第112話 誰が運営しても
第112話 誰が運営しても
「誰が運営しても」
「人を数字から消せない」
「仕組みを作る」
モルデンが。
改善計画を開いた。
「仕組みですか」
「ああ」
「ヴォルグ殿を」
「信用しなくても」
「運営を任せられる仕組みだ」
ヴォルグが。
横目で俺を見る。
「わしを」
「信用しておらんのか」
「人を信用することと」
「任せきることは違う」
「どれほど正しい人間でも」
「間違える」
「気づかないこともある」
「だから」
「間違えても」
「人が消えないようにする」
◇◇◇
第一。
坑道へ入る者は。
全員。
入口で名前を書く。
名前。
年齢。
役割。
入った坑道。
入坑時刻。
帰還時刻。
「名簿にない者は」
「坑道へ入れない」
「急に人手が必要になった場合は?」
モルデンが聞く。
「先に登録する」
「時間がかかります」
「名前を書く時間もない仕事なら」
「始めるべきではない」
ミリアが。
三十七人の帳簿を。
机へ置いた。
「入った人数と」
「戻った人数が」
「毎日同じになるまで」
「その日の仕事は」
「終わりにしません」
「あなたが確認するのですか」
「今は私です」
「でも」
「私がいなくなっても」
「同じ欄に」
「同じことを書けます」
モルデンが。
帳簿へ目を落とす。
◇◇◇
第二。
坑道図を。
現場と。
管理室の。
二か所で持つ。
新しい道を掘った時。
排水路を変えた時。
支柱を増やした時。
その日のうちに。
両方を書き換える。
「書き換えが」
「間に合わなかった場合は?」
「翌日の採掘を始めない」
「図面のために」
「鉱山を止めると?」
「ああ」
「地図にない坑道へ」
「五十人が残るより安い」
モルデンが。
一度だけ。
俺を見た。
◇◇◇
第三。
採掘量を管理する者と。
安全を判断する者を。
分ける。
「分ける?」
ミリアが聞く。
「採掘責任者は」
「多く掘ることを求められる」
「安全責任者は」
「危険なら止めることを求められる」
「同じ人に」
「両方を任せれば」
「掘る方を選ぶ」
十年前。
王都は。
納鉱量を求めた。
現場の管理者も。
それに従った。
危険を見つけても。
止めれば。
目標を達成できない。
「安全責任者には」
「一区画の採掘を」
「止める権限を持たせる」
「ヴォルグ殿の許可がなくても?」
モルデンが聞く。
「ああ」
「鉱山主より」
「強い権限ですか」
「止める時だけはな」
◇◇◇
ヴォルグが。
改善計画を見る。
「わしが」
「続けろと言っても」
「止められるのか」
「そうなる」
「気に入らん」
「なら」
「王都直轄になる」
ヴォルグが。
口を閉じる。
しばらくして。
鼻から息を吐いた。
「分かった」
「認める」
「ただし」
「止めた理由は」
「必ず書かせる」
「それでいい」
「理由が残れば」
「正しかったかを」
「後から確認できる」
◇◇◇
第四。
賃金。
住居。
前借金。
三つを。
分けて管理する。
「今までは」
イサクが言う。
「鉱夫を辞めれば」
「住居を失い」
「前借金の返済も」
「一度に求められていました」
「逃げられない仕組みですね」
ミリアが言う。
「ああ」
「だから」
「危険でも」
「坑道へ入った」
仕事を辞めても。
その日に。
住居を失わせない。
前借金は。
月々の返済額を決める。
採掘量が減っても。
全額返済を求めない。
「鉱夫が」
「働かなくなる可能性は?」
モルデンが聞く。
「ある」
「では」
「鉱山側だけが」
「不利ではありませんか」
「働かなければ」
「賃金は出ない」
「だが」
「辞めた瞬間に」
「家も金も失う必要はない」
「人を残すことと」
「人を縛ることは違う」
◇◇◇
第五。
王都へ報告する数字を。
増やす。
採掘量。
出荷量。
それだけではない。
坑道へ入った人数。
帰還した人数。
負傷者。
採掘停止の回数。
停止した理由。
図面の更新日。
未登録労働者。
ゼロ。
「未登録労働者まで」
「毎月報告するのですか」
「ゼロでも報告する」
「なぜです?」
ミリアが聞く。
「空欄なら」
「数えていないのか」
「本当にゼロなのか」
「分からない」
「ゼロと書けば」
「確認したことが残る」
モルデンが。
その欄を。
指でなぞる。
◇◇◇
「この報告は」
「北方監督室へ提出するのですね」
「ああ」
「なら」
「管理は十分です」
「足りない」
「何がです」
「同じ報告を」
「監査局にも送る」
モルデンの指が。
止まった。
「二つの部署へ」
「同時に?」
「ああ」
「北方監督室へ出した数字と」
「監査局へ出した数字が」
「違えば」
「すぐに分かる」
「北方監督室を」
「信用していないと?」
「さっき」
「ベルクが言っただろ」
「誰も信用しないことで」
「信用を作る」
ベルクが。
静かに頷いた。
「監査局として」
「受領できます」
◇◇◇
モルデンは。
改善計画を閉じなかった。
一頁ずつ。
最後まで読んだ。
顔は上げない。
どこで止まったのかも。
分からない。
だが。
読む速さが。
少しずつ。
落ちていた。
この男は。
十年前。
同じ立場に立った。
鉱石か。
人か。
選ばされた側だった。
そして。
鉱石を選んだ。
今。
目の前にある紙には。
どちらも選ばずに済む方法が。
書いてある。
モルデンは。
最後の頁で。
一度だけ。
指を止めた。
やがて。
顔を上げる。
「費用は」
「どこから出すのです」
(第113話 勝たない交渉)
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