第110話 敵が座る査問席
査問まで。
七日。
だが。
七日間。
書類を集めるだけでは。
足りない。
「論点を」
「三つに分ける」
俺は。
会議室の壁へ。
三枚の紙を貼った。
第一。
採掘停止は。
必要だったか。
第二。
ヴォルグに。
管理責任はあるか。
第三。
今後も。
ノースに鉱山運営を。
任せられるか。
「全部」
「同じ話ではないんですか?」
ミリアが聞く。
「違う」
「ヴォルグに」
「管理責任があったとしても」
「採掘停止が」
「間違いだったことにはならない」
「採掘停止が」
「正しかったとしても」
「これからも」
「任せられる証明にはならない」
「分けなければ」
「いけないんですね」
「ああ」
「三つを混ぜれば」
「一つ負けただけで」
「全部負ける」
◇◇◇
「では」
ヴォルグが。
腕を組む。
「どれを守る」
「第一と」
「第三だ」
「わしの責任は?」
「認める」
ヴォルグの眉が。
動いた。
「地図にない坑道」
「名簿にいない労働者」
「十年前から続いた」
「不完全な報告」
「知らなかったで」
「全部は逃げられない」
「では」
「わしを処分させるのか」
「処分を」
「目的にさせない」
「どういう意味じゃ」
「モルデンは」
「お前の責任を使って」
「鉱山を取り上げようとする」
「俺たちは」
「責任を認めた上で」
「鉱山を残す」
◇◇◇
勝ち方も。
三つに分けた。
最良。
採掘停止を。
緊急措置として承認。
ヴォルグへの処分なし。
ノースによる。
鉱山運営を継続。
標準。
採掘停止は承認。
ヴォルグには。
管理責任上の処分。
だが。
鉱山運営は継続。
最悪。
ヴォルグを解任。
鉱山を。
王都直轄へ移す。
「最良を」
「狙うんですよね?」
ミリアが聞く。
「狙う」
「だが」
「標準でも」
「ノースは残る」
「最悪だけは」
「避ける」
ヴォルグが。
三枚の紙を見る。
「最初から」
「完全勝利を捨てるのか」
「違う」
「勝てない時にも」
「守るものを決めておく」
前世でも。
計画は。
一つでは作らない。
売上が伸びた時。
予定通りの時。
下振れした時。
それぞれの。
資金と。
人員と。
撤退線を決める。
「勝つための準備ではない」
「負けても」
「ノースを残す準備だ」
◇◇◇
役割も。
決めた。
ベルクは。
資料の真正性と。
監査手続きを確認する。
ミリアは。
六つの資料を管理し。
求められた記録を。
すぐに出す。
ロイドとイサクは。
バルドとラングで。
実際に起きたことを証言する。
ヴォルグは。
緊急措置を決めた。
責任者として答える。
「レオン様は?」
ミリアが聞く。
「数字を」
「一つにつなげる」
「それだけですか?」
「それが」
「一番面倒なんだ」
◇◇◇
「一つ」
ベルクが言った。
「確認します」
「ヴォルグ殿」
「モルデン伯から」
「十年前の責任を問われても」
「感情で答えないでください」
「妻と息子を」
「数字から消した男じゃ」
「分かっています」
「だからこそです」
ヴォルグが。
ベルクを見る。
「お前は」
「わしに黙れと言うのか」
「違います」
「今回の目的を」
「選んでください」
「十年前の復讐か」
「現在のノースを守ることか」
ヴォルグの拳が。
握られる。
しばらくして。
ゆっくり開いた。
「ノースじゃ」
「今度こそ」
「生きている者を守る」
「なら」
「それ以外の言葉は」
「飲み込んでください」
◇◇◇
資料は。
三組作った。
一組は。
ベルクの監査記録。
一組は。
ノースで保管。
もう一組は。
封をして。
バルドへ送る。
「三組も」
「必要ですか?」
ミリアが聞く。
「一か所に置けば」
「一度失えば終わる」
「王都に」
「持っていかれるかもしれないからですか?」
「火事かもしれない」
「盗難かもしれない」
「命令による回収かもしれない」
「原因は」
「何でもいい」
「一つしかない資料は」
「資料ではない」
「弱点だ」
ベルクが。
複写された記録へ。
一枚ずつ。
監査印を押す。
「原本と照合済み」
「これで」
「単なる書き写しではありません」
◇◇◇
次に。
採掘停止の前と後を。
一枚の表へまとめた。
採掘量。
出荷量。
鉱夫の人数。
負傷者。
救助者。
地図にない坑道。
未登録労働者。
ゴブリンの目撃数。
再開に必要な日数。
王都の帳簿に。
これまで載っていたのは。
採掘量と。
出荷量だけだった。
「全部」
「同じ表に入れるんですか?」
「ああ」
「人と」
「鉱石を?」
「鉱石は」
「人が掘る」
「人が減れば」
「鉱石も減る」
「別々に扱う方が」
「おかしい」
◇◇◇
六日目の夕方。
北門の鐘が鳴った。
王国旗を掲げた。
五台の馬車。
騎兵。
二十人。
書記官。
財務官。
護衛兵。
そして。
先頭の馬車には。
三つの峰と。
