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第108話 四度目のノース監査

※この作品は毎日更新予定です。

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 翌朝。

 雪の街道から。

 一台の馬車が戻ってきた。

 王都へ向かったはずの。

 監査官の馬車。

 扉が開く。

 ベルクが。

 不機嫌そうな顔で降りてきた。

「王都へ帰すな」

「随分と」

「穏やかではない伝言でした」

「帰ってきたな」

「伝言を無視すれば」

「十年前の監査からも」

「逃げたことになります」

 ベルクの後ろから。

 二人の書記官も降りる。

 持っていた荷物は。

 王都へ戻る時より。

 少なかった。

「馬車を一台」

「先に王都へ向かわせました」

「何のためだ」

「ノース鉱山で」

「新たな事実が見つかったことを」

「監査局へ報告するためです」

「査問は?」

「止められません」

「だが」

「新しい事実を無視したまま」

「始めさせるつもりもありません」

◇◇◇

 領主館ではなく。

 ノース鉱山の会議室へ。

 全員が集まった。

 机の上には。

 六つに分けられた資料。

 その横に。

 十年前の監査報告が。

 三冊並んでいる。

 ベルクは。

 三冊目を開いた。

 最後の頁。

 自分の署名を。

 指でなぞる。

「間違いなく」

「私の署名です」

「内容も覚えておるか」

 ヴォルグが聞く。

「すべてではありません」

「ですが」

「事故後の監査は覚えています」

「登録鉱夫」

「三百人」

「未登録労働者」

「なし」

「未報告坑道」

「なし」

「重大な安全上の問題」

「認められず」

 ベルクが。

 自分の書いた言葉を。

 読み上げる。

「今も」

「同じ判断をするか」

「しません」

 即答だった。

◇◇◇

「では」

「十年前」

「お前は何を見た」

 ヴォルグの声は。

 低かった。

「提出された」

「鉱夫名簿」

「賃金台帳」

「坑道図」

「事故報告書」

「救助記録」

「現地も確認しました」

「どこをじゃ」

「第一から」

「第五坑道まで」

「西の坑道は?」

「封鎖されていました」

「中に人が残っていた場所じゃ」

「事故後」

「全員の死亡が確認されたと」

「報告を受けました」

 ヴォルグの拳が。

 固く握られる。

「誰からじゃ」

「当時の鉱山管理者と」

「王都から派遣されていた」

「財務官です」

「エルド・グラハムか」

「はい」

◇◇◇

「死者の名簿は?」

「確認しました」

「そこに」

「わしの妻と息子は」

「おらんかった」

「正式な鉱夫ではなかったため」

「事故の死者には」

「含まれていませんでした」

「それを」

「おかしいとは思わなかったのか」

 ベルクは。

 すぐには答えなかった。

「当時の私は」

「鉱山労働者の死亡者数を」

「確認しました」

「坑道で亡くなった」

「すべての人間を」

「確認したのではありません」

「同じではないか」

「いいえ」

 ベルクは。

 自分の監査報告を見る。

「同じではありません」

「ですが」

「同じだと思っていました」

◇◇◇

 部屋が。

 静かになる。

「ベルク」

 俺は言った。

「お前は」

「嘘を書いたのか」

「いいえ」

「では」

「この報告は正しいか」

「いいえ」

 ベルクが。

 顔を上げる。

「私は」

「提出された資料を確認し」

「その範囲では」

「正しい報告を書きました」

「しかし」

「監査対象の範囲そのものを」

「誰かに決められていた」

「ああ」

「鉱夫として登録された者だけ」

「正式な地図に載った坑道だけ」

「事故の死者として」

「届け出られた者だけ」

「私は」

「見せられた事実を」

「正確に確認した」

「だが」

「見せられなかった事実を」

「見つけられなかった」

◇◇◇

「言い訳か」

 ヴォルグが聞く。

「違います」

 ベルクは。

 静かに答えた。

