第3話 予測できないから、面白い
人気のない裏庭に現れたソフィは、ステルスマントを脱いだ。
今ごろ教室では「身代わりホログラム」が完璧に授業を受けているはずだ。触れられなければ本物と見分けがつかない、自信作である。担任も気づいていないだろう。たぶん。
脳裏には、あの虫の軌跡が焼き付いていた。
AIのセンサー網には、ごくわずかな「死角」が存在する。予測不能な生命の動きが生み出す、一瞬のズレ。ソフィのステルスマントは姿を消すことはできるが、AIセンサーには引っかかってしまうという致命的な欠点があった。
以前、完成した興奮のあまりすぐに学校への侵入を試みたところ、即座に警報が鳴り響いた。ソフィは全力疾走で逃げ切ったが、その一件は後に「見えない変態事件」として校内に語り継がれることになった。不名誉にもほどがある。
もしセンサーの死角を可視化できれば、ステルスマントと組み合わせて完璧になるかもしれない。
数日後、ソフィの部屋に奇妙なサングラスが完成した。レンズには微細なセンサーと連動する特殊なディスプレイが埋め込まれている。
「よし、完璧」
サングラスをかけ、ステルスマントを羽織る。鏡を見ると、なかなかに変態だった。気にしないことにした。
ディスプレイには、部屋中に張り巡らされたAIセンサーの網が緑色の光で映し出され、そしてごく稀に、一瞬だけ赤く点滅する箇所が現れた。センサーが捉えきれない、乱数が生み出す死角だ。
その夜、学校は静寂に包まれていた。
AIの巡回ロボットが規則正しい音を立てて廊下を進む。ソフィはサングラスとマントを身につけ、校門をくぐった。
「さて。今夜の悪戯は、AIの目を欺くこと」
ディスプレイが死角を映し出す。ソフィはその隙間を縫うように、まるであの虫のような不規則なステップで進んでいく。傍から見れば完全に不審者だが、見えていないので問題ない。
巡回ロボットが近づいてきた。死角に身を隠し、息を潜める。ロボットは何も感知しないまま、規則正しく去っていった。
「ふふ、簡単ね」
目的地は、情報創造科のラボだ。リナがAIの完璧なシステムを信じ、効率的な創造を目指す場所。そこに、「予測不能なもの」を置いてくる。
扉は厳重にロックされていたが、問題ない。機械創出で複雑なロック機構を一瞬で解析し、解除装置を生み出す。カチリ、と小さな音がして、扉が開いた。
整然と並ぶ最新のAI搭載機器の中央に、ソフィは小さな箱をそっと置いた。中に収められているのは、あの虫の動きを完全に再現した小さな機械。AIセンサーはその存在を感知できない。
「これで、リナも少しは困惑してくれるかな」
満足げに微笑んで、ラボを後にする。夜空には無数の監視ドローンが光の点を描いていたが、ソフィの姿を捉えることはできなかった。
完璧な悪戯だった。自分で言うのもなんだが。
翌朝、情報創造科のラボは地獄と化していた。
箱から飛び出したのは、本物と見紛うゴキブリのおもちゃ。しかしそれは、AIのセンサーをすり抜ける不規則な動きでラボを縦横無尽に走り回り、生徒たちを次々と阿鼻叫喚へと叩き落としていった。
最適化された人間も、ゴキブリには勝てないらしい。
リナはラボの隅で、頭を抱えていた。騒ぎを収めようとするたびに、機械ゴキブリが予測不能な軌道で足元をすり抜けていく。「これが……予測不可能……」思わず呟いて、自分でも笑えてきた。
どこかで、小さく笑っているソフィの顔が目に浮かぶ。
まったく。一言だけ言わせてほしい。
ゴキブリは、やりすぎだ。




