表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
111/118

第111話 鉱石一箱の本当の原価

「人が死んだ時の費用も」

「入っているか」

 会議室が。

 静まり返った。

 モルデンは。

 俺が置いた救助記録へ。

 目を落とす。

「人命を」

「金額へ置き換えるおつもりですか」

「違う」

「人の命に」

「値段を付ける話ではない」

「では」

「何を計算するのです」

「人を失った時に」

「鉱山が何を失うかだ」

◇◇◇

 俺は。

 ミリアへ目を向けた。

「第一の資料」

「はい」

 ミリアが。

 すぐに一冊を取り出す。

「救助された十三人の」

「役割一覧です」

 十三人。

 全員が。

 第七坑道の支保班。

 坑道の天井と壁を補強し。

 崩落を防ぐ者たち。

 その中には。

 班長のルッツもいる。

「この十三人を」

「失っていた場合」

「第七坑道は」

「いつ再開できた」

 俺が聞く。

 鉱山管理者が。

 答える。

「代わりの支保班を」

「作る必要があります」

「期間は」

「早くても半年です」

「経験のない者だけなら」

「一年でも足りません」

「第七坑道の」

「採掘量は?」

「ノース全体の」

「およそ四割です」

◇◇◇

 ミリアが。

 次の紙を出す。

「採掘停止前」

「ノース全体の一日平均は」

「三十四箱です」

「その四割」

「一日」

「およそ十四箱」

 半年。

 百八十日。

 失われる鉱石。

 二千五百二十箱。

 一箱。

 金貨半枚。

「金貨」

「千二百六十枚」

 ミリアが読み上げる。

 王都の財務官たちが。

 一斉に。

 顔を上げた。

「待ちなさい」

 モルデンが言う。

「半年間」

「まったく採掘できないと」

「決まったわけではない」

「ああ」

「これは」

「最悪の場合ではない」

「最悪ではない?」

「十三人だけを」

「失った場合だ」

◇◇◇

「第二の資料」

「はい」

 三十七人の。

 名簿。

 掘削。

 鉱石運搬。

 油の補給。

 食料の運搬。

 排水。

 坑道内の清掃。

 正式な帳簿には。

 存在しなかった。

 だが。

 鉱山を動かしていた者たち。

「この三十七人も」

「失っていた場合は?」

 鉱山管理者が。

 答えに詰まる。

「人を集めるだけなら」

「できます」

「ですが」

「同じ人数を」

「すぐに坑道へ入れることは」

「できません」

「なぜだ」

「坑道ごとの道」

「危険な場所」

「荷車の扱い」

「水が溜まる時間」

「それを覚える必要があります」

「期間は」

「少なくとも」

「三か月」

◇◇◇

 新しい人間を。

 入れれば終わりではない。

 教える人間が必要になる。

 教えている間。

 熟練者は。

 鉱石を掘れない。

 事故も増える。

 作業速度も落ちる。

「王都の計算では」

 俺は言った。

「鉱夫は」

「同じ人数を入れれば」

「元に戻ることになっている」

「違うと?」

「人は」

「交換部品ではない」

「同じ五十人でも」

「昨日までいた五十人と」

「今日集めた五十人では」

「掘れる量が違う」

◇◇◇

「第三の資料です」

 ミリアが。

 ゴブリンの記録を開く。

 北の坑道。

 西の居住区。

 第七坑道。

 発見された時刻。

 数。

 移動方向。

 救助前。

 新しいゴブリンは。

 増え続けていた。

 最終的に。

 九十一匹。

「採掘を続ければ」

「ゴブリンが増え続けたと」

「証明できますか」

 モルデンが聞く。

「できない」

 俺は答えた。

「では」

「計算へ入れるべきではない」

「だから」

「別にしてある」

「別に?」

「確定している損失と」

「起こる可能性がある損失を」

「混ぜていない」

◇◇◇

 確定していたこと。

 五十人が。

 坑道内に取り残された。

 第七坑道へ。

 九十一匹のゴブリンが集まった。

 地図にない坑道があった。

 支柱が傷んでいた。

 退路は。

 一つしかなかった。

 可能性があったこと。

 五十人の死亡。

 坑道の崩落。

 ゴブリンのさらなる増加。

 居住区への侵入。

 鉱山全体の閉鎖。

「全部が起きたとは」

「言っていない」

「起きる可能性がある状態で」

「採掘を続けるべきだったのか」

「それを聞いている」

◇◇◇

 モルデンが。

 指を組む。

経営判断には。

危険がつきものだ。

「危険を恐れて」

「すべての鉱山を止めていれば」

「王国は成り立たない」

「ああ」

「だから」

「危険の大きさを比べる」

 俺は。

 三枚の紙を並べた。

 第一。

 最小の損害。

 十三人の支保班を失う。

 第七坑道。

 半年停止。

 採掘損失。

 金貨千二百六十枚。

 坑道補修費。

 金貨三百枚。

 合計。

 金貨千五百六十枚。

 第二。

 五十人を失う。

 鉱山全体の採掘量が低下。

 人員補充。

 教育。

 事故増加。

 推定損失。

 金貨二千枚以上。

 第三。

 坑道崩落。

 または。

 ゴブリンが居住区へ侵入。

 鉱山全体を閉鎖。

「これは?」

 ミリアが聞く。

「計算できない」

「数字がないんですか?」

「違う」

「上限が分からない」

◇◇◇

 モルデンが。

