第111話 鉱石一箱の本当の原価
「人が死んだ時の費用も」
「入っているか」
会議室が。
静まり返った。
モルデンは。
俺が置いた救助記録へ。
目を落とす。
「人命を」
「金額へ置き換えるおつもりですか」
「違う」
「人の命に」
「値段を付ける話ではない」
「では」
「何を計算するのです」
「人を失った時に」
「鉱山が何を失うかだ」
◇◇◇
俺は。
ミリアへ目を向けた。
「第一の資料」
「はい」
ミリアが。
すぐに一冊を取り出す。
「救助された十三人の」
「役割一覧です」
十三人。
全員が。
第七坑道の支保班。
坑道の天井と壁を補強し。
崩落を防ぐ者たち。
その中には。
班長のルッツもいる。
「この十三人を」
「失っていた場合」
「第七坑道は」
「いつ再開できた」
俺が聞く。
鉱山管理者が。
答える。
「代わりの支保班を」
「作る必要があります」
「期間は」
「早くても半年です」
「経験のない者だけなら」
「一年でも足りません」
「第七坑道の」
「採掘量は?」
「ノース全体の」
「およそ四割です」
◇◇◇
ミリアが。
次の紙を出す。
「採掘停止前」
「ノース全体の一日平均は」
「三十四箱です」
「その四割」
「一日」
「およそ十四箱」
半年。
百八十日。
失われる鉱石。
二千五百二十箱。
一箱。
金貨半枚。
「金貨」
「千二百六十枚」
ミリアが読み上げる。
王都の財務官たちが。
一斉に。
顔を上げた。
「待ちなさい」
モルデンが言う。
「半年間」
「まったく採掘できないと」
「決まったわけではない」
「ああ」
「これは」
「最悪の場合ではない」
「最悪ではない?」
「十三人だけを」
「失った場合だ」
◇◇◇
「第二の資料」
「はい」
三十七人の。
名簿。
掘削。
鉱石運搬。
油の補給。
食料の運搬。
排水。
坑道内の清掃。
正式な帳簿には。
存在しなかった。
だが。
鉱山を動かしていた者たち。
「この三十七人も」
「失っていた場合は?」
鉱山管理者が。
答えに詰まる。
「人を集めるだけなら」
「できます」
「ですが」
「同じ人数を」
「すぐに坑道へ入れることは」
「できません」
「なぜだ」
「坑道ごとの道」
「危険な場所」
「荷車の扱い」
「水が溜まる時間」
「それを覚える必要があります」
「期間は」
「少なくとも」
「三か月」
◇◇◇
新しい人間を。
入れれば終わりではない。
教える人間が必要になる。
教えている間。
熟練者は。
鉱石を掘れない。
事故も増える。
作業速度も落ちる。
「王都の計算では」
俺は言った。
「鉱夫は」
「同じ人数を入れれば」
「元に戻ることになっている」
「違うと?」
「人は」
「交換部品ではない」
「同じ五十人でも」
「昨日までいた五十人と」
「今日集めた五十人では」
「掘れる量が違う」
◇◇◇
「第三の資料です」
ミリアが。
ゴブリンの記録を開く。
北の坑道。
西の居住区。
第七坑道。
発見された時刻。
数。
移動方向。
救助前。
新しいゴブリンは。
増え続けていた。
最終的に。
九十一匹。
「採掘を続ければ」
「ゴブリンが増え続けたと」
「証明できますか」
モルデンが聞く。
「できない」
俺は答えた。
「では」
「計算へ入れるべきではない」
「だから」
「別にしてある」
「別に?」
「確定している損失と」
「起こる可能性がある損失を」
「混ぜていない」
◇◇◇
確定していたこと。
五十人が。
坑道内に取り残された。
第七坑道へ。
九十一匹のゴブリンが集まった。
地図にない坑道があった。
支柱が傷んでいた。
退路は。
一つしかなかった。
可能性があったこと。
五十人の死亡。
坑道の崩落。
ゴブリンのさらなる増加。
居住区への侵入。
鉱山全体の閉鎖。
「全部が起きたとは」
「言っていない」
「起きる可能性がある状態で」
「採掘を続けるべきだったのか」
「それを聞いている」
◇◇◇
モルデンが。
指を組む。
経営判断には。
危険がつきものだ。
「危険を恐れて」
「すべての鉱山を止めていれば」
「王国は成り立たない」
「ああ」
「だから」
「危険の大きさを比べる」
俺は。
三枚の紙を並べた。
第一。
最小の損害。
十三人の支保班を失う。
第七坑道。
半年停止。
採掘損失。
金貨千二百六十枚。
坑道補修費。
金貨三百枚。
合計。
金貨千五百六十枚。
第二。
五十人を失う。
鉱山全体の採掘量が低下。
人員補充。
教育。
事故増加。
推定損失。
金貨二千枚以上。
第三。
坑道崩落。
または。
ゴブリンが居住区へ侵入。
鉱山全体を閉鎖。
「これは?」
ミリアが聞く。
「計算できない」
「数字がないんですか?」
「違う」
「上限が分からない」
◇◇◇
モルデンが。
資料へ手を伸ばす。
「最初の金貨千五百六十枚も」
「予測にすぎません」
