第107話 王都が求めた数字
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ゴブリン。
残り。
ゼロ。
坑道の前では。
まだ。
歓声が続いていた。
だが。
ヴォルグは。
笑っていない。
十年前の増産命令を。
握ったまま。
王都の方角を見ている。
「次は」
「王都じゃ」
「違う」
俺は答えた。
ヴォルグが。
ゆっくり振り返る。
「何が違う」
「次に来るのは」
「復讐の機会ではない」
「査問だ」
◇◇◇
全坑道の採掘停止。
鉱石の出荷停止。
納鉱契約の不履行。
鉱夫への。
一か月分の賃金保証。
前借金の返済猶予。
名簿にない三十七人を。
正式な鉱夫として扱ったこと。
「全部」
「わしが決めた」
「そうだ」
「では」
「わしが責任を取る」
「それでは負ける」
ヴォルグの眉が動く。
「どういう意味じゃ」
「王都は」
「お前が何人救ったかではなく」
「何を止めたかを見る」
ミリアが。
指を折りながら数える。
「鉱山を止めた」
「出荷を止めた」
「借金の返済も止めた」
「それから」
「勝手に人を雇った」
「言い方が悪いな」
「でも」
「王都から見れば」
「そういうことですよね?」
「ああ」
◇◇◇
人を救った事実も。
並べ方を変えれば。
違う意味になる。
地図にない坑道。
名簿にいない労働者。
多数のゴブリン。
五十人の鉱夫が。
坑道内に取り残された。
それを並べれば。
こうなる。
ノース鉱山総責任者。
ヴォルグの。
重大な管理不行き届き。
「待ってください」
ミリアが言う。
「十三人も」
「三十七人も」
「全員助けたんですよ?」
「王都は」
「その前に」
「なぜ五十人も残されたのかと聞く」
「ゴブリンも」
「全部倒しました」
「なぜ大量発生を」
「防げなかったと聞く」
「採掘を止めたから」
「新しく湧かなくなったのに」
「それを」
「王都が信じるとは限らない」
ミリアが。
口を閉じる。
◇◇◇
「では」
ヴォルグが言う。
「何をする」
「先に」
「こちらで査問を始める」
「自分たちを」
「自分たちで調べるのか」
「ああ」
「隠していた事実を」
「王都に見つけられれば負ける」
「なら」
「見つけられる前に」
「すべて出す」
地図にない坑道も。
名簿にいない三十七人も。
十年前に。
記録されなかった死者も。
ヴォルグに不利な事実まで。
すべて。
「不利なことまで」
「書くんですか?」
ミリアが聞く。
「書く」
「消した方が」
「査問には有利では?」
「見つかった時に」
「隠蔽が加わる」
「それに」
俺は。
新しく作った帳簿を見る。
「この問題を」
「本当に直すなら」
「都合の悪い数字ほど」
「消してはいけない」
◇◇◇
集める資料を。
六つに分けた。
第一。
採掘停止前後の。
ゴブリン出現記録。
第二。
十三人と。
三十七人の救助記録。
第三。
採掘を止めたことで。
失った鉱石と金。
第四。
採掘を続けた場合に。
失う可能性があった人命。
第五。
地図にない坑道が。
作られた経緯。
第六。
十年前の増産命令と。
事故の記録。
「ゴブリンが」
「希望のない場所に湧くことも」
「書きますか?」
ミリアが聞く。
「書く」
「でも」
「信じてもらえないかもしれませんよね?」
「ああ」
「だから」
「それだけでは戦わない」
「信じない者にも」
「分かる数字を出す」
「採掘を続ければ」
「何人死んだ可能性があるか」
「坑道が崩れれば」
「再開まで何年かかるか」
「鉱夫を失えば」
「生産量がどれほど落ちるか」
採掘停止は。
鉱山を壊す判断ではない。
鉱山を残すための。
緊急措置だった。
それを。
数字で示す。
「レオン様」
ミリアが手を挙げた。
「資料は」
「私がまとめます」
「一人でやるつもりか」
「名前を書く係でしたから」
ミリアは。
新しい帳簿を抱えた。
「三十七人の名前を」
「一人ずつ聞きました」
「どの紙に」
「誰の何が書いてあるか」
「全部覚えています」
「なら」
「任せる」
「はい!」
ミリアが。
胸を張る。
「ようやく」
「指名された意味が」
「出てきました」
◇◇◇
「領主さん」
ヴォルグが言う。
「お前さんは」
「王都を信用しておるのか」
「していない」
「では」
「なぜ王都の査問に」
「正面から答える」
「バルドを」
「繁栄させるためだ」
ヴォルグが。
黙る。
「ノースが」
「査問で負ければ」
「お前は解任される」
「鉱山は」
「王都の直轄になるかもしれない」
「賃金保証も」
「借金の猶予も」
「取り消される」
「そして」
「わしが約束した報酬も」
「消えるということか」
「ああ」
「正直な男じゃな」
「バルドには」
「来年の秋までをつなぐ金がいる」
「ノースを守ることは」
「バルドを守ることでもある」
◇◇◇
倉庫の奥から。
古い箱が。
運び出された。
中には。
過去の監査報告が。
保管されていた。
「ベルクが」
「三度来た時のものじゃ」
ヴォルグが言う。
俺は。
一冊目を開く。
採掘量。
納鉱量。
鉱夫の人数。
事故件数。
坑道の数。
すべてが。
整っている。
二冊目も。
同じだった。
そして。
十年前の事故後に行われた。
三冊目。
最後の頁に。