一本の秤。
北方監督室の紋章が。
掲げられていた。
「来ました」
ミリアが言う。
「ああ」
「数字を選んだ男がな」
◇◇◇
馬車の扉が。
開く。
最初に降りたのは。
銀色の髪を。
短く整えた男だった。
年は。
五十を少し超えた頃。
派手な服も。
大きな宝石もない。
灰色の外套。
黒い手袋。
細い眼鏡。
胸元にだけ。
小さな決裁印が。
下げられている。
モルデン伯爵。
男は。
鉱山を見上げた。
壊れた柵。
積み上げた荷車。
救助のために。
外された線路。
そして。
採掘を止めたままの。
坑道。
「静かだ」
モルデンが言った。
「鉱山とは」
「もっと音がするものだと」
「思っていました」
「止めたからじゃ」
ヴォルグが答える。
「知っています」
モルデンは。
わずかに笑った。
「その理由を」
「聞きに来ました」
◇◇◇
モルデンの目が。
ベルクへ移る。
「ベルク監査官」
「王都へ戻る途中だったと」
「聞いています」
「戻りました」
「四度目の監査を」
「始めたそうですね」
「はい」
「三度では」
「足りませんでしたか」
「足りなかったことが」
「分かりました」
モルデンの笑みが。
消えた。
「それは」
「残念です」
「私にとってもです」
◇◇◇
査問は。
翌朝からの予定だった。
だが。
モルデンは。
会議室へ入ると。
外套も脱がずに言った。
「先に」
「資料を確認します」
「原本を」
「すべて提出してください」
ミリアが。
俺を見る。
俺は頷いた。
原本一覧。
複写記録。
保管場所。
移動履歴。
すべてを書いた紙を。
ベルクが差し出す。
「原本は」
「私の監査管理下にあります」
「査問団へは」
「照合済みの複写を提出します」
「私に」
「原本を渡せないと?」
「渡さないのではありません」
「一人の管理下へ」
「移さないのです」
モルデンが。
ベルクを見る。
「私を」
「疑っているのですか」
「監査は」
「誰も信用しないことで」
「信用を作ります」
短い沈黙。
やがて。
モルデンが。
薄く笑った。
「結構です」
◇◇◇
翌朝。
ノース鉱山の会議室に。
査問席が作られた。
中央。
最も高い席に。
モルデン伯爵。
左右には。
王都の財務官と。
書記官。
向かい側に。
ヴォルグ。
ベルク。
俺。
ミリア。
ロイド。
イサク。
モルデンが。
俺を見る。
「あなたが」
「バルド領のレオン殿ですか」
「ああ」
「ノース鉱山の運営に」
「どのような権限を?」
ヴォルグが答える。
「今回の緊急対策を」
「わしが任せた」
「正式な役職ではない」
「緊急時の」
「運営責任者じゃ」
「なるほど」
モルデンが。
書記官へ目を向ける。
「記録してください」
「ノース鉱山は」
「外部の領主へ」
「運営判断を委ねた」
「待て」
ヴォルグが立ち上がる。
「座れ」
俺は言った。
ヴォルグが。
こちらを見る。
「事実は」
「間違っていない」
「じゃが」
「並べ方が違う」
「だから」
「これから直す」
◇◇◇
モルデンが。
一冊の帳簿を開く。
「では」
「始めましょう」
最初に読み上げたのは。
救助した人数ではない。
死者の数でもない。
停止した日数。
掘れなかった鉱石。
届けられなかった箱。
失われた王国収入。
モルデンは。
一つずつ。
数字を並べた。
「査問対象期間」
「七日」
「未採掘鉱石」
「二百四十箱」
「納鉱契約上の」
「推定不足額」
「金貨百二十枚」
ミリアの手が。
止まりかける。
百二十金貨。
その数字だけを聞けば、こちらの負けだ。
俺は。
小さく首を振った。
書き続けろ。
「ヴォルグ殿」
モルデンが言う。
「あなたは」
「王国に」
「金貨百二十枚の損害を与えた」
「まず」
「その事実を」
「認めますか」
「認める」
ヴォルグが答えた。
財務官たちが。
顔を上げる。
モルデンの目が。
わずかに細くなる。
「随分と」
「素直ですね」
「止めたことは」
「事実じゃ」
「では」
「なぜ止めた」
俺は。
机の上へ。
一枚の表を置いた。
「その前に」
「確認したい」
「何でしょう」
「鉱石一箱の」
「原価はいくらだ」
モルデンが。
帳簿を見る。
「採掘費と輸送費なら」
「記録があります」
「違う」
俺は。
五十人の名前が書かれた。
救助記録を。
その横へ置いた。
「人が死んだ時の費用も」
「入っているか」
会議室が。
静かになった。
王都は。
失った鉱石を。
百二十金貨と計算した。
なら。
こちらは。
止めなかった場合の。
本当の損失を示す。
(第111話 鉱石一箱の本当の原価)
最後までお読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマーク登録をお願いします。
評価(★★★★★)も作者の励みになります。