「そうだ」
「王国の損失」
「金貨百二十枚は」
「すでに発生しています」
「ああ」
「なら」
「確定した損失と」
「予測上の損失を比べるのは」
「不適切では?」
「不適切ではない」
俺は。
モルデンを見る。
「判断した時点では」
「どちらも未来だった」
◇◇◇
採掘を止めた時。
金貨百二十枚の損失は。
まだ発生していない。
坑道が崩れる損失も。
人を失う損失も。
まだ発生していなかった。
その時点で。
どちらを選ぶか。
それが。
経営判断だ。
「今」
「結果を知った後で」
「百二十枚だけを確定した損失と呼ぶのは」
「公平ではない」
「止めなかった未来は」
「起きなかったからですか」
「起きなかったのではない」
「止めたから」
「起こさずに済んだ可能性がある」
◇◇◇
「ベルク」
モルデンが言う。
「監査官として」
「この計算を認めますか」
ベルクは。
三枚の紙を確認した。
「金貨千五百六十枚という額を」
「確定損失とは認めません」
「当然です」
「ですが」
「算定の根拠は」
「確認できます」
登録された採掘量。
第七坑道の割合。
支保班の人数。
再編に必要な期間。
坑道補修の見積もり。
「少なくとも」
「採掘停止による金貨百二十枚だけを見て」
「判断が不合理だったとは」
「言えません」
「採掘を続けた場合の方が」
「はるかに大きな損失を」
「生じた可能性があります」
◇◇◇
モルデンが。
椅子へ深く座る。
「可能性」
「また可能性ですか」
「経営計画とは」
俺は言った。
「まだ起きていないことへ」
「備えるものだ」
「すべて」
「起きてから決めるなら」
「計画はいらない」
モルデンの指が。
一度だけ。
机を叩いた。
◇◇◇
「では」
モルデンが言う。
「採掘停止は」
「最善の判断だったと?」
「違う」
財務官たちが。
わずかにざわつく。
「最善だったとは」
「証明できない」
「では」
「何を主張するのです」
「あの時点で」
「選べる中では」
「最も損失の小さい判断だった」
「同じでは?」
「違う」
最善だったかどうかは。
すべての結果を。
知った後でしか分からない。
だが。
合理的だったかどうかは。
判断した時に。
持っていた情報で決められる。
「五十人が取り残され」
「ゴブリンが増え」
「坑道図も正しくない」
「その状態で」
「採掘を止めなかった方が」
「合理的だったと言えるのか」
◇◇◇
モルデンは。
答えなかった。
代わりに。
別の帳簿を開く。
「採掘停止については」
「一定の合理性があった」
「そう記録しましょう」
ヴォルグが。
息を吐く。
だが。
モルデンは。
すぐに続けた。
「しかし」
「それは」
「ヴォルグ殿の管理責任を」
「消すものではありません」
「分かっておる」
「地図にない坑道」
「三十七人の未登録労働者」
「不完全な人員記録」
「十年前から続く」
「安全管理上の欠陥」
「あなたが」
「知らなかったとしても」
「責任者である以上」
「責任は残る」
「ああ」
ヴォルグが答える。
「認める」
◇◇◇
モルデンの目が。
わずかに細くなった。
「ずいぶん簡単に」
「責任を認めますね」
「逃げれば」
「鉱山を守れるのか」
「いいえ」
「なら」
「逃げる理由はない」
「処分される可能性があります」
「受ける」
「解任も?」
ヴォルグの顔が。
固まる。
だが。
答える前に。
俺が口を開いた。
「話を混ぜるな」
◇◇◇
「何です?」
モルデンが聞く。
「第二の論点だ」
「ヴォルグに」
「管理責任があるか」
「ある」
「本人も認めた」
「なら」
「次は処分です」
「違う」
「責任があることと」
「鉱山を取り上げることは」
「同じではない」
「管理できなかった者へ」
「再び任せる理由がありません」
「それが」
「第三の論点だ」
今後も。
ノースへ。
鉱山運営を任せられるか。
「過去に問題があったから」
「未来も任せられない」
「そう決めるなら」
「改善計画も」
「再発防止も」
「何の意味もなくなる」
◇◇◇
「改善計画」
モルデンが言う。
「用意していると?」
「ああ」
「ヴォルグが」
「反省したから任せろと」
「言うつもりですか」
「違う」
俺は。
最後の資料を。
机の上へ置いた。
「ヴォルグが」
「正しい人間だから」
「任せろとは言わない」
「では?」
「誰が運営しても」
「人を数字から消せない」
「仕組みを作る」
モルデンが。
初めて。
その資料へ。
自分から手を伸ばした。
採掘停止の妥当性は。
示した。
管理責任も。
認めた。
残る論点は。
一つ。
今後も。
ノースへ。
鉱山を任せられるか。
(第112話 誰が運営しても)
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