第106話 増えない敵
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ゴブリン。
残り。
八十四匹。
「もう一度」
「確認します」
ミリアが。
記録を読み上げる。
「新しく現れたという報告は」
「ありません」
「坑道の外は?」
「北の森」
「ゼロ」
「西の居住区も」
「ゼロです」
増えていない。
なら。
八十四匹は。
八十四匹以上にはならない。
「守備隊長」
「はい」
「坑道を」
「四つに分ける」
◇◇◇
第七坑道の地図には。
鉱石を運ぶための。
線路がある。
荷車がある。
区画を閉じるための。
防火扉もある。
坑道には。
道具が揃っていた。
これまでは。
鉱石を。
外へ出すために使っていた。
今度は。
ゴブリンを。
分けるために使う。
「第一通路を」
「閉じます」
鉱夫が。
地図へ線を引く。
「そうすると」
「ゴブリンは」
「第二運搬路へ流れます」
「第二運搬路の先は?」
「鉱石の積み出し場です」
「入口は一つか」
「はい」
「なら」
「そこで止める」
◇◇◇
鉱夫が。
道を決める。
兵士が。
その道を守る。
荷運び人が。
空の荷車を運ぶ。
支柱班が。
崩れかけた通路を補強する。
管理者は。
人員と時間を記録する。
誰か一人では。
できない。
だが。
必要な者は。
すべて。
ノースにいた。
「第一班」
「配置につきました!」
「第二班」
「防火扉を閉じます!」
「第三班」
「退路確保!」
「始めろ」
◇◇◇
最初の区画。
二十一匹。
ゴブリンが。
積み出し場へ流れ込む。
正面には。
鉱石を積んだ荷車。
左右には。
石壁。
後ろでは。
防火扉が閉じる。
逃げ道は。
一つしかない。
その一つを。
兵士が塞いでいる。
「槍隊!」
「前へ!」
槍が。
一斉に突き出される。
一匹。
二匹。
倒れていく。
後ろから来たゴブリンが。
死体につまずく。
「追うな!」
守備隊長が叫ぶ。
「線を越えるな!」
倒すために。
走る必要はない。
こちらが決めた場所へ。
来るのを待てばいい。
◇◇◇
「第一報です!」
伝令が。
地上へ戻る。
「二十一匹」
「討伐!」
「こちらの被害は?」
「負傷者二名」
「死者は?」
「いません」
ミリアが。
大きな紙へ。
数字を書く。
八十四。
その下に。
六十三。
「新規発生は?」
「ありません!」
「次へ進め」
◇◇◇
討伐が進む間。
ヴォルグは。
古い倉庫にいた。
十年前の帳簿。
事故報告。
鉱夫の名簿。
遺族への支払記録。
残っているものを。
すべて。
机へ並べた。
正式な名簿には。
坑道で働いていた鉱夫だけが。
書かれていた。
救助へ入った者。
食料を運んだ者。
鉱夫を迎えに来た家族。
その名前は。
どこにもない。
「この人もです」
老人が。
震える指で。
古い名簿を指す。
「息子を探しに」
「坑道へ入りました」
「名前は?」
ミリアが聞く。
「アルノー」
「家族は?」
「妻がいました」
「今は?」
「十年前に」
「町を出ました」
ミリアが。
新しい帳簿へ。
名前を書く。
◇◇◇
一人。
また一人。
十年前。
いなかったことにされた者が。
帳簿へ戻っていく。
「ヴォルグ様」
ミリアが。
白い欄を指す。
「ここは」
「ヴォルグ様が」
「書いてください」
ヴォルグは。
炭を持った。
だが。
すぐには動かなかった。
「妻と」
「息子の名前です」
「ああ」
「私が」
「書きましょうか?」
「いや」
ヴォルグは。
ゆっくりと。
二つの名前を書いた。
力を入れすぎた炭が。
途中で折れた。
それでも。
ヴォルグは。
最後まで書いた。
「これで」
ミリアが言う。
「二人とも」
「ノースへ戻りました」
「戻ったわけではない」
「名前は戻りました」
ヴォルグは。
帳簿を見たまま。
何も答えなかった。
◇◇◇
「第二報!」
伝令が駆け込む。
「第二区画」
「二十二匹討伐!」
「被害は?」
「負傷者三名」
「死者なし!」
ミリアが。
数字を書き換える。
六十三。
四十一。
「新しいゴブリンは?」
「確認されていません!」
増えない。
倒した数だけ。
確実に減っている。
これまでとは。
違う。
◇◇◇
第三区画には。
四十一匹のうち。
十九匹がいた。
道幅が広い。
一度に。
何匹も並べる。
「ここでは」
「荷車だけでは」
「止まりません」
鉱夫が言う。
「上に」
「鉱石の投入口があります」
「開ければ?」
「鉱石を」
「落とせます」
「量は?」
「通路を塞ぐほどは」
「あります」
「ゴブリンを」
「潰すのか」