「監査官としての」

「過失です」

「騙された者に」

「責任はないと」

「言うつもりはありません」

 ベルクが。

 三冊目の報告書を閉じる。

「私の署名です」

「私が」

「正しいと認めた報告です」

「だから」

「私が調べ直します」

◇◇◇

「資料を」

「見せてください」

 ミリアが。

 六つに分けた資料を。

 ベルクの前へ並べる。

「第一」

「採掘停止前後の」

「ゴブリン出現記録です」

「第二」

「十三人と」

「三十七人の救助記録」

「第三」

「採掘停止による損失」

「第四」

「採掘を続けた場合の」

「人的損失の予測」

「第五」

「地図にない坑道が」

「作られた経緯」

「第六」

「十年前の増産命令と」

「事故の記録です」

 ベルクが。

 ミリアを見る。

「あなたが」

「整理したのですか」

「はい!」

「名前を書く係でしたから」

「綴る順番は」

「悪くありません」

 ミリアが。

 俺を見る。

「褒められました」

「続けろ」

「はい」

◇◇◇

 ベルクは。

 一つずつ。

 資料を確認した。

 十三人。

 全員救助。

 三十七人。

 全員救助。

 死者。

 ゼロ。

 採掘停止後。

 北の森と。

 西の居住区で。

 新しいゴブリンの目撃数が減少。

 名簿にいない三十七人へ。

 賃金と救助を保証した後。

 第七坑道の増加も停止。

 その後。

 既存のゴブリンを。

 八十四匹討伐。

「ゴブリンが」

「希望のない土地に湧く」

「その点は」

「監査報告には書けません」

 ベルクが言う。

「なぜです?」

 ミリアが聞く。

「証明できないからです」

「数字は」

「減っています」

「採掘停止と」

「ゴブリンの減少が」

「同じ時期に起きたことは書けます」

「ですが」

「採掘を止めたから」

「減ったとは断定できません」

「厳しいですね」

「それが」

「監査です」

◇◇◇

「ただし」

 ベルクは。

 救助記録へ手を置いた。

「採掘停止の判断が」

「不合理だったとは」

「言えません」

 ヴォルグが。

 目を細める。

「どういう意味じゃ」

「多数のゴブリン」

「地図にない坑道」

「未登録労働者」

「五十人の鉱夫が」

「坑道内に取り残されていた」

「その状態で」

「採掘と出荷を続ける方が」

「不合理です」

「では」

「査問には勝てるのか」

「採掘停止については」

「説明できます」

「出荷停止も」

「緊急措置として」

「認められる可能性があります」

「賃金保証は?」

「鉱山機能を維持するための」

「労働者保護と説明できる」

「借金の猶予は?」

「そこは」

「ヴォルグ殿の権限が」

「問われます」

 ヴォルグが。

 鼻を鳴らした。

「全部を」

「助けてくれるわけではないのじゃな」

「私は」

「あなたを助けに来たのではありません」

「分かっておる」

「事実を」

「正しく並べるために来ました」

「それでよい」

◇◇◇

「だが」

 ベルクが続ける。

「ヴォルグ殿の」

「管理責任は消えません」

 地図にない坑道。

 名簿にいない三十七人。

 過去の死者の欠落。

「知らなかったでは」

「済まないものもあります」

「ああ」

「査問で」

「そこを隠せば」

「確実に負けます」

「隠さん」

「処分を受ける可能性もあります」

「受ける」

 ヴォルグが答える。

「じゃが」

「鉱山を」

「十年前に戻させはせん」

 ベルクは。

 短く頷いた。

「なら」

「勝ち目はあります」

◇◇◇

「何をする」

 俺が聞く。

「二つです」

 ベルクは。

 古い監査報告と。

 現在の資料を。

 左右へ分けた。

「一つ目」

「今回の緊急措置が」

「鉱山を守るために必要だったと」

「証明する」

「二つ目」

「十年前から」

「誤った報告が作られた経緯を」

「明らかにする」

「それで」

「査問を止められるか」

「止めません」

「止めない?」

「査問は」

「受けるべきです」

 ミリアが。

 驚いた顔をする。

