第109話 数字を選んだ者
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四度目の監査が。
始まってから。
三日目。
雪の街道を。
二台の荷馬車が。
ノースへ入った。
「レオン様!」
先頭の御者台から。
ハンスが。
大きく手を振る。
その後ろには。
ロイド。
イサク。
荷台には。
木箱が。
いくつも積まれている。
「持ってきました!」
「残っている書類を」
「全部です!」
◇◇◇
「ダレンは?」
「バルドに残りました」
ハンスが答える。
「水車の工事と」
「領内の管理を」
「放り出すわけにはいかないと」
「それでいい」
「代わりに」
「これを預かっています」
ハンスが。
一冊の報告書を差し出した。
表紙には。
ダレンの文字。
十年前の。
バルド領。
補助金交付記録。
鮭の取引契約。
王都から届いた通達。
倉庫に残っていた書類を。
日付順に。
まとめてある。
「意外と」
「仕事が早いですね」
ミリアが言う。
「意外とは何だ」
「褒めています」
「本人のいないところで」
「失礼な褒め方をするな」
◇◇◇
会議室の。
大きな机へ。
三つの地域の書類を。
並べた。
ノース。
鉱石の増産命令。
補助金返還の条件。
採掘権見直しの通知。
バルド。
鮭の保護補助金。
漁具購入への融資。
一定量の水揚げを求める契約。
ラング。
商人への取引許可。
鮭の買い取りに関する通達。
許可証更新の条件。
「十年前」
ロイドが言う。
「私たちは」
「この通知に従いました」
「従わなければ?」
「バルドで」
「鮭を買う許可を」
「失うと言われました」
イサクが。
別の書類を指す。
「ラング商会も同じです」
「提示された価格を」
「拒否した商会は」
「取引許可の更新を」
「後回しにされました」
「後回し?」
ミリアが聞く。
「商人にとっては」
「取り消しと同じです」
「許可が出るまで」
「何も売れませんから」
◇◇◇
ベルクが。
一枚ずつ。
書類を確認する。
どの書類にも。
大きな印があった。
秤を囲む。
王国財務官の紋章。
エルド・グラハム。
署名も。
残されている。
「これは」
「すでに分かっていたものです」
ベルクが言う。
「エルドは」
「ノースでも」
「バルドでも」
「ラングでも」
「現地執行に関わっていた」
「やはり」
「あの男が全部やったのか」
ヴォルグが聞く。
「まだ」
「そうとは言えません」
「三つの地域へ」
「同時に命令を出しておる」
「それでもです」
ベルクは。
エルドの署名を見る。
「実行したことと」
「仕組みを作ったことは」
「同じではありません」
◇◇◇
「レオン様」
机の反対側で。
書類を並べていたミリアが。
手を止めた。
「何だ」
「この印」
「何でしょう?」
「エルドの印ではありません」
ミリアが指したのは。
書類の右下。
大きな紋章印から。
離れた場所にある。
小さな印だった。
三つの峰。
その中央に。
細い一本の秤。
「こちらにもあります」
バルドの。
補助金交付記録。
「これにも」
ラングの。
取引許可に関する通達。
そして。
ノースの。
増産命令の控え。
承認者の名は。
切り取られている。
だが。
端に押された。
小さな印は。
残っていた。
「全部」
「同じではありませんか?」
◇◇◇
ベルクが。
四枚を並べる。
印の形。
大きさ。
線の太さ。
左端にある。
小さな欠けまで。
すべて同じだった。
「王国財務局」
「北方監督室」
ベルクが言う。
「最終決裁印です」
「エルドの印と」
「何が違うんですか?」
ミリアが聞く。
「エルドの印は」
「現地で命令を執行した者の印です」
「こちらは」
「その命令を」
「北方政策として承認した印です」
「では」
「エルドの上に」
「本当に誰かいた」
「はい」
◇◇◇
ノースでは。
補助金を与え。
採掘量を増やした。
人が。
鉱山から離れられなくなった後で。
納鉱量を引き上げた。
安全を理由とした停止も。
認めなかった。
バルドでは。
補助金を与え。
人を鮭へ集めた。
船を買わせ。
漁具を買わせ。
鮭以外の仕事を。
減らした後で。
買い取り価格を下げた。
ラングでは。
取引許可を使い。
商人の価格を。
同じにさせた。
「商品は違う」
俺は言った。
「鉱石と」
「鮭じゃ」
「町も違う」
「だが」
「手順は同じだ」
先に。
金を入れる。
仕事を。
一つに集中させる。
逃げ道がなくなった後で。
条件を変える。
町に利益を与える制度ではない。
町を。
従わせる制度だった。
◇◇◇
