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第104話 ゼロにならない場所

※この作品は毎日更新予定です。

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第七坑道。

 九十一匹。

 北の森。

 ゼロ。

 西の居住区。

 ゼロ。

 数字は。

 はっきり分かれていた。

「ミリア」

「はい」

「採掘を止めたのは」

「いつだ」

「三刻ほど前です」

「賃金保証を」

「伝え終えたのは?」

「二刻前です」

「北と西の報告が」

「止まったのは?」

 ミリアが。

 記録を追う。

「その後です」

「やはりな」

「何がです?」

「町の周囲で」

「新しく湧くゴブリンは」

「止まり始めた」

「でも」

 ミリアが。

 第七坑道の数字を見る。

「ここだけは」

「止まっていません」

「ああ」

「なぜですか?」

「まだ」

「止まっていないものがある」

◇◇◇

 俺は。

 鉱山管理者たちを見る。

「第七坑道で」

「今も動いているものは?」

「何もありません」

「採掘は」

「すべて止めました」

「本当に?」

「命令は」

「全坑道へ伝えています」

「鉱夫も」

「全員避難させました」

「全員か」

「はい」

「何人だ」

「三百人です」

 答えは早かった。

 鉱夫三百人。

 ヴォルグが。

 一か月分の賃金を保証した人数だ。

「ミリア」

「避難者は」

「何人だった」

「家族を除けば」

「三百人です」

 数は合っている。

 採掘も止まった。

 鉱夫も全員戻った。

 なら。

 第七坑道だけ。

 増え続ける理由がない。

◇◇◇

「鉱夫の名簿を」

「出せ」

 管理者が。

 帳簿を開く。

 名前。

 所属する班。

 賃金。

 前借金。

 三百人分。

 細かく記録されている。

 その横には。

 採掘量の帳簿。

 道具の貸出記録。

 食料の配給記録。

 油の使用記録。

 俺は。

 油の記録を引き寄せた。

「昨日」

「坑道へ出した油は?」

「樽で十二です」

「今日返ってきたのは?」

「九です」

「残り三は」

「第七坑道です」

「十三人の救助に」

「使ったものか?」

「いえ」

「それ以前に」

「運び込んだものです」

 俺は。

 次に。

 食料の記録を見る。

「昨日の坑内食」

「三百三十七食」

「鉱夫は」

「三百人ではなかったのか」

 管理者の顔が。

 固まった。

◇◇◇

「三十七食」

 ミリアが。

 数字を数える。

「多いです」

「ああ」

「誰が食べたんですか?」

 誰も。

 答えない。

「三百人の採掘を止めた」

「だから」

「採掘量はゼロになった」

 俺は。

 第七坑道の数字を指す。

「だが」

「三十七人は」

「止まっていない」

「そんな者は」

「名簿にいません」

「名簿にいないから」

「止める命令も」

「賃金保証も」

「届かなかった」

 ヴォルグが。

 ゆっくりと。

 管理者たちを見る。

「説明せい」

 低い声だった。

◇◇◇

 一人の管理者が。

 膝をついた。

「納鉱量が」

「足りなかったのです」

「それで?」

「正式な鉱夫だけでは」

「王都との契約量に」

「届きませんでした」

「三十七人は誰じゃ」

「日雇いです」

「借金のある者を」

「近隣から集めました」

「わしの許可は」

「取ったのか」

「……いいえ」

「なぜ」

「名簿に入れなかった」

「正式に雇えば」

「賃金と住居を」

「保証しなければなりません」

「日雇いなら」

「採れた鉱石の量だけ」

「払えばよいと」

 ヴォルグの拳が。

 震えた。

「どこにいる」

「第七坑道の奥です」

「まだ」

「掘らせているのか」

「命令を」

「伝える者が」

「戻ってきませんでした」

「では」

「三十七人は」

 ミリアが。

 声を失う。

「採掘停止を」

「知らない?」

「はい」

「賃金が保証されることも」

「借金を止めることも?」

「知りません」

◇◇◇

 三百人には。

 逃げても戻れると伝えた。

 三百人には。

 明日の生活を保証した。

 だが。

 名簿にいない三十七人には。

 何も届いていない。

 坑道の奥。

 ゴブリンに囲まれ。

 外がどうなっているかも。

 分からない。

 自分たちは。

 正式な鉱夫ではない。

 助ける対象にも。

 数えられていない。

 そう思っている。

「レオン様」

 ミリアが。

 震える声で言う。

「だから」

