第102話 地図にない坑道
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コン。
コン。
山の奥から。
音が続いている。
十三人は。
まだ生きている。
「第七坑道の地図を出せ」
俺が言うと。
鉱山管理者たちは。
互いの顔を見た。
「早くしろ」
ヴォルグの声が。
低く響く。
一人の管理者が。
屋敷へ走った。
◇◇◇
持ってきた地図は。
大きなものだった。
山の形。
坑道の入口。
採掘区画。
換気口。
鉱石を運ぶための線路。
細かく。
書き込まれている。
「第七坑道は」
「ここです」
管理者が。
地図の端を指した。
新しい坑道。
ほぼ一直線に。
山の中へ伸びている。
「崩れた場所は?」
「この先です」
「地図では」
「行き止まりだな」
「はい」
「その先に」
「空洞があった」
「はい」
「なら」
「この地図は使えない」
管理者の顔が。
こわばる。
「ですが」
「これは最新の地図です」
「最新でも」
「現場と違えば」
「古い地図だ」
◇◇◇
「坑道を掘った者を」
「全員集めろ」
「全員ですか?」
「第七坑道で働いた者だ」
「班長」
「支柱を立てた者」
「線路を敷いた者」
「鉱石を運んだ者」
「生きて戻った者は」
「全員だ」
「しかし」
「今はゴブリンの対応を」
「そのために集める」
管理者は。
まだ動かなかった。
「地図を描いた者だけが」
「坑道を知っていると思うな」
「実際に歩いた者の頭にも」
「地図はある」
ヴォルグが。
管理者を睨む。
「聞こえんかったか」
「集めろ」
「はい!」
◇◇◇
「レオン様」
ミリアが。
紙を抱えて戻ってきた。
「坑道に残っている十三人」
「名前が分かりました」
紙には。
十三人の名前が。
並んでいた。
年齢。
家族。
担当。
最後に見た場所。
「よく調べたな」
「家族の人たちに」
「聞きました」
「十三人では」
「分かりませんから」
ミリアが。
紙の一番上を見る。
「ルッツさん」
「四十二歳」
「支柱班の班長」
「妻と娘が二人」
「バルさん」
「十九歳」
「採掘を始めて」
「まだ三か月」
一人ずつ。
名前がある。
帰りを待つ者がいる。
十三という数字ではない。
十三人の人間だった。
「その紙を」
「入口へ張れ」
「はい」
「戻った者には印をつけろ」
「一人ずつ確認する」
「はい!」
ミリアが。
再び走る。
◇◇◇
「ヴォルグ」
「何じゃ」
「ノースの採掘を」
「すべて止めろ」
周囲が。
静まり返った。
鉱山管理者が。
慌てて口を開く。
「全坑道ですか?」
「ああ」
「第七坑道だけではなく?」
「全部だ」
「そんなことをすれば」
「納鉱量に届きません」
「今も」
「届かせるつもりだったのか」
「契約があります」
「遅れれば」
「違約金が」
「人が死んでいる」
「ですが」
「違約金も」
「ノースが負担するのです!」
「なら」
「払えばいい」
俺は。
ヴォルグを見る。
「わしがか?」
「ああ」
「簡単に言うな」
「町を失うより安い」
ヴォルグが。
俺を睨む。
「それだけではない」
「鉱夫三百人の賃金を」
「一か月保証する」
「前借金の返済も」
「一か月止めろ」
「避難した者を」
「解雇させるな」
「住居も取り上げさせない」
「全部」
「わしが払うのか」
「これは慈善ではない」
「事業を残すための」
「緊急投資だ」
「採掘を続ければ」
「鉱夫が死ぬ」
「鉱夫が死ねば」
「鉱山も死ぬ」
ヴォルグは。
しばらく。
何も言わなかった。
「一か月で」
「足りるのか」
「足りなければ」
「延ばす」
「やはり」
「わしの金ではないか」
「条件を出したのは」
「お前だ」
ミリアが。
小さく手を上げる。
「私」
「指名されなくても」
「よかったかもしれません」
「もう遅い」
「ですよね」
◇◇◇
ヴォルグは。
鉱山管理者たちへ向き直った。
「今から」
「全坑道の採掘を止める」
「鉱石の出荷も」
「すべてじゃ」
「鉱夫の賃金は」
「一か月分」
「わしが保証する」
「前借金の返済も止める」
「避難を理由に」
「仕事と家を奪うことは許さん」
管理者の一人が。
なおも食い下がる。
「王都には」
「何と説明を」
「町を守るためじゃ」
「それで認められなければ?」
「わしの名前を出せ」
「全責任は」
「ヴォルグが負うとな」
男たちが。
黙って頭を下げた。
◇◇◇
「もう一つ」
俺は言った。
「今日から」
「評価する数字を変える」
「数字?」
「採掘量は」
「ゼロでいい」
管理者たちが。
顔を上げる。
「評価するのは」
「何人を避難させたか」
「何本の退路を作ったか」
「何人を救助したか」
「ゴブリンの首には」
「金を出さない」
「なぜです?」
ミリアが聞く。
「金を出せば」
「鉱夫まで戦い始める」
「倒した数ではない」
「生きて帰した数に」
「報酬を出す」
ヴォルグが。
ゆっくり頷いた。
