第113話 勝たない交渉
第113話 勝たない交渉
「費用は」
「どこから出すのです」
「ヴォルグが出す」
「王国へ」
「追加補助金を求めないと?」
「求めない」
ヴォルグが答える。
「坑道図の作り直し」
「支柱の補強」
「安全責任者の配置」
「一か月分の賃金保証」
「すべて」
「わしが負担する」
「かなりの額になります」
「人を失うより」
「安いそうじゃからな」
ヴォルグが。
俺を見る。
◇◇◇
「採掘の再開は?」
モルデンが聞く。
「一斉には再開しない」
安全確認の済んだ坑道から。
順に。
採掘を戻す。
最初の一か月。
従来の六割。
二か月目。
八割。
三か月目。
安全基準を満たせば。
通常へ戻す。
「納鉱契約は」
「三か月間」
「不足します」
「ああ」
「王国は」
「その損失を受け入れろと?」
「今すぐ」
「十割へ戻せば」
「また止まる」
「六割」
「八割」
「十割」
「止まらず上げる方が」
「一年で見れば」
「多く掘れる」
◇◇◇
「証明できますか」
「これから証明する」
「失敗した場合は?」
「運営権を」
「見直せばいい」
ヴォルグが。
俺を見る。
「おい」
「ただし」
俺は続けた。
「判断するのは」
「採掘量だけではない」
「登録」
「安全」
「地図」
「負傷者」
「すべての目標を」
「満たしたかで判断する」
「鉱石だけ掘れても」
「人が消えていれば失敗だ」
◇◇◇
モルデンが。
椅子へ背を預けた。
「つまり」
「ヴォルグ殿を」
「信用する必要はない」
「この計画が守られている限り」
「ノースへ」
「運営を任せられると?」
「ああ」
「計画を破れば?」
「誰が破ったかが」
「記録に残る」
「ヴォルグでも?」
「ヴォルグでもだ」
ヴォルグは。
何も言わなかった。
代わりに。
改善計画の最後へ。
自分の署名を書いた。
鉱山主。
ヴォルグ。
「これで」
「よいか」
「まだだ」
俺は。
その隣を指す。
安全責任者。
鉱夫代表。
監査確認者。
「わし一人の署名では」
「動かせんのか」
「一人で動かしたから」
「今までのノースになった」
◇◇◇
支保班長。
ルッツ。
三十七人を代表して。
ニコ・バラン。
監査官。
ベルク。
三人が。
順に署名した。
ヴォルグの下ではない。
横に。
「上下では」
「ないんですね」
ミリアが言う。
「ああ」
「それぞれが」
「違うものを守る」
ヴォルグは。
鉱山を。
ルッツは。
坑道の安全を。
ニコは。
働く者を。
ベルクは。
記録を。
一人が。
すべてを決めない。
一人が。
間違えても。
残りが止める。
「それが」
「誰が運営しても」
「人を消せない仕組みですか」
「ああ」
◇◇◇
モルデンは。
四人の署名を見た。
そして。
王都の財務官へ。
手を差し出した。
「査問結果案を」
財務官が。
白い紙を置く。
モルデンは。
ゆっくり書き始めた。
第一。
全坑道の採掘停止。
緊急時における。
合理的な措置と認める。
第二。
納鉱不足。
違約金を科さず。
三か月後に。
納鉱計画を再算定する。
第三。
未登録労働者。
未報告坑道。
不完全な安全管理。
ヴォルグに。
管理責任を認める。
「処分は?」
ヴォルグが聞く。
「戒告」
「および」
「六か月間の」
「条件付き運営です」
「条件付き?」
「改善計画を」
「六か月間」
「実行すること」
「月次報告を」
「北方監督室と」
「監査局へ提出すること」
「重大な違反があれば」
「運営権を再審査する」
◇◇◇
「王都直轄には」
「しないのですね」
ミリアが聞く。
「現時点では」
「その必要性が」
「証明されていません」
「では」
「ノースは」
「ノースのままですか」
「改善計画が守られる限りは」
ミリアが。
小さく息を吐いた。
最良ではない。
ヴォルグへの。
処分は残った。
六か月後。
運営権を失う可能性も。
消えていない。
だが。
最悪ではない。
鉱山は。
王都に奪われなかった。
標準。
狙っていた。
最低限の勝利だった。
◇◇◇
「もう一つ」
ベルクが言った。
「十年前の」
「増産命令」
「未登録労働者」
「欠落した死者」
「北方監督室の決裁についてです」
モルデンの筆が。
止まる。
「それは」
「今回の査問とは」
「別の問題です」
「別?」
ヴォルグの声が。
低くなる。
「今」
「お前は」
「ノースの管理責任を」
「十年前まで遡って問うた」
「しかし」
「王都側の責任は」
「別だと言うのか」
「今回の査問対象は」
「現在の採掘停止と」
「ノース鉱山の運営です」
「過去の政策決裁を」
「裁く場ではありません」
◇◇◇
論点を。
分けた。
俺たちが。
ノースを守るために。
使った方法だった。
そして。
モルデンも。
同じことをした。
現在の鉱山運営と。
十年前の決裁。
二つを切り離し。
自分の過去を。
査問席から外した。
「では」
ベルクが言う。
「四度目の監査は」
「継続します」
「止める理由はありません」
「北方監督室も」
「監査対象に含めます」
「監査官の権限内であれば」
「ご自由に」
モルデンは。
薄く笑った。
「ただし」
「疑いと」
「証拠は」
「分けてください」
「もちろんです」
「それが」
「監査ですから」
◇◇◇
査問結果へ。
モルデンの印が押された。
三つの峰。
中央に。
一本の秤。
十年前。
残す数字と。
消す数字を選んだ印。
その同じ印が。
今度は。
ノースの運営継続を。
認めた。
モルデンには。
勝てなかった。
十年前の真相も。
暴けなかった。
だが。
ノースは。
十年前へ戻らなかった。
俺たちは。
ノースを守った。
そして。
モルデンも。
自分を守った。
(第114話 借りない理由)
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