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第4話 栄養素に愛はない

そんな学校での暮らしが始まり、ソフィの中で少しずつ不満が募っていることがあった。それは学食だ。


「人間の三大欲求を舐めないでほしいものだね」


フォークの先でパサついた肉を突きながら、ソフィは心中で毒づいた。


この世界において、「料理」という概念はすでに過去の遺物だ。人間が自己研鑽と能力の最適化にすべての時間を費やせるよう、食事はAIが管理する巨大な自動工場で一括製造されている。運ばれてくるのは、味覚よりも「効率」を最優先された、ただの栄養素のパッケージだ。


ゲートに端末をかざした瞬間、個人のステータスに基づいた「最適解」が自動配膳される。そしてソフィの現在のステータスは「筋力D、耐久E」。その値が導き出した本日の最適解が高タンパク・低糖質・低脂質を極限まで突き詰めた、やたらとパサついた鶏胸肉の亜種と、緑色の謎野菜のサラダ、そして味の薄いスープだった。


どう見ても罰ゲームだ。


「ねえ、私の身体、別に今から戦場に行くわけじゃないんだけど?」


呟いた愚痴は、周囲の賑やかな声にあっさりかき消される。隣に座るリナなどは、


「今日も私のバイオリズムにぴったり! AIって本当に私たちのことを分かってくれてるよね」と、嬉しそうにその効率的な食事を完食していた。


完璧に理解できない。


ソフィだけは過去のちょっとした経験から、かつて人類が「美味しい」という純粋な快楽のために食材を「調理」していた歴史を知っていた。だからこそ、この味気ない管理食にどうしても馴染めずにいた。


(だったら、その完璧な計算とやらに、私の「悪戯」を味付けしてあげる)


トレイを返却したソフィが向かったのは、校舎の奥にある中央図書館。お目当ては、誰も見向きもしない電子歴史アーカイブの最奥だった。通常ならアクセスする必要すらない古いデータログを、機械創出の解析回路とリンクさせながら手際よく検索していく。


「あった……これね」


画面に表示されたのは、数百年前の料理の本。色鮮やかなハンバーグ、溢れんばかりの肉汁、とろけるチーズ、暴力的なまでにシロップがかかったパンケーキ。現代のAIが見たら即座に「有害」と判定しそうな、しかし最高に魅惑的な料理の数々がそこにあった。


思わず、喉が鳴った。


「まずは、これを部屋で合成できる『ポータブル調理機』のデータに落とし込んで……」


指先が、虚空のホログラムキーボードの上で軽快に踊る。自分だけの秘密の夜食を作るためのデバイス。これだけでも十分なはずだった。


だが、そこでソフィの悪戯心がさらに跳ね上がった。


(待って。自分だけで食べるのもいいけど、学校のシステム自体を書き換えた方が、絶対に面白いじゃない)


自分だけ美味しい思いをするのは、なんとなく寂しい。そういうことにしておく。


学校の食堂へ毎日「燃料」を配送しているのは、都市の自動工場と直結した物流パイプラインだ。配膳管理AIのセキュリティは強固だが、「ゴキブリ事件」で培ったセンサーの死角を突く乱数アルゴリズムを応用すれば、いくらでも応用が効く。


「よし。明日の昼休み、全校生徒の『最適化データ』を、私が作った最高にジャンクで美味しい『特別メニュー』に強制書き換えしてあげる。みんなまとめてジャンクフードの底なし沼に沈んでしまえばいいのよ」


これは善意だ。断じて善意だ。



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