守備隊長が聞く。
「違う」
「後ろを塞ぐ」
「退路をなくすのでは?」
「こちらの退路ではない」
◇◇◇
ゴブリンが。
第三区画へ入る。
最後の一匹が。
投入口の下を通過した。
「今だ!」
鉱石が。
通路へ落ちる。
轟音。
土煙。
ゴブリンの群れが。
前と後ろに分断される。
一度に戦うのは。
九匹。
残り十匹は。
鉱石の向こう側。
「九匹からだ」
「倒した後」
「鉱石を半分どける」
「十匹と戦う」
十九匹ではない。
九匹と。
十匹。
問題を。
小さく分けただけだ。
◇◇◇
「第三報!」
「十九匹」
「討伐しました!」
「残りは?」
「二十二匹です!」
「新規発生は?」
「ゼロ!」
八十四。
六十三。
四十一。
二十二。
数字が。
順番に。
小さくなる。
「レオン様」
ミリアが言う。
「本当に」
「作業みたいですね」
「ああ」
「怖くないんですか?」
「怖い」
「では」
「どうして」
「怖いままでも」
「数えられるからだ」
無限なら。
終わりは見えない。
だが。
二十二なら。
終わりがある。
◇◇◇
古い帳簿の整理も。
終わりに近づいていた。
正式な鉱夫。
日雇い。
運搬人。
救助に入った者。
坑道を訪れた家族。
当時の住民から。
証言を集める。
名前の横には。
分かる範囲で。
最後に見た場所も書いた。
誰が。
どこにいたのか。
誰が。
戻らなかったのか。
十年前には。
作られなかった記録だった。
「ヴォルグ様」
倉庫の奥から。
管理者が。
一通の古い書状を持ってきた。
「これを」
「見てください」
「何じゃ」
「事故の前月に届いた」
「増産命令です」
◇◇◇
王国財務局。
ノース鉱山。
採掘量の引き上げ。
納鉱期限。
未達の場合の。
補助金返還。
採掘権の見直し。
安全上の理由による停止は。
未達の免責理由とは認めない。
ヴォルグの顔が。
変わる。
「この命令は」
「知っていたのか」
「内容はな」
「だが」
「原本を見たことはなかった」
書状の最後には。
現地執行責任者の名。
エルド・グラハム。
「また」
「あの男ですか」
ミリアが呟く。
「ああ」
だが。
その上にあるはずの。
承認者の欄が。
切り取られていた。
◇◇◇
「最後の区画です!」
伝令が叫ぶ。
「残り」
「二十二匹!」
最後の群れは。
旧坑道へ続く。
地図にない分岐へ。
集まっていた。
「扉は?」
「一つです」
「別の出口は?」
「ありません」
「確認したのか」
「鉱夫三班で」
「確認しました」
「なら」
「前からだけでいい」
兵士が。
盾を並べる。
その後ろに。
長槍。
さらに後ろには。
負傷者と交代する兵。
疲れた者を。
無理に残さない。
一列目が下がる。
二列目が出る。
二列目が下がる。
三列目が出る。
戦う者を。
使い潰さない。
ゴブリンだけが。
少しずつ減っていく。
◇◇◇
「十八!」
「十五!」
「十一!」
坑道から。
数字が届く。
「八!」
「五!」
「三!」
ミリアが。
一つずつ。
記録する。
最後の報告まで。
紙から。
目を離さない。
やがて。
坑道の奥から。
一人の兵士が。
走ってきた。
「報告!」
誰も。
声を出さない。
「ゴブリン」
「残り」
「ゼロです!」
◇◇◇
歓声が。
鉱山の前へ広がった。
鉱夫たちが。
互いの肩を叩く。
兵士が。
槍を掲げる。
家族が。
抱き合う。
ミリアが。
紙の一番下へ。
大きく書く。
ゼロ。
「新しい報告は?」
俺が聞く。
「ありません」
「北も?」
「ゼロです」
「西も?」
「ゼロです」
「第七坑道も?」
「ゼロです!」
敵は。
いなくなった。
だが。
ヴォルグは。
笑っていなかった。
◇◇◇
「領主さん」
ヴォルグが。
古い書状を。
俺へ差し出す。
「妖魔は」
「ゼロになった」
「ああ」
「じゃが」
「これを出した者は」
「まだ残っておる」
エルド・グラハム。
すでに。
逮捕された男。
だが。
この規模の増産を。
一人の財務官が。
勝手に決められるとは思えない。
「承認者の欄がない」
俺は言った。
「切り取られておる」
「誰が切った」
「分からん」
「原本は?」
「王都じゃろうな」
ヴォルグが。
新しく作った死者の帳簿へ。
手を置く。
「十年前」
「王都は」
「鉱石の数を求めた」
「そのために」
「人の数を消した」
八十四匹のゴブリンは。
すべて倒した。
だが。
ノースを。
最初に壊した数字は。
まだ。
王都に残っている。
(第107話 王都が求めた数字)
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