第103話 採掘量ゼロ
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ノースの山から。
音が消えた。
つるはしの音。
鉱石を砕く音。
荷車が。
線路を走る音。
すべてが。
止まった。
ノースの鉱山が。
完全に止まるのは。
十年前の事故以来だった。
「全坑道」
「採掘停止しました」
鉱山管理者が報告する。
「出荷は?」
「南門にいた荷車も」
「すべて止めています」
「採掘量は?」
管理者が。
答えに詰まる。
「ゼロです」
「それでいい」
「しかし」
「今日の予定量が」
「評価する数字を」
「変えたはずだ」
俺は。
十三人の名簿を見る。
「今から数えるのは」
「鉱石ではない」
「人だ」
◇◇◇
救助班は。
三つに分けた。
一つ目。
坑道に残された。
十三人を救う班。
地図にない排水路を通る。
鉱夫八人。
兵士十二人。
二つ目。
退路を守る班。
排水路の入口と。
第七坑道の分岐を守る。
三つ目。
ゴブリンの動きを。
記録する班。
「記録?」
守備隊長が聞き返す。
「ああ」
「何匹倒したかですか」
「違う」
「では」
「どこに」
「何匹」
「何時に現れたか」
「それを記録する」
「今」
「必要でしょうか」
「必要だ」
俺は。
地図を指す。
「二百匹いることが」
「問題ではない」
「今も」
「増え続けているのか」
「それが問題だ」
◇◇◇
ミリアが。
大きな紙を。
壁へ張った。
時刻。
場所。
目撃数。
進んだ方向。
四つに分けて。
線を引く。
「これでいいですか?」
「ああ」
「北の森」
「西の居住区」
「第七坑道」
「鉱山の斜面」
「報告が来たら」
「すべて書け」
「同じゴブリンを」
「二度数えませんか?」
「数えるかもしれない」
「それでもいい」
「いいんですか?」
「正確な数より」
「増えているか」
「減っているかを見る」
「なるほど」
ミリアが。
炭を握り直す。
「私」
「数字を任されました」
「間違えるなよ」
「急に」
「責任が重くなりました」
◇◇◇
ヴォルグの命令が。
町中へ伝えられた。
全坑道の採掘停止。
鉱石の出荷停止。
一か月分の賃金保証。
前借金の返済猶予。
避難を理由に。
解雇しない。
住居も取り上げない。
最初は。
誰も信じなかった。
「本当に」
「賃金は出るのか」
一人の鉱夫が聞いた。
「出す」
ヴォルグが答える。
「坑道から逃げても?」
「ああ」
「借金は?」
「一か月」
「取り立てさせん」
「その後は?」
「生き残ってから」
「考えろ」
鉱夫は。
しばらく。
ヴォルグを見ていた。
やがて。
大きく息を吐いた。
「なら」
「家族を」
「逃がしてきます」
「ああ」
「行け」
◇◇◇
人が。
動き始めた。
鉱夫の家族が。
西の居住区を離れる。
老人を背負う者。
子どもの手を引く者。
荷物を捨てる者。
これまでは。
逃げれば。
仕事を失う。
家を失う。
借金だけが残る。
そう思っていた。
だが。
今は。
逃げても戻れる。
その保証がある。
「レオン様!」
最初の報告が来た。
ミリアが。
壁の紙へ書き込む。
「北の森」
「二十三匹!」
「西の居住区」
「四十一匹!」
「第七坑道付近」
「五十六匹!」
「時刻も書け」
「はい!」
◇◇◇
救助班が。
排水路へ入る。
狭い穴だった。
一人ずつしか。
進めない。
先頭は。
坑道を知る鉱夫。
その後ろに。
盾を持つ兵士。
さらに。
鉱夫。
兵士。
交互に並ぶ。
「兵士だけでは」
「駄目なのですか?」
ミリアが聞く。
「道を知らない」
「鉱夫だけでは?」
「ゴブリンと戦えない」
「だから」
「二人を一組にするんですね」
「ああ」
「足りないものを」
「互いに補わせる」
ヴォルグが。
排水路の入口を見る。
「寄せ集めじゃな」
ヴォルグの言葉には答えない。
組織は。
大体そういうものだ。
◇◇◇
半刻後。
二度目の報告が来た。
「北の森」
「十一匹!」
「西の居住区」
「十八匹!」
「第七坑道」
「六十三匹!」
ミリアの手が。
止まる。
「第七坑道だけ」
「増えています」
「ああ」
「他は減っていますよね?」
「まだ」
「二回だけだ」
「決めつけるな」
「はい」
「でも」
