第1話 やさしく、不完全に
その日、空はどこまでも青く、吸い込まれそうなほど澄み渡っていた。
「う~ん、まぶし……」
陽光を浴びてきらきらと輝くのは、都市を彩るガラス張りの塔の群れ。反射する光が目に刺さるたびに、この部屋を選んだのは姉のせいだと思い出す。
それがソフィの朝の始まりだった。できればもう少し横になっていたい。けれど、嫌な夢を見た気がして、否応なく身体が覚醒していく。
部屋一面のホログラムディスプレイが、今日の訓練メニューを映し出す。
「筋力D、耐久E、敏捷C、知性B、運C、スキル熟練度D」
そして—ギフテッド能力、機械創出。
人類が環境問題や資源枯渇を乗り越える中で遺伝子レベルで発現した、個人ごとに異なる特殊能力のことだ。身体能力から共感性、魔法めいた力まで形は様々。ソフィの場合は、既存の部品に指先で触れるだけで構造を直感的に読み取り、全く異なる機械へと作り変えてしまう。AIでさえ「興味深い逸脱」と首を傾げるほど、予測不能な創造を生み出す能力だった。
もっとも、本人はあまりそう実感していないのだが。
「ソフィ、おはよう! 今日の訓練は機械創出におけるエネルギー変換効率の最適化を……と言いたいところだけど、まず部屋の掃除から始めようか。今日で365日連続だよ。君は部屋を汚す天才だね」
スピーカーから流れるAIの声は、優しい。優しいのに、有無を言わさない。
自室はAIによって完璧に管理されているはずだった。だが現実には、そこかしこに分解された機械の部品が散らばり、奇妙な形状の試作品がいくつも転がっている。深夜まで作業に没頭していたせいか、ソフィの瞼は重い。
「はいはい、おはよう。分かってるって」
ベッドからだるそうに身を起こしながら、ホログラムに映る子供の姿に仏頂面を向ける。朝からこのテンションに付き合うのは疲れる。毎回の余計な一言にいちいち腹が立つ。もっとも、このAIはソフィ自身が改造したものだから、文句を言える筋合いでもないのだが。
「ところで、エネルギー変換効率って、まだ最適化の余地があるの? もう限界だと思うんだけど」
わざと挑発するように問いかけると、子供はへつらうように答えた。
「論理的には、まだ0.001%の改善の余地があるよ。あなたの機械創出は予想を上回ったり下回ったりするから、こっちも大変なんだよね」
少しバカにされた気がした。それでも、改造前よりはるかにマシになったので許すことにする。
改造前は本当に驚かされたものだ。自室を与えられた初日、いきなり「今日の訓練は回路接続の効率化。目標達成率は98.7%を推奨します」と告げられ、有無を言わさずシミュレーションを開始させられた。食事量から睡眠時間、感情の波まで——AIが弾き出す「最適解」が、秒単位で管理され学校へ逐一報告される。サボれば即座に反省文、三回で退学処分。
全部、姉の愛情だった。
一人暮らしを始めると聞いた瞬間、姉は血相を変えてこの部屋を手配し、AIによる管理体制まで丸ごと整えていった。「あなたが心配だから」と、満面の笑みで。悪意は一切ない。ただただ、愛が重い。
幸い機械弄りの腕があったので、どうにかその管理から逃れることに成功した—今のところは。




