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第121話 海の向こうの市場

第121話 海の向こうの市場

「西の港町って」

「どこなんです?」

 ミリアが聞いた。

 ダンの息子は。

 海の向こうを見た。

「ヴェルナだ」

「ヴェルナ?」

「ああ」

「ノースから更に西へ行ったところにある」

「大きな港町だ」

 イサクが。

 頷いた。

「ヴェルナか」

「うちも」

「取引はある」

「なら」

 俺は聞いた。

「冬に保存食が足りなくなるというのは?」

◇◇◇

「道だよ」

 ダンの息子が言った。

「道?」

「ヴェルナへ入る陸路は」

「冬になると」

「必ず止まる」

 山を越える。

 峠道。

 雪が積もれば。

 荷車は通れない。

「毎年?」

「ああ」

「早い年なら」

「もう止まってる」

「今年は?」

「まだだ」

 今年は。

 雪が遅い。

 峠には。

 すでに雪があるが。

 荷車は。

 まだ通れるらしい。

「でも」

「時間の問題だ」

「本格的に降れば」

「春まで終わりだ」

 なるほど。

 だから。

 冬になると。

 ヴェルナでは。

 保存食が不足する。

「海からは?」

 ミリアが聞いた。

「行ける」

「じゃあ」

「問題ないじゃないですか」

「冬の西の海は」

「荒れる」

 ダンの息子が。

 静かに答えた。

「わざわざ」

「行きたがる船は少ない」

◇◇◇

 面白い。

 需要は。

 ある。

 商品も。

 ある。

 だが。

 届かない。

 前の世界なら。

 物流制約。

 そう整理しただろう。

 物が不足している場所では。

 値段が上がる。

 それだけを見ると。

 儲かりそうに見える。

 だが。

 高いには。

 理由がある。

 そこへ。

 商品を持って行くこと自体が。

 難しいからだ。

 市場価格だけ見て。

 参入すれば。

 輸送費で。

 利益が消える。

 あるいは。

 商品そのものが。

 届かない。

「イサク」

「なんだ」

「今なら」

「陸路で行けるんだな」

「ああ」

「なら」

「先に売ってみる」

 ミリアが。

 目を丸くした。

「ニシンを?」

「ああ」

ここはまず。

テストマーケティングだな。

◇◇◇

 今回。

 バルドから。

 持ってきたニシン。

 それを。

 少量ずつ。

 加工する。

 卵の塩漬け。

 身の塩漬け。

 燻製。

「これだけで」

「いいのか?」

 ロイドが聞く。

「ああ」

「もっと作れるぞ」

「作らなくていい」

 ミリアが。

 また俺を見る。

「売れるって」

「言ってましたよ?」

「言ったのは」

「ダンの息子だ」

「信用してないんですか?」

「信用してる」

「でも」

「確認する」

 売れる。

 と。

 売れそう。

 は。

 違う。

そして。

売れたとしても。

いくらで売れるかが重要だ。

◇◇◇

 前の世界でも。

 何度もあった。

 会議室で。

「絶対に売れる」

 と言う人間がいる。

 営業が。

 そう言う。

 開発も。

 そう言う。

 経営者まで。

 そう言う。

 そして。

 大量に作る。

 売れない。

 最後は。

処分販売。

売れたとは言えない。

 逆もある。

 誰も期待していなかった商品を。

 試しに出したら。

 客が。

 金を払った。

 答えを持っているのは。

 会議室ではない。

 客だ。

「だから」

「まず」

「値段を付けてもらう」

「売ってから」

「考えるんじゃなくて?」

「作る前に」

「聞く」

◇◇◇

「イサク」

「ヴェルナに」

「人を出せるか」

「ああ」

「まだ峠は通れる」

「何を聞く?」

「三つ」

 俺は。

 ミリアを見る。

 すぐに。

 紙を出した。

「どの商品を」

「買うか」