ミリアは。
紙を見つめる。
「何か」
「違う気がします」
◇◇◇
排水路の奥から。
伝令が戻ってきた。
「十三人を」
「発見しました!」
入口に集まった家族から。
声が上がる。
「全員いるのか」
「確認中です」
「負傷者がいます」
「動ける者は?」
「十人」
「三人は」
「担架が必要です」
「ゴブリンは?」
「後方から」
「近づいています」
「退路班へ伝えろ」
「排水路の分岐を」
「絶対に抜かせるな」
「はい!」
◇◇◇
退路班は。
坑道の分岐へ。
鉱石用の荷車を並べた。
横倒しにし。
鎖でつなぐ。
ゴブリンが。
一度に通れる幅を。
狭くする。
その後ろに。
槍を持つ兵士。
さらに後ろには。
坑道を支える鉱夫。
「来ます!」
暗闇の奥から。
赤い目が現れる。
一匹。
二匹。
五匹。
次々と。
狭い道へ入ってくる。
だが。
横に広がれない。
荷車の間から。
槍が突き出される。
一匹が倒れる。
後ろのゴブリンが。
死体につまずく。
「押すな!」
守備隊長が叫ぶ。
「ここを守れ!」
「追う必要はない!」
目的は。
討伐ではない。
十三人が。
戻るまでの時間を。
作ることだ。
◇◇◇
三度目の報告が来た。
「北の森」
「四匹!」
「西の居住区」
「七匹!」
「第七坑道」
「七十二匹!」
ミリアが。
数字を二度見する。
「減っています」
「どれがだ」
「北と西です」
「倒したからでは?」
「討伐報告は」
「ほとんど増えていません」
ミリアは。
紙を指差す。
「減っているのは」
「倒した後の数ではありません」
「新しく現れたという報告が」
「減っています」
採掘を止めた。
賃金を保証した。
借金を止めた。
避難しても。
戻れる場所を残した。
それだけで。
ゴブリンが。
消えるわけではない。
だが。
新しく現れる数は。
減り始めている。
◇◇◇
「レオン様!」
排水路の入口から。
声が上がる。
一人目の鉱夫が。
姿を現した。
「名前は!」
ミリアが叫ぶ。
「ハルト!」
名簿に。
印をつける。
二人目。
三人目。
四人目。
煤にまみれ。
血を流し。
それでも。
自分の足で出てくる。
「エド!」
「戻りました!」
「ガンツ!」
「確認しました!」
一人ずつ。
名前が消されるのではない。
戻った印が。
つけられていく。
十人目。
その後ろから。
担架が現れた。
「バルさん!」
十九歳。
採掘を始めて。
まだ三か月。
足を負傷していた。
だが。
生きていた。
十二人目。
そして。
最後の担架が。
排水路から運び出される。
「ルッツさん!」
ミリアが叫ぶ。
支柱班の班長。
四十二歳。
妻と。
娘が二人。
名を呼ばれた男が。
薄く目を開ける。
「全員」
「戻りました!」
十三人。
誰一人。
坑道へ残さなかった。
◇◇◇
家族たちが。
駆け寄る。
泣く者。
名前を呼ぶ者。
抱きつく者。
ヴォルグは。
少し離れた場所から。
その光景を見ていた。
十年前。
できなかったこと。
人を残したまま。
閉じた坑道。
今回は。
同じ結末には。
ならなかった。
「領主さん」
ヴォルグが。
小さく言う。
「十三人」
「全員じゃ」
「ああ」
「まだ終わっていない」
「分かっておる」
それでも。
ヴォルグは。
しばらく。
家族たちから。
目を離さなかった。
◇◇◇
「レオン様」
ミリアが。
最後の報告を書き込む。
「北の森」
「ゼロです」
「西の居住区も」
「新しい報告はありません」
「第七坑道は?」
ミリアの表情が。
曇る。
「九十一匹です」
北。
西。
町の周囲では。
新しく現れるゴブリンが。
止まり始めている。
だが。
一か所だけ。
増え続けていた。
地図にない道が。
集まった場所。
十年前に。
人を残したまま。
閉じられた坑道の近く。
「ゴブリンは」
「ノース全体に」
「湧いているのではない」
俺は。
数字が並んだ紙を見る。
「一つの場所から」
「流れ出している」
採掘量は。
ゼロになった。
北と西の。
新規出現数も。
ゼロになった。
だが。
あの場所だけは。
ゼロにならない。
(第104話 ゼロにならない場所)
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