「聞いたか」
「今日から」
「鉱石を出した者ではない」
「人を帰した者に」
「金を払う」
◇◇◇
第七坑道で働いた者たちが。
集められた。
二十六人。
煤に汚れた顔。
負傷した腕。
破れた服。
その中に。
昨日。
坑道から逃げ帰った者もいた。
俺は。
大きな紙を。
地面へ広げた。
「一人ずつ」
「歩いた道を描け」
「道ですか?」
「地図どおりでなくていい」
「覚えているものを」
「全部描け」
最初の男が。
炭を持つ。
第七坑道の入口。
線路。
採掘場。
崩れた壁。
二人目が。
別の線を書く。
「こんな道は」
「地図にありません」
管理者が言う。
「排水路です」
鉱夫が答える。
「水が出た時に」
「勝手に掘りました」
「報告は?」
「しました」
「誰に?」
鉱夫が。
管理者を見る。
管理者は。
目を逸らした。
◇◇◇
三人目が。
別の横穴を書く。
「これは?」
「空気を通す穴です」
「地図にはないぞ」
「採掘を止めずに」
「空気を入れろと言われたので」
「俺たちで掘りました」
四人目。
五人目。
地図にない線が。
次々と増えていく。
排水路。
換気口。
鉱石を仮置きする空間。
崩落を避けるための迂回路。
正式な図面には。
何もない。
だが。
現場では。
必要に迫られて。
道が増えていた。
「管理者は」
「知らなかったのか」
「報告は受けています」
「なら」
「なぜ地図にない」
「採掘を止めて」
「測量する時間が」
「取れませんでした」
理由は。
すべて同じだった。
納鉱量。
期限。
採掘を止められない。
だから。
地図を直さない。
安全を確認しない。
道だけが。
増えていった。
◇◇◇
「レオン様」
ミリアが。
重ねられた線を見る。
「これ」
「地図にない道が」
「多すぎませんか?」
「ああ」
「でも」
「皆さんが描いたものを」
「重ねると……」
ミリアが。
炭で描かれた。
三本の線を指す。
排水路。
換気用の横穴。
運搬用の迂回路。
別々の目的で。
別々の班が掘った道。
それが。
山の奥で。
一か所へ集まっている。
「ここは」
「何ですか?」
「分からない」
鉱夫たちが。
首を横へ振る。
「誰も」
「そこまで掘っていないのか」
「俺たちの班は」
「手前までです」
「向こう側は」
「別の班が」
「その班は?」
沈黙が落ちる。
誰も。
答えようとしなかった。
ミリアが。
先ほどの名簿を取り出す。
十三人の名前。
年齢。
家族。
担当。
その一番上を。
もう一度見た。
「ルッツさん」
「支柱班の」
「班長……」
ミリアの声が。
止まる。
一人の鉱夫が。
小さく頷いた。
「坑道に残った」
「ルッツの班です」
十三人。
閉じ込められている者たちだった。
◇◇◇
「この道を使えば」
「十三人の近くまで」
「行けるのか」
「排水路からなら」
「行けるかもしれません」
「ゴブリンは?」
「狭いので」
「大きな群れは通れません」
「兵士は通れるか」
「一人ずつなら」
救助路が。
見え始めた。
だが。
地図を見ていた若い鉱夫が。
震える指を。
山の中央へ伸ばした。
「待ってください」
「どうした」
「この空洞」
「第七坑道の先にあったものと」
「場所が合いません」
「何が言いたい」
「崩れた壁の向こうは」
「もっと西です」
「では」
「ここにある空間は?」
鉱夫は。
答えなかった。
代わりに。
ヴォルグが。
古い地図を引き寄せる。
十年前。
閉鎖された西の坑道。
その奥。
人を残したまま。
塞がれた場所。
現在の地図と。
古い地図を。
重ねる。
位置が。
ほぼ一致していた。
「まさか」
ミリアが呟く。
「第七坑道は」
「つながっていない」
俺は言った。
「だが」
「地図にない道が」
「旧坑道の近くまで伸びている」
誰かが。
意図してつないだのではない。
排水。
換気。
運搬。
それぞれが。
目の前の問題だけを解決した。
誰も。
全体を見ていなかった。
その結果。
封じたはずの場所へ。
道が集まった。
「地図に」
「なかったのではない」
俺は。
重なった線を見る。
「誰も」
「一枚につなげていなかっただけだ」
その時。
山の中から。
再び。
音が響いた。
コン。
コン。
今度は。
先ほどよりも。
近い。
そして。
岩を叩く音に混じって。
甲高い叫び声が。
聞こえた。
ゴブリンが。
十三人のいる場所へ。
近づいていた。
「救助班を作る」
「今からですか?」
「ああ」
「鉱夫と兵士を」
「一組にする」
「地図を知る者と」
「戦える者を組ませろ」
「何組です?」
「三組」
「一組は十三人を救う」
「一組は退路を守る」
「残りは?」
俺は。
地図にない道が。
集まる場所を指した。
「ゴブリンが」
「どこから来ているのか」
「数字を取りに行く」
(第103話 採掘量ゼロ)
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