 ミリアが書く。

「いくらなら」

「買うか」

 書く。

「どれだけ」

「欲しいか」

 書く。

「それだけ?」

「もう一つ」

「いつ欲しいか」

 ミリアが。

 顔を上げた。

「いつ?」

「ああ」

 秋に欲しい商品と。

 冬に欲しい商品では。

 同じ一枚の金貨でも。

 意味が違う。

 俺たちが。

 必要としているのは。

 初夏までに入る金だ。

◇◇◇

 翌朝。

 イサクの部下が。

 ヴェルナへ向かった。

 荷車に。

 積んだのは。

 商品ではない。

 三種類の。

 試作品。

 そして。

 ミリアが作った。

 質問表。

「質問表まで」

「持たせるんですか」

「ああ」

「商談ですよね?」

「だからだ」

「相手が何を言ったか」

「後で」

「イサクの部下の記憶だけで」

「聞きたくない」

 イサクが笑った。

「ほんと」

「あんた変わってるな」

◇◇◇

 六日後。

 男が。

 戻ってきた。

 紙を。

 何枚も持って。

「どうだった!」

 ミリアが。

 真っ先に聞いた。

「売れます」

 イサクの部下が答えた。

「三つとも?」

「はい」

 特に。

 燻製。

 次に。

 塩漬け。

 卵は。

 量は少ないが。

 値段が高い。

 ヴェルナの商人。

 酒場。

 船宿。

 保存食を扱う店。

 欲しいという者が。

 いた。

「値段は?」

 俺が聞く。

 ミリアが。

 紙を並べる。

 ラングより。

 高い。

 十分。

 商売になる。

「八十金貨!」

「まだだ」

「またですか!」

◇◇◇

 重要なのは。

 価格だけではない。

 量。

 そして。

 運ぶ費用。

 俺たちは。

 注文量を。

 荷車へ置き換えた。

 一台。

 二台。

 三台。

 増える。

 必要な馬。

 御者。

 護衛。

 宿泊。

 峠を越える日数。

「……高いですね」

 ミリアが言う。

「ああ」

 売値は。

 高い。

 だが。

 陸路で。

 運べば。

 運賃も。

 上がる。

「それでも」

「少しは残りますよ」

「今ならな」

「今なら?」

 ダンの息子の。

 言葉を思い出した。

 本格的に。

 雪が降れば。

 終わり。

◇◇◇

 試しに。

 一便。

 出すことにした。

 大量ではない。

 陸路で。

 本当に。

 商売として回るか。

 確かめるためだ。

 ヴェルナから。

 注文も取った。

 値段も決めた。

 荷も。

 準備した。

 あとは。

 運ぶだけ。

 だった。

◇◇◇

 三日後。

 朝。

 ラングの商館へ。

 男が。

 駆け込んできた。

 雪まみれだった。

「イサク!」

「どうした」

「ヴェルナ行きの」

「峠が閉じた」

 誰も。

 言葉を出さなかった。

「昨日の雪で」

「完全に塞がった」

「荷車は?」

「戻した」

「通れん」

 ミリアが。

 俺を見る。

「売れるのに?」

「ああ」

「注文も」

「あるんですよね?」

「ああ」

「商品も」

「ありますよね?」

「ああ」

「なのに」

「売れない?」

 俺は。

 机の上を見る。

 魚。

 加工。

 商品。

 販売。

 つながったと。

 思っていた。

 だが。

 まだ。

 一つ。

 切れていた。

 物流。

 客は。

 ヴェルナにいる。

 商品は。

 ラングにある。

 間にある。

 道だけが。

 消えた。

 売れる商品が。

 目の前にあるのに。

 届けられない。

 これが。

 ヴェルナで。

 冬に食料が不足する。

 本当の理由だった。

 そして。

 同時に。

 ニシンが。

 今まで。

 金にならなかった理由でもあった。

(第122話 冬の海)



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