 資料へ手を伸ばす。

「最初の金貨千五百六十枚も」

「予測にすぎません」

「そうだ」

「王国の損失」

「金貨百二十枚は」

「すでに発生しています」

「ああ」

「なら」

「確定した損失と」

「予測上の損失を比べるのは」

「不適切では?」

「不適切ではない」

 俺は。

 モルデンを見る。

「判断した時点では」

「どちらも未来だった」

◇◇◇

 採掘を止めた時。

 金貨百二十枚の損失は。

 まだ発生していない。

 坑道が崩れる損失も。

 人を失う損失も。

 まだ発生していなかった。

 その時点で。

 どちらを選ぶか。

 それが。

 経営判断だ。

「今」

「結果を知った後で」

「百二十枚だけを確定した損失と呼ぶのは」

「公平ではない」

「止めなかった未来は」

「起きなかったからですか」

「起きなかったのではない」

「止めたから」

「起こさずに済んだ可能性がある」

◇◇◇

「ベルク」

 モルデンが言う。

「監査官として」

「この計算を認めますか」

 ベルクは。

 三枚の紙を確認した。

「金貨千五百六十枚という額を」

「確定損失とは認めません」

「当然です」

「ですが」

「算定の根拠は」

「確認できます」

 登録された採掘量。

 第七坑道の割合。

 支保班の人数。

 再編に必要な期間。

 坑道補修の見積もり。

「少なくとも」

「採掘停止による金貨百二十枚だけを見て」

「判断が不合理だったとは」

「言えません」

「採掘を続けた場合の方が」

「はるかに大きな損失を」

「生じた可能性があります」

◇◇◇

 モルデンが。

 椅子へ深く座る。

「可能性」

「また可能性ですか」

「経営計画とは」

 俺は言った。

「まだ起きていないことへ」

「備えるものだ」

「すべて」

「起きてから決めるなら」

「計画はいらない」

 モルデンの指が。

 一度だけ。

 机を叩いた。

◇◇◇

「では」

 モルデンが言う。

「採掘停止は」

「最善の判断だったと?」

「違う」

 財務官たちが。

 わずかにざわつく。

「最善だったとは」

「証明できない」

「では」

「何を主張するのです」

「あの時点で」

「選べる中では」

「最も損失の小さい判断だった」

「同じでは?」

「違う」

 最善だったかどうかは。

 すべての結果を。

 知った後でしか分からない。

 だが。

 合理的だったかどうかは。

 判断した時に。

 持っていた情報で決められる。

「五十人が取り残され」

「ゴブリンが増え」

「坑道図も正しくない」

「その状態で」

「採掘を止めなかった方が」

「合理的だったと言えるのか」

◇◇◇

 モルデンは。

 答えなかった。

 代わりに。

 別の帳簿を開く。

「採掘停止については」

「一定の合理性があった」

「そう記録しましょう」

 ヴォルグが。

 息を吐く。

 だが。

 モルデンは。

 すぐに続けた。

「しかし」

「それは」

「ヴォルグ殿の管理責任を」

「消すものではありません」

「分かっておる」

「地図にない坑道」

「三十七人の未登録労働者」

「不完全な人員記録」

「十年前から続く」

「安全管理上の欠陥」

「あなたが」

「知らなかったとしても」

「責任者である以上」

「責任は残る」

「ああ」

 ヴォルグが答える。

「認める」

◇◇◇

 モルデンの目が。

 わずかに細くなった。

「ずいぶん簡単に」

「責任を認めますね」

「逃げれば」

「鉱山を守れるのか」

「いいえ」

「なら」

「逃げる理由はない」

「処分される可能性があります」

「受ける」

「解任も?」

 ヴォルグの顔が。

 固まる。

 だが。

 答える前に。

 俺が口を開いた。

「話を混ぜるな」

◇◇◇

「何です?」

 モルデンが聞く。

「第二の論点だ」

「ヴォルグに」

「管理責任があるか」

「ある」

「本人も認めた」

「なら」

「次は処分です」

「違う」

「責任があることと」

「鉱山を取り上げることは」

「同じではない」

「管理できなかった者へ」

「再び任せる理由がありません」

「それが」

「第三の論点だ」

 今後も。

 ノースへ。

 鉱山運営を任せられるか。

「過去に問題があったから」

「未来も任せられない」

「そう決めるなら」

「改善計画も」

「再発防止も」

「何の意味もなくなる」

◇◇◇

「改善計画」

 モルデンが言う。

「用意していると?」

「ああ」

「ヴォルグが」

「反省したから任せろと」

「言うつもりですか」

「違う」

 俺は。

 最後の資料を。

 机の上へ置いた。

「ヴォルグが」

「正しい人間だから」

「任せろとは言わない」

「では?」

「誰が運営しても」

「人を数字から消せない」

「仕組みを作る」

 モルデンが。

 初めて。

 その資料へ。

 自分から手を伸ばした。

 採掘停止の妥当性は。

 示した。

 管理責任も。

 認めた。

 残る論点は。

 一つ。

 今後も。

 ノースへ。

 鉱山を任せられるか。

(第112話 誰が運営しても)



最後までお読みいただきありがとうございます。

ぜひブックマークお願いします。

評価(★★★★★)も作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