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第101話 繁栄の裏側

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警鐘が。

 鳴り続けている。

 ノースの南門は。

 半分だけ開いていた。

 町へ逃げ込む住民。

 外へ出ようとする荷馬車。

 負傷者を運ぶ兵士。

 鉱石を積んだ荷車。

 すべてが。

 一つの門へ集まっている。

 進まない。

 戻れない。

 人も。

 馬も。

 完全に止まっていた。

「何をしている」

 ヴォルグが。

 馬車を降りる。

「ヴォルグ様!」

 門を守る兵士が。

 駆け寄ってきた。

「王都への鉱石です」

「今日中に」

「出さなければならないと」

「誰が言った」

「鉱山管理官が」

「納鉱契約があるため」

「止めろ」

 ヴォルグが。

 即座に言った。

「ですが」

「王都との契約が」

「町がなくなれば」

「契約も何もない」

「すべて止めろ」

「は、はい!」

 兵士が。

 荷車へ向かって走る。

 だが。

 鉱石を積んだ荷車は。

 道を塞いだままだ。

「待て」

 俺は。

 荷車を見る。

「鉱石だけ降ろせ」

「荷車は残せ」

 兵士が。

 振り返る。

「何に使うのですか」

「道を塞ぐ」

「え?」

「ゴブリンは」

「西の居住区にも向かっているんだろう」

「はい」

「空の荷車を」

「西の大通りへ並べろ」

「鎖でつなげ」

「二列だ」

「間を」

「兵士一人が通れる幅だけ空けろ」

 ミリアが。

 俺を見る。

「また」

「物流ですか?」

「今回は」

「止める方だ」

「いつも」

「止めている気がします」

「気のせいだ」

◇◇◇

 鉱石が。

 道の脇へ降ろされる。

 空になった荷車が。

 次々と西へ運ばれる。

 門の前に。

 わずかな空間が生まれた。

「逃げてきた住民は」

「右側から入れろ」

「負傷者は左側だ」

「荷馬車は止めろ」

「人と馬を」

「同じ道へ入れるな」

 兵士たちが。

 動き始める。

 止まっていた流れが。

 少しずつ。

 ほどけていく。

「そこの娘」

 ヴォルグが言う。

「はい!」

 ミリアが。

 勢いよく振り返る。

「町へ入った者を」

「数えろ」

「大人」

「子ども」

「負傷者」

「分けてじゃ」

「私がですか?」

「お前さんは」

「何でも聞くのじゃろう」

「今度は」

「聞くだけではなく」

「数えろ」

 ミリアの顔から。

 興奮が消えた。

「指名された理由」

「これだったんですか……」

「早く行け」

「はい!」

 ミリアが。

 住民たちの方へ走っていく。

◇◇◇

 ヴォルグの屋敷には。

 すでに。

 守備隊の指揮官と。

 鉱山の管理者たちが。

 集まっていた。

 大きな机の上に。

 ノースの地図が広げられる。

 中央に。

 城壁に囲まれた市街地。

 北に森。

 西に鉱山。

 その間に。

 鉱夫たちの居住区がある。

「現在」

「確認されている群れは三つです」

 守備隊長が。

 地図を指す。

「北の街道」

「西の居住区」

「そして」

「鉱山の斜面」

「数は」

「北に六十ほど」

「西は百を超えています」

「鉱山周辺は」

「確認できません」

「守備兵は?」

「城壁に八十」

「居住区に三十」

「残りは」

「鉱石倉庫と輸送路です」

「輸送は止めた」

 ヴォルグが言う。

「倉庫の兵を」

「すべて西へ回せ」

 鉱山管理者が。

 慌てて立ち上がる。

「待ってください」

「倉庫が襲われれば」

「鉱石が」

 ヴォルグが。

 男を睨む。

「今」

「守るのは」

「石か」

「人か」

「しかし」

「王都への納入が」

「もう一度言わせるな」

 男が。

 口を閉じた。

◇◇◇

「西の居住区には」

「何人いる」

 俺が聞く。

 誰も。

 すぐに答えなかった。

「住民の数だ」

「鉱夫は」

「およそ三百です」

「家族を含めて」

「何人だ」

「それは……」

「名簿は?」

「鉱夫の名簿なら」

「家族は?」

「管理していません」

 俺は。

 机に置かれた別の紙を見る。

 鉱石の採掘量。

 出荷量。

 倉庫の在庫。

 坑道ごとの生産量。

 数字が。

 細かく並んでいる。

「鉱石の数は」

「一つ残らず分かる」

「だが」

「そこに暮らす人間の数は」

「分からないのか」

 誰も。

 答えなかった。

 ノースは。

 豊かな町だった。

 少なくとも。

 帳簿の上では。

 鉱石は管理されている。

 荷車も管理されている。

 道具も。

 補助金も。

 借金も。

 だが。

 人だけが。

 数えられていなかった。

◇◇◇

 西側から。

 大きな音が響いた。

 ドン。

 ドン。

 続けて。

 兵士の叫び声。

「来たぞ!」

 俺たちは。

 屋敷を飛び出す。

 大通りの先。

 空の荷車が。

 二列に並んでいた。

 その向こうから。

 ゴブリンの群れが押し寄せる。

 荷車へ。

 何体も飛びつく。

 だが。

 鎖でつながれた荷車は。

 簡単には倒れない。

「槍を出せ!」

 守備隊長が叫ぶ。

 荷車の隙間から。

 槍が突き出される。

 一匹。

 二匹。

 ゴブリンが倒れる。

 後ろから来た個体が。

 死体につまずく。

 群れの流れが。

 止まった。

「弓兵!」

「前ではなく」

「後ろを狙え!」

 俺が叫ぶ。

「後ろですか?」

「前が詰まっている」

「後ろを止めれば」

「押す力が消える」

