 塩。

 船賃。

 積み替え。

 すべて。

 引く。

 しばらくして。

 顔を上げた。

「残る」

 ミリアが。

 ほっとする。

「じゃあ!」

「ただし」

 イサクが続けた。

「夏に」

「この運び方をしたら」

「高すぎる」

「ああ」

「冬だから」

「成立する」

◇◇◇

 そこだった。

 ニシンは。

 冬に。

 大量に来る。

 バルドでは。

 量が多すぎて。

 安い。

 そのままでは。

 腐る。

 ラングで。

 塩漬け。

 燻製。

 保存できる商品へ。

 変える。

 そして。

 同じ冬。

 ヴェルナでは。

 陸路が消える。

 供給が減る。

 保存食の値段が上がる。

 安い場所で。

 余っている物を。

 加工して。

 価値を上げ。

 足りない場所へ。

 運ぶ。

 季節まで。

 全部。

 つながっている。

 鮭は。

 秋。

 ニシンは。

 冬から春。

 加工所が。

 鮭だけなら。

 稼ぐ時期は。

 秋に偏る。

 だが。

 ニシンが乗れば。

 冬から春にも。

 仕事ができる。

 同じ人。

 同じ設備。

 同じ加工の知識。

 同じ物流。

 別の季節に。

 もう一度。

 金を生む。

 秋だけ。

 金が入る町ではなくなる。

「……勝てる」

 思わず。

 口から出た。

「何にです?」

 ミリアが聞いた。

「ニシンに?」

「違う」

 一度の。

 大漁ではない。

「バルドの」

「稼ぎ方そのものを」

「変えられる」

◇◇◇

「ただ」

 ダンの息子が言った。

「最初は」

「俺が回りたい」

 ミリアが。

 目を丸くする。

「行かないって」

「言いましたよね?」

「俺一人で」

「ヴェルナまで運び続けない」

「そう言ったんだ」

 男は。

 紙の港を。

 一つずつ指した。

「最初は」

「俺が回る」

「船乗りと話す」

「どこで受け渡すか」

「いくらで運ぶか」

「風が荒れた時」

「どこで待つか」

「全部」

「決めてくる」

「次からは?」

 俺が聞いた。

「俺がいなくても」

「荷が」

「ヴェルナまで行くようにする」

 静かな声だった。

 でも。

 強かった。

◇◇◇

 港へ。

 向かった。

 そこに。

 ダンがラングまで来ていた。

 息子を見る。

「行くのか」

「ああ」

「最初だけ」

「航路を作ってくる」

 ダンは。

 何も言わなかった。

 しばらく。

 息子を見た。

「無理は」

「するな」

「ああ」

 また。

 沈黙。

 そして。

 ダンが。

 一言だけ。

 言った。

「帰ってこい」

 息子が。

 少し笑った。

「ああ」

◇◇◇

 親父は。

 売れる量を決める。

 息子は。

 売れる場所まで。

 道を作る。

 ロイドは。

 魚を。

 商品へ変える。

 イサクは。

 値段と。

 客をつなぐ。

 そして。

 俺の仕事は。

 それを。

 一度きりで。

 終わらせないことだ。

 冬の海へ。

 一隻の船が。

 出ていった。

 英雄を。

 送り出したのではない。

 来年も。

 その次の年も。

 使える道を。

 作りに行った。

(第123話 冬の航路)




最後までお読みいただきありがとうございます。

評価、感想、ぜひブックマーク登録をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