「どうしてですか?」

「ヴォルグ殿の判断が」

「本当に正しかったのなら」

「王国の正式な記録に」

「正しかったと残す必要があります」

「逃げれば」

「王都の記録には」

「契約を破った鉱山主としか」

「残りません」

◇◇◇

「では」

「正面から受けるのか」

 ヴォルグが聞く。

「はい」

「ただし」

「王都が選んだ資料だけで」

「受ける必要はありません」

 ベルクは。

 ミリアがまとめた。

 六つの資料を見る。

「こちらから」

「すべて提出します」

「不利な記録も」

「含めてです」

「そして」

「査問の場所を」

「ノースにするよう求めます」

「王都ではなく?」

「現場を見ずに」

「この件を判断させてはいけません」

 地図にない坑道。

 新しく作った名簿。

 十年前の死者の帳簿。

 救助された五十人。

「王都へ」

「紙だけを運べば」

「また」

「事実の一部だけが」

「並べられる可能性があります」

 ベルクは。

 十年前の報告を見た。

「同じ失敗は」

「繰り返しません」

◇◇◇

 ベルクが。

 二人の書記官へ命じる。

「ノース鉱山に関する」

「追加監査を開始します」

「監査対象は」

「現在の緊急措置」

「過去三回の監査資料」

「十年前の事故記録」

「資料作成と提出の経緯」

「すべてです」

「監査官」

 書記官の一人が聞く。

「特別監査は」

「すでに終了しています」

「あれは」

「バルドの監査です」

 ベルクが。

 新しい紙を出す。

「これは」

「ノースの監査です」

「四度目の」

◇◇◇

 ヴォルグが。

 ベルクを見る。

「今度は」

「何を見る」

「鉱石ですか」

「金ですか」

 ミリアが聞く。

 ベルクは。

 新しく作られた帳簿を。

 自分の前へ引き寄せた。

 三十七人の名前。

 十年前。

 記録されなかった死者。

 ヴォルグの妻と。

 息子の名前。

「四度目は」

「数字から外された者を見ます」

◇◇◇

 古い資料が。

 次々と運び出された。

 賃金台帳。

 食料の配給記録。

 坑道で使った油。

 支柱用の木材。

 鉱石運搬用の荷車。

 正式な報告には。

 載らなかった帳簿。

「これは」

 ベルクが。

 一冊の配給記録を止める。

「事故前のものです」

 登録鉱夫。

 三百人。

 だが。

 坑道へ運ばれた食事は。

 三百人分を。

 大きく超えている。

「誰の分じゃ」

 ヴォルグが聞く。

「分かりません」

 管理者が答える。

「当時の記録には」

「人数しか」

「残っていません」

「ベルク」

 俺は言った。

「十年前にも」

「帳簿の外に人がいた」

「はい」

「現在の三十七人だけではない」

「同じことが」

「続いていた可能性があります」

◇◇◇

 ベルクは。

 配給記録の表紙を見る。

 そこには。

 一つの印があった。

 王国財務局。

 北方監督室。

 確認済み。

「知っている印か」

 俺が聞く。

「はい」

 ベルクの表情が。

 変わる。

「過去三回」

「ノースの監査資料は」

「すべて」

「この部署を通して」

「私へ提出されました」

「エルド・グラハムの部署か」

「違います」

「財務官より」

「上です」

 ヴォルグが。

 切り取られた承認欄を見る。

「では」

「公爵との間にいる者か」

「可能性はあります」

「誰じゃ」

 ベルクは。

 印を見つめた。

「十年前」

「北方監督室を率いていた者を」

「確認する必要があります」

「名前を覚えていないのか」

「覚えています」

 ベルクが。

 静かに答える。

「ですが」

「記憶だけで」

「誰かを罪人にはできません」

 新しい監査記録へ。

 最初の一行を書く。

 監査対象。

 ノース鉱山。

 そして。

 王国財務局。

 北方監督室。

 四度目の監査は。

 ノースだけでは。

 終わらなくなった。

(第109話 数字を選んだ者)



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