「放て!」

 矢が。

 群れの後方へ降る。

 ゴブリンたちが。

 足を止める。

 前へ進む個体。

 後ろへ逃げる個体。

 群れが。

 二つに割れた。

「押し返せ!」

 兵士たちが。

 一斉に槍を突き出す。

 ゴブリンの群れが。

 崩れた。

 数体の死体を残し。

 西の坂道へ逃げていく。

◇◇◇

「勝ったんですか?」

 戻ってきたミリアが。

 息を切らしながら聞く。

「一度」

「押し返しただけだ」

「何人いました?」

「何がだ」

「西の居住区です」

 ミリアは。

 紙を差し出した。

「避難してきた人は」

「二百七十三人」

「そのうち」

「子どもが七十一人」

「負傷者が三十二人」

「でも」

「まだ中に」

「かなり残っています」

「かなりとは?」

「誰も」

「正確な人数を」

「知らないんです」

 俺は。

 紙を見る。

 大人。

 子ども。

 負傷者。

 名前が分かる者。

 分からない者。

 同じ家族なのに。

 別々の場所へ逃げた者もいる。

「レオン様」

 ミリアが。

 声を落とす。

「避難してきた人たち」

「みんな」

「同じことを言っていました」

「何だ」

「家を離れたら」

「仕事を失うかもしれない」

「借金を」

「すぐ返せと言われるかもしれない」

「だから」

「逃げるのを」

「迷ったそうです」

 ゴブリンが。

 目の前まで来ている。

 それでも。

 逃げることを迷う。

 命より。

 借金を恐れている。

 いや。

 違う。

 借金を残せば。

 逃げた先でも。

 家族が生きられない。

 だから。

 動けない。

◇◇◇

 俺たちは。

 西の居住区へ向かった。

 市街地の中心には。

 石造りの店が並んでいた。

 大きな宿。

 酒場。

 商人の屋敷。

 だが。

 西へ進むにつれ。

 景色が変わる。

 木を継ぎ合わせた家。

 割れた窓。

 何家族も暮らしている。

 細長い建物。

 道の脇には。

 黒い泥が積もっている。

 石炭と。

 鉱石の粉だった。

「同じ町には」

「見えませんね」

 ミリアが言う。

「ああ」

 中心街には。

 繁栄があった。

 西には。

 その繁栄を掘り出す者たちがいた。

 同じノース。

 だが。

 二つの町だった。

◇◇◇

 西の坑道の前には。

 大きな石壁があった。

 十年前。

 人を残したまま。

 閉じられた場所。

 分厚い石。

 鉄の留め具。

 何重もの鎖。

 すべて。

 そのまま残っている。

 ヴォルグが。

 石壁へ手を置いた。

「破られておらん」

「では」

 俺は。

 周囲を見る。

「ゴブリンは」

「ここから出たのではない?」

「そのはずじゃ」

 守備隊長が。

 倒したゴブリンの死体を。

 一体運ばせてきた。

 足。

 爪。

 腕。

 黒い粉が。

 こびりついている。

 ヴォルグが。

 指で触れる。

「これは」

「西の旧坑道の土ではない」

「分かるのか」

「あそこは」

「赤い土じゃ」

「この黒い粉は」

「どこのものです?」

 ミリアが聞く。

 鉱山管理者たちが。

 顔を見合わせる。

 やがて。

 一人の若い鉱夫が。

 小さく手を上げた。

「第七坑道です」

「第七?」

「最近」

「掘り進めていた坑道です」

 ヴォルグが。

 男を見る。

「何があった」

「三日前」

「奥の壁が」

「崩れました」

「その先に」

「大きな空洞がありました」

「なぜ報告しなかった」

 鉱夫は。

 うつむいた。

「採掘を止めれば」

「今月の納鉱量に」

「届かなくなると」

「誰が言った」

 鉱夫は。

 答えなかった。

 答える前に。

 鉱山管理者の一人が。

 顔を伏せた。

◇◇◇

「中に」

「人は残っているのか」

 俺が聞く。

「昨日の夜勤が」

「四十七人」

「戻ったのは?」

「三十四人です」

「十三人」

 ミリアが呟く。

「まだ」

「坑道の中です」

 若い鉱夫が。

 震える声で答えた。

「ゴブリンが出た後」

「入口を閉じました」

「人が残っているのに?」

 ミリアの声が。

 大きくなる。

「閉じなければ」

「町へ入ってくると」

「誰が決めた」

 ヴォルグが聞く。

 誰も。

 答えない。

 十年前と。

 同じだった。

 人が。

 坑道の中にいる。

 外では。

 入口を閉じる理由が。

 並べられている。

 安全。

 契約。

 生産量。

 町を守るため。

 言葉は。

 いくらでもある。

 だが。

 中に残された者には。

 何の意味もない。

◇◇◇

 その時。

 山の奥から。

 音が聞こえた。

 コン。

 全員が。

 顔を上げる。

 コン。

 ヴォルグの表情が。

 消える。

 十年前。

 閉じられた坑道の中から。

 何日も続いた音。

 岩を。

 誰かが叩く音。

 コン。

 コン。

 コン。

 まだ。

 生きている者がいる。

 だが。

 同じ場所には。

 二百を超えるゴブリンがいる。

 救助か。

 討伐か。

 どちらかではない。

 両方を。

 同時に成功させなければならない。

「ヴォルグ」

「何じゃ」

「第七坑道の地図を出せ」

「助けるのか」

「ああ」

「十三人を助ける」

「ゴブリンも止める」

「そして」

 俺は。

 閉じられた坑道を見る。

「今度は」

「人を残したまま」

「蓋を閉じさせない」

(第102話 地図にない坑道)



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