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第116話 残り二百金貨

 第116話 残り二百金貨


 バルドへ。

 戻った。

 雪の積もった街道を抜け。

 領内へ入る。

 以前なら。

 最初に見えたのは。

 崩れかけた柵と。

 閉ざされた家だった。

 今は。

 違う。

 あちこちの煙突から。

 白い煙が上がっている。

 水車小屋では。

 木を削る音がする。

 道の脇では。

 住民が。

 雪をかいていた。

「レオン様!」

 見張り台の男が。

 大きく手を振る。

「お帰りなさい!」

「ああ」

「変わりはないか」

「ありません!」

 男は。

 少し考えてから。

 付け加えた。

「そういえば」

「今年は」

「ゴブリンを見ませんな」

 ◇◇◇

 本人は。

 大した話だとは。

 思っていない。

 以前は。

 森へ入るたび。

 ゴブリンの痕跡を探していた。

 見張り台にも。

 常に人を置いた。

 それが。

 いつの間にか。

 見ないことが。

 普通になっていた。

 バルドも。

 まだ。

 豊かな領地ではない。

 借金も。

 残っている。

 だが。

 誰も来ない場所では。

 なくなり始めていた。

 希望が。

 目に見えるとは限らない。

 妖魔を見なくなった。

 その事実も。

 町が変わったことを示す。

 一つの数字だった。

 ◇◇◇

 領主館へ着くと。

 ダレンが。

 書類を抱えて待っていた。

「お帰りなさいませ」

「工事は?」

「凍結前に行う作業は」

「予定分を終えました」

「二基目の土台も?」

「はい」

「ガロン殿が」

「雪が降る前に」

「何とか仕上げました」

「冬の間は」

「屋内で軸と羽根」

「桶と歯車を作ります」

「春になれば」

「設置へ移れます」

 予定より。

 遅れはした。

 だが。

 止まってはいない。

 ◇◇◇

「それから」

 ダレンが。

 ミリアの持つ革袋を見る。

「そちらは?」

「ノースを救った報酬です!」

 ミリアが。

 机の上へ。

 革袋を置く。

「金貨」

「三百枚!」

 ダレンの顔が。

 一瞬。

 明るくなる。

「では」

「次の返済も」

「何とかなりますね」

「ならない」

「え?」

「次の返済は」

「金貨五百枚だ」

「はい」

「不足は」

「二百枚です」

「ですが」

「来年の鮭が売れれば」

「三百金貨ほどの利益が」

「見込めるのでは?」

「ああ」

「なら」

「返せるのでは?」

「鮭が売れるのは」

「秋だ」

 返済期限は。

 初夏。

 金が入るより。

 先に。

 支払日が来る。

 ◇◇◇

「利益はある」

「だが」

「支払う金がない」

 ダレンが。

 眉を寄せる。

「同じではないのですか?」

「違う」

「秋に」

「三百金貨の利益が出ても」

「初夏に」

「二百金貨がなければ」

「その時点で終わる」

 帳簿では。

 黒字。

 だが。

 金庫は。

 空。

 前世なら。

 黒字倒産と呼ぶ。

「利益だけを見れば」

「返せる」

「金が入る日まで見れば」

「返せない」

「経営は」

「金額だけではなく」

「時間も見る」

 ◇◇◇

 机へ。

 一本の線を引いた。

 今。

 冬。

 春。

 初夏。

 秋。

 冬の現在。

 持っている金。

 三百金貨。

 初夏。

 返済。

 五百金貨。

 秋。

 鮭による収入。

「秋の金を」

「初夏へ持ってくる必要がある」

 ミリアが。

 首を傾げる。

「時間を」

「動かすんですか?」

「金が入る時期を動かす」

「どうやって?」

「先に売る」

 ◇◇◇

「来年の鮭を」

「今から売るのですか?」

 ダレンが聞く。

「全部は売らない」

「値段も」

「数量も」

「今は決めない」

「なぜです?」

「加工場は」

「まだ動いていない」

「鮭が」

「本当に一万九千匹戻るかも」

「分からない」

「それなのに」