ベルクの署名がある。
「読んでください」
ミリアが言う。
俺は。
報告内容を読み上げる。
「登録鉱夫」
「三百人」
「未登録労働者」
「なし」
「未報告坑道」
「なし」
「重大な安全管理上の問題」
「認められず」
部屋が。
静まり返る。
現在。
判明している事実とは。
違う。
「ベルクも」
「知っていたのか」
ヴォルグの声が。
低くなる。
「分からない」
「署名しておる」
「ああ」
「なら」
「あいつも同じではないか」
「ベルクが」
「嘘を書いた可能性はある」
「では」
「もう一つは?」
「嘘を」
「見せられた可能性だ」
◇◇◇
ベルクは。
帳簿を見る。
契約書を見る。
数字を見る。
今回のバルドでも。
そうだった。
なら。
十年前も。
提出された書類が。
すべて正しく作られていれば。
書類の外にいる人間を。
見つけられなかった可能性がある。
「三十七人は」
「名簿にいなかった」
「地図にない坑道も」
「正式な図面にはなかった」
「十年前の死者も」
「報告から外されていた」
「ベルクが見た事実そのものが」
「作られていたのかもしれない」
ヴォルグは。
すぐには答えなかった。
やがて。
古い増産命令を。
机へ置いた。
切り取られた承認欄。
その空白を。
指で叩く。
「一つ」
「引っかかっておることがある」
「何だ」
「エルド・グラハムは」
「財務官じゃ」
「ああ」
「鉱山の納鉱量を引き上げ」
「補助金の返還条件を付け」
「採掘権の見直しまで書いた」
ヴォルグが。
俺を見る。
「一人の財務官に」
「そこまでの権限があるか」
俺は。
書状を見た。
現地執行責任者。
エルド・グラハム。
その上には。
何もない。
あるべき名が。
切り取られている。
「ない」
俺は答えた。
「命令を出す者と」
「命令を運ぶ者は」
「違う」
「あの男は」
「運んだ側か」
「そう考えた方が」
「筋は通る」
ヴォルグが。
鼻から息を吐く。
「では」
「切り取られた名は」
「ガルディア公爵か」
「それも分からない」
「公爵の名が」
「地方向けの増産命令に」
「直接載るとは思えない」
「では」
「誰じゃ」
「間にいる」
俺は。
空白の欄を見る。
「財務官と公爵の間に」
「もう一人いる」
部屋が。
静かになった。
紋章の男は。
尻尾だった。
だが。
尻尾のすぐ上に。
胴体があるとは限らない。
間に。
もう一節。
何かがある。
◇◇◇
「急使を出す」
俺は言った。
「どこへです?」
ミリアが聞く。
「一人は」
「ベルクを追わせる」
「もう王都へ」
「向かっていますよ?」
「早馬なら」
「途中の宿場で追いつける」
「何と伝えます?」
「味方になれとは言わない」
俺は。
三冊目の監査報告を閉じた。
「十年前」
「自分が監査したノースで」
「帳簿にいない死者と」
「地図にない坑道が見つかった」
「王都へ戻る前に」
「もう一度」
「事実を見てほしい」
◇◇◇
「もう一人は」
「バルドへ向かわせる」
「ダレンに?」
「ああ」
「ロイドとイサクにも」
「伝えさせろ」
「十年前の鮭取引に関する」
「契約書」
「補助金の記録」
「ラング商会へ出された通達」
「残っているものを」
「すべて持って」
「ノースへ来いと」
ヴォルグが。
俺を見る。
「ノースの査問に」
「鮭の話まで持ち込むのか」
「使うかどうかは」
「まだ決めない」
「では」
「なぜ集める」
「エルド・グラハムは」
「ノースでは増産を命じた」
「バルドでは」
「補助金と契約へ介入した」
「ラングでは」
「商人の許可証を使って」
「価格をそろえさせた」
「別々の事件なら」
「そのままでいい」
「だが」
「同じ仕組みなら?」
ヴォルグの目が。
細くなる。
「同じ者が」
「地方を縛るために」
「作った仕組みかもしれん」
「ああ」
「三つの町の書類に」
「同じ手順が残っていれば」
「運んだ男の上に」
「命じた者がいたことになる」
「切り取られた名を」
「三つの町から」
「炙り出すのか」
「今は」
「王都を倒すためではない」
「同じ命令に」
「もう従わなくて済むようにするためだ」
◇◇◇
二人の急使が。
準備を始める。
一人は。
王都へ向かうベルクを追う。
もう一人は。
バルドへ。
「領主さん」
ヴォルグが言う。
「王都に」
「喧嘩を売るつもりはないと」
「言っておったな」
「ああ」
「では」
「これは何じゃ」
「向こうから」
「買わされる喧嘩で」
「負けないための準備だ」
ヴォルグが。
声を上げて笑った。
「なるほど」
「それなら」
「わしも金を出そう」
◇◇◇
急使が。
雪の街道へ飛び出した。
ベルクが。
王都へ着けば。
監査報告は。
王都の記録になる。
その前に。
本人へ。
見せなければならない。
登録鉱夫。
三百人。
未登録労働者。
なし。
未報告坑道。
なし。
重大な問題。
なし。
ベルクの監査は。
間違っていた。
だが。
ベルクが。
嘘を書いたとは限らない。
見せられた事実そのものが。
作られていたのだ。
「急がせろ」
「ベルクを」
「王都へ帰すな」
(第108話 四度目のノース監査)
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