第119話 海が銀色になった
第119話 海が銀色になった
「いくつ」
「売れる」
「それを」
「先に決めろ」
ダンは。
そう言った。
目の前には。
数え切れないほどの。
ニシン。
「でも」
ミリアが。
海を見る。
「こんなにいるなら」
「たくさん獲って」
「たくさん売れば」
「八十金貨なんて」
「すぐじゃないですか?」
「売れん」
ダンが言った。
「え?」
「ニシンは」
「あまり売れん」
「こんなにいるのに?」
「いることと」
「売れることは」
「別じゃ」
◇◇◇
ダンが。
浜へ下りた。
俺たちも。
後を追う。
「毎年」
「来るんだな」
「ああ」
「二月ごろから」
「五月くらいまで」
「ただ」
ダンが。
海を見た。
「来る年もあれば」
「来ん年もある」
「毎年来るって」
「言いましたよね?」
ミリアが言う。
「来る」
「じゃが」
「量が違う」
去年。
少なかった。
その前は。
そこそこ。
さらに前は。
浜から見えるほど。
来た。
「今年は?」
「多い」
「どのくらい?」
「知らん」
「知らない?」
「まだ」
「海の向こうにもおる」
ダンが。
眉間に皺を寄せた。
「こういう年は」
「急に来る」
「そして」
「急に消える」
◇◇◇
なるほど。
だから。
誰も。
ニシンを当てにしなかった。
鮭とは違う。
来年。
何匹戻るか。
ある程度。
見通しを立てられる魚ではない。
多い年。
少ない年。
その差が。
大きすぎる。
前世でも。
同じだった。
たまたま。
大きな売上が立った。
だから。
人を増やす。
設備を増やす。
翌年。
売上が消える。
残るのは。
人件費と。
設備の支払いだけ。
一度の大漁は。
売上になる。
だが。
大漁が続くことを前提に。
金を使えば。
それは。
事業ではない。
賭けだ。
「だから」
「ニシンのために」
「何か作ろうとは」
「思わなかった?」
「ああ」
ダンが答える。
「来年」
「来るかも分からん魚に」
「誰が金を使う」
正しい。
◇◇◇
「でも」
ミリアが。
海を見る。
「来た年だけ」
「いっぱい獲ればいいんじゃ?」
「だから」
「売れん」
ダンが。
また言った。
「どうしてです?」
「卵は売れる」
「卵?」
「ああ」
「腹に入っとる」
ニシンの卵。
塩に漬ければ。
日持ちする。
値も付く。
「じゃあ」
「全部」
「卵を取れば」
「そんなに」
「漬けられん」
塩がいる。
桶がいる。
樽がいる。
人手がいる。
場所もいる。
何より。
一度に。
来すぎる。
「では」
「身は?」
「食う」
「売る」
「それでも余る」
ダンが。
足元の砂を。
蹴った。
「ニシンの身は」
「安い」
「傷むのも早い」
「遠くへ持って行くころには」
「商品にならん」
だから。
近くで食べる分。
売れる分。
卵を処理できる分。
それ以上は。
獲らない。
「親父も」
「同じことを言っとった」
ダンが。
海を見る。
「海が銀色になっても」
「腹は」
「一つしかない」
◇◇◇
俺は。
しゃがんだ。
砂の上へ。
指で。
四つ書いた。
魚。
加工。
運搬。
客。
「何してるんです?」
「分けてる」
「何を?」
「売れない理由を」
魚は。
いる。
むしろ。
多すぎる。
だが。
量が安定しない。
加工できない。
生では遠くへ運べない。
近くには。
食べる人間が足りない。
そして。
単価が低い。
一つなら。
何とかなる。
だが。
四つが。
同時に詰まっている。
これでは。
値段が付かない。
「ニシンに」
「価値がないんじゃない」
「え?」
ミリアが。
俺を見る。
「価値を」
「金に変える途中が」
「全部切れてる」
漁師はいる。
魚もいる。
食べられる。
それでも。
商売にならない。
商品とは。
物そのものではない。
欲しい人間のところまで。
欲しい形で。
届けられて。
初めて。
商品になる。
◇◇◇
「じゃあ」
ミリアが。
砂の文字を見る。
「全部」
「直すんですか?」
「いや」
「え?」
「全部」
「バルドでやる必要はない」
加工。
その文字を見る。
バルドには。
まだ。
加工所がない。
春に建てる。
夏に試す。
秋。
鮭を扱う。
今。
ニシンを大量に。
塩漬けにも。
燻製にも。
できない。
だが。
「加工できる場所なら」
「ある」
ミリアが。
少し考える。
「あ」
「ラング?」
「ああ」
ロイドがいる。
塩もある。
樽もある。
燻製の設備も。
加工する人間もいる。
しかも。
来年。
俺たちは。
一万九千匹の鮭を。
扱おうとしている。
ラングにとっても。
他人事ではない。
「でも」
ミリアが言う。
「ロイドさんたち」
「やってくれますか?」
「分からない」
「また」
「分からないんですか?」
「ああ」
「だから」
「聞きに行く」
◇◇◇
「ダン」
「何じゃ」
「試しに」
「獲れるか」
「何匹じゃ」
「まだ決めない」
ダンが。
俺を見る。
「先に」
「ラングで」
「いくつ加工できるか聞く」
少し。
間があった。
ダンが。
頷いた。
「それなら」
「ええ」
海は。
まだ。
銀色だった。
今まで。
何度も。
この景色は。
バルドの前を通り過ぎた。
魚が。
なかったわけではない。
漁師が。
怠けていたわけでもない。
価値が。
なかったわけでもない。
つながって。
いなかった。
なら。
つなげればいい。
ただし。
獲ってから。
考えるのではない。
売れる形を。
先に作る。
「ミリア」
「はい」
「ラングへ行くぞ」
「またですか?」
「ああ」
「今度は」
「山じゃないですよね?」
「たぶん」
「たぶん?!」
(第120話 売れる場所を増やす)
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