「これで」
ヴォルグが。
小さな印を叩く。
「上にいた者を」
「捕まえられるな」
「いいえ」
ベルクが答える。
「なぜじゃ」
「この印で証明できるのは」
「北方監督室が」
「命令を承認したことです」
「誰が押したかは?」
「当時」
「この印を使用できたのは」
「北方監督室長と」
「その代理だけです」
「では」
「室長を調べればよい」
「はい」
「ですが」
「それだけで」
「制度を悪用する意図まで」
「証明できるわけではありません」
ヴォルグが。
顔をしかめる。
「また」
「証明できんと言うのか」
「疑うための事実と」
「裁くための証拠は」
「違います」
◇◇◇
「監査官」
書記官の一人が。
古い箱から。
薄い冊子を取り出した。
「十年前の」
「王国官職録です」
ベルクの手が。
止まる。
冊子には。
王国財務局に属する。
役職と。
責任者の名が。
記されていた。
財務官。
エルド・グラハム。
その上。
王国財務局。
北方監督室長。
北方財務監督官。
「読み上げてください」
ミリアが言う。
ベルクは。
その名前を見たまま。
動かなかった。
「ベルク」
「記憶では」
「言えなかった名だ」
「はい」
「だが」
「今は」
任命記録がある。
三地域に残った。
決裁印がある。
十年前。
その印を使う権限を持っていた者が。
書かれている。
記憶ではない。
記録だった。
「北方財務監督官」
ベルクが。
静かに読み上げる。
「モルデン伯爵」
◇◇◇
モルデン伯爵。
十年前。
北方監督室を率いていた男。
ノースの増産命令。
バルドの補助金。
ラングの取引許可。
三つの地域へ出された書類を。
同じ印で。
承認した者。
「そいつが」
「エルドへ命じたのか」
ヴォルグが聞く。
「可能性はあります」
「また可能性か」
「モルデン伯が」
「制度を作った証拠はありません」
ベルクは。
官職録と。
決裁印を見比べる。
「北方監督室の長として」
「承認した」
「今ある証拠で言えるのは」
「そこまでです」
「十分ではないのか」
「伯爵は」
「こう答えるでしょう」
ベルクが言う。
「制度上」
「必要な決裁をしただけだ」
「現地での不正は」
「エルド・グラハムが」
「勝手に行ったことだと」
◇◇◇
「では」
「逃げられるのか」
ミリアが聞く。
「今の証拠だけなら」
「逃げられます」
「三つとも」
「同じ印なのに?」
「同じ部署が」
「決裁した証拠です」
「同じ目的で」
「地方を壊した証拠ではありません」
ベルクは。
淡々と答える。
「ですが」
「質問することはできます」
「なぜ」
「三つの地域で」
「同じ手順が使われたのか」
「なぜ」
「すべての現地執行を」
「エルドへ任せたのか」
「なぜ」
「ノースの増産命令だけ」
「承認者の名が切り取られたのか」
「答えさせられるのか」
「正式な査問の場なら」
「記録に残る形で」
「答えさせることができます」
◇◇◇
その時。
会議室の外が。
騒がしくなった。
「王都から」
「急使です!」
一人の兵士が。
扉を開ける。
その後ろには。
王国の外套を着た男。
手には。
封蝋された書状。
「ノース鉱山総責任者」
「ヴォルグ殿へ」
「王国財務局より」
「正式な査問通知です」
部屋の空気が。
変わった。
◇◇◇
ヴォルグが。
封を切る。
査問理由。
無許可の採掘停止。
鉱石の出荷停止。
納鉱契約の不履行。
王国収益への重大な損害。
未登録労働者の使用。
未報告坑道の存在。
鉱山管理上の。
重大な過失。
「予想通りだ」
俺は言った。
「査問の場所は?」
ベルクが聞く。
ヴォルグが。
次の行を読む。
「ノース鉱山」
「現地にて実施する」
ベルクが。
小さく息を吐く。
「申請は」
「認められたようです」
「開始は?」
「七日後」
「査問責任者は?」
ヴォルグの目が。
止まった。
◇◇◇
「どうしました?」
ミリアが聞く。
ヴォルグは。
黙ったまま。
書状を。
俺へ渡した。
最後の行。
査問責任者。
王国財務局。
北方財務監督官。
モルデン伯爵。
そして。
名前の横には。
小さな印があった。
三つの峰。
中央に。
一本の秤。
十年前の書類と。
同じ印。
「本人が」
ミリアが呟く。
「来るんですか?」
「ああ」
十年前。
残す数字と。
消す数字を選んだ男。
その男が。
今度は。
ノースの数字を。
裁きに来る。
証拠を集めた相手が。
査問席に。
座ろうとしていた。
(第110話 敵が座る査問席)
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