第2話 死角を縫う命
学校へ向かう道中、ソフィの足が不意に止まった。
人の流れから外れた視線の先に、一匹の小さな虫がいた。見た目だけで嫌悪感を呼び起こす、そういうシルエットの生き物。AIによって徹底管理されたこの都市では、そもそもこんな存在は排除されているはずだった。「無駄」だから。「非効率」だから。
なのに、その虫は生きていた。
AIが配置したセンサーの死角を縫うように、まるで乱数そのものが形を持ったかのように、不規則な軌道で高速に動き回っている。完璧な計算では予測し得ない、純粋な生命の躍動。
「これ、使えるな」
ソフィの口元に、じわりと笑みが浮かんだ。
学校に着くと、背後から明るい声が飛んできた。
「ソフィ! ちょうど良かった。情報創造科のメンバーを募集してるんだけど、あなたの機械創出の能力なら絶対に素晴らしい成果が出せると思って」
振り返ると、友人のリナが立っていた。AIが提示する「未来」への揺るぎない信頼を瞳に宿し、表情には一切の迷いがない。彼女の周りにはすでに数人の生徒が集まっており、その視線にはソフィへの期待と、どこか品定めするような色が混じっていた。
「情報創造科、ね、、、。ごめん、私には向いてない」
ソフィは短く答えた。
「え? どうして? AIもあなたの成長を高く評価してるし、情報創造科は絶対に合ってるよ」
リナの表情に、一瞬だけ驚きと困惑が走る。
それを見て、ソフィはにやりと笑った。
「私はねー、なによりも、あなたの困惑した顔が好きだから」
言い放つと同時に、自作のステルスマントを羽織る。次の瞬間、ソフィの姿が、空気に溶けるように消えた。
「え、どこ行った?」「まさか本当に消えた?」
周囲がざわめく中、声だけが空間に響く。
「情報創造科って、AIの計算で予測可能なものを作るんでしょ? 私はもっと予測不可能なものに興味があるの。さっきの虫の動きみたいにね」
リナはすぐに気を取り直した。ソフィの予測不能な行動には、慣れている。
「ソフィ、待って! 予測不可能だからこそ、AIの力を借りて制御するの! それが情報創造科の目指すところなんだよ!」
マントの中で、ソフィは小さく笑った。
「制御するなんて、つまらないじゃない」
声は、すでに少し離れた場所から聞こえていた。
「予測できないからこそ、面白いんだよ。じゃあね、リナ。創造科、頑張って」
リナはため息をついた。残された生徒たちが呟く。
「リナ、今のって……」
「ソフィって、やっぱりすごい」
「……まったく、変人だな」
リナは、ソフィの言葉を反芻していた。—予測できないからこそ、面白い。AIが提示する完璧な世界で育った自分には、理解しがたい概念だ。それでも、どこか抗えない魅力があるのも事実だった。