「数量と価格を固定すれば」

「十年前と同じになる」

 足りなくても。

 契約を守るため。

 無理に捕る。

 価格が上がっても。

 安く売る。

 契約が。

 町を守るのではなく。

 町を縛る。

「では」

「何を先に売るんです?」

「まだ決めていない」

「決めてないんですか?」

「ああ」

「だから」

「今から探す」

 ◇◇◇

 バルドに。

 初夏までに。

 売れるもの。

 鮭以外。

 農作物は。

 冬。

 木材はある。

 だが。

 切り出しと運搬に。

 時間がかかる。

 税を上げれば。

 住民から金は取れる。

 だが。

 ようやく戻り始めた人を。

 また追い出す。

「ノースから」

「残り二百金貨を」

「借りるのは?」

 ミリアが聞く。

「借りられる」

「ヴォルグも」

「貸すと言っていました」

「ああ」

「でも」

「借りない?」

「それでは」

「返済を」

「別の借金で埋めるだけだ」

「では」

「どうするんですか」

 その時。

 扉が開いた。

 ◇◇◇

 ガロンが。

 太い木の軸を。

 肩に担いで入ってきた。

「戻ったか」

「ああ」

「ちょうどよい」

 ガロンは。

 軸を。

 床へ置く。

「ノースから」

「手紙が来た」

「ノースから?」

「鉱山の再開前に」

「排水路を直すらしい」

「水を汲み出す水車が」

「二基必要だと」

 ヴォルグの改善計画。

 傷んだ坑道の補強。

 排水設備の更新。

 安全確認の終わった場所から。

 順に再開する。

 そのために。

 水を抜く装置が。

 必要になった。

「ガロン」

「作れるか」

「作れる」

「バルドの水車は」

「遅れないか」

「同じ太さの軸を使う」

「金具も」

「ほとんど同じだ」

「まとめて作れば」

「こちらの分も」

「少し安くなる」

 ◇◇◇

「値段は?」

「製作料が」

「一基」

「金貨六十枚」

「二基で」

「百二十枚です!」

 ミリアが。

 すぐに計算する。

「鉄は?」

「ノースが出す」

 ガロンが答えた。

「木は」

「春の工事用に」

「乾燥させている在庫を使う」

「職人は?」

「今」

「バルドの水車を作っている者たちだ」

「追加で必要なのは」

「冬の間」

「仕事が減る木こりだけだ」

 ダレンが。

 帳簿を開く。

「冬の雇用費は」

「すでに予算へ入れています」

「つまり」

「新しく必要になる現金は」

「ほとんどありません」

 ◇◇◇

「全部が」

「利益というわけではない」

 ガロンが言う。

「木を使う」

「工房も使う」

「人も使う」

「ああ」

「だが」

「今必要なのは」

「帳簿上の利益だけではない」

 返済期限の日に。

 金庫にある金。

 それが必要だった。

 ダレンが出した。

 不足二百金貨は。

 春までの通常経費を。

 差し引いた後の数字。

 すでに雇う予定だった人間と。

 すでに持っている木材を使い。

 ノース支給の鉄で。

 新しい売上を作る。

「着手金は?」

「半分」

「金貨六十枚」

「完成時に」

「残り六十枚」

 今。

 受け取れる金。

 六十枚。

 借金ではない。

 作る物が決まっている。

 値段も。

 納期も。

 使い道も。

 明確。

 完成させれば。

 残り六十枚も入る。

「受ける」

 俺は言った。

 ◇◇◇

「レオン様」

「これで」

「残り百四十金貨ですね!」

「違う」

「え?」

「初夏までに」

「完成させれば」

「百二十金貨だ」

「なら」

「残り八十金貨!」

「ああ」

 ミリアが。

 急に笑う。

「二百金貨が」

「いきなり」

「八十金貨になりました」

「まだだ」

「注文を受けただけだ」

「作れなければ」

「金は入らない」

「でも」

「借金ではありません」

「ああ」

「仕事を作って」

「金が入る時期を」

「前へ動かした」

(第117話 仕事を作る)



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