「ここだけ」

「ゼロにならないんですか」

「まだ」

「決めつけるな」

「ですが」

「ああ」

「可能性は高い」

 ゴブリンは。

 貧しい場所に湧くのではない。

 助けを求めても。

 誰も来ない。

 自分は。

 数にも入っていない。

 そんな希望のない場所に。

 湧く。

◇◇◇

「処分は後じゃ」

 ヴォルグが。

 管理者へ言った。

「今は」

「三十七人を助ける」

「はい……」

「名前は?」

「名前?」

「三十七人の名前じゃ」

「記録していません」

 ヴォルグの顔から。

 表情が消えた。

「日ごとに」

「人数だけを」

「確認していました」

「誰が来たかは?」

「班長に」

「任せていました」

「班長はどこだ」

「坑道の中です」

 名簿がない。

 家族も分からない。

 誰が戻り。

 誰が残ったのか。

 確認する方法もない。

「三十七人ではありません」

 ミリアが言った。

「名前を」

「調べないと」

 俺は。

 ミリアを見る。

「ああ」

「十三人の時と」

「同じだ」

「今度も」

「全員の名前を出す」

◇◇◇

「だが」

 俺は言った。

「先に」

「中へ知らせる」

「どうやってです?」

 第七坑道は。

 ゴブリンに塞がれている。

 地図にない排水路も。

 救助班が戻った後。

 入口を閉じていた。

「換気口は?」

 鉱夫の一人が。

 地図を指した。

「細いものがあります」

「人は通れません」

「声は届くか」

「奥までなら」

「難しいです」

「音なら?」

 男が。

 考える。

「鉄管を使えば」

「届くかもしれません」

 坑道では。

 離れた班へ。

 岩を叩く音で。

 合図を送る。

 作業開始。

 退避。

 崩落。

 決められた回数で。

 意味を伝える。

「救助の合図は?」

「ありません」

「なら」

「今作る」

◇◇◇

 換気口へ。

 鉄管を通した。

 鉱夫が。

 金槌を握る。

「三回」

「間を置いて」

「もう三回」

「それを繰り返せ」

「意味は?」

「作業停止」

「救助に向かう」

「借金は止めた」

「長すぎませんか?」

 ミリアが聞く。

「中の者が」

「意味を知らなければ」

「伝わらない」

「では」

「どうするんです?」

 俺は。

 管理者を見る。

「班長が」

「普段使っていた合図は?」

「危険時の」

「全員集合ならあります」

「それを打て」

「集合させて」

「どうするのです」

「次に」

「十年前と同じ音を送る」

 ヴォルグが。

 俺を見る。

「十年前と?」

「ああ」

「坑道の外から」

「中へ返したことはあるか」

 ヴォルグは。

 答えなかった。

 十年前。

 岩の向こうから。

 助けを求める音が。

 何日も続いた。

 だが。

 外から。

 返事はなかった。

「今度は」

「こちらから叩く」

◇◇◇

 コン。

 コン。

 コン。

 鉄管を通じて。

 山の奥へ。

 音が送られる。

 少し間を置く。

 もう一度。

 コン。

 コン。

 コン。

 誰も。

 声を出さなかった。

 返事を待つ。

 何も聞こえない。

 もう一度。

 コン。

 コン。

 コン。

 長い沈黙。

 そして。

 山の奥から。

 小さな音が返ってきた。

 コン。

 コン。

 ミリアが。

 息をのむ。

「二回?」

 鉱夫が。

 目を見開いた。

「坑内の合図です」

「意味は?」

「聞こえた」

 再び。

 音が返る。

 コン。

 コン。

 外からの音が。

 届いた。

 自分たちは。

 見捨てられていない。

 それだけは。

 伝わった。

◇◇◇

「レオン様!」

 記録係が。

 走ってくる。

「第七坑道の」

「新しい報告です!」

「何匹だ」

「九十一匹のままです」

 ミリアが。

 顔を上げる。

「増えていない?」

「はい」

 まだ。

 一度だけだ。

 偶然かもしれない。

 だが。

 これまで。

 報告のたびに。

 増えていた数字が。

 初めて。

 止まった。

 採掘量を。

 ゼロにしただけでは。

 足りなかった。

 名簿の外にいた者まで。

 救うと伝えて。

 ようやく。

 ゴブリンの増加も。

 ゼロになった。

「三十七人を」

「助けに行く」

 俺は。

 地図にない坑道を指した。

「今度は」

「誰一人」

「数字の外へ置かない」

(第105話 帳簿にいない三十七人)



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