桃姫、入れ替わりに気づかず
そしてその夜、リオフォンと共に来ると思っていた戦神様は一人で屋敷を訪れた。
「夜分に申し訳ないが「天の黄金」を分けてほしい」
彼は朝した約束どおりに、戦神様はお面をつけてくれていた。
「承知いたしました」
私は戦神様にお辞儀をして、黄金の仙桃をもぎに行った。
「タオヤオ、今は貴方の友人の「ジン」です」
黄金の仙桃を剥いて与えると戦神様は不貞腐れたように言った。
しかし、仙桃を食べるためだと戦神様はお面を取ってしまったのだ。落ち着かない。
早く食べさせて、お面を戻してジンさんになってもらわないと……。
チラチラと様子を窺うと、毒も治まったのか、戦神様は黄金の仙桃を食べても眉を寄せて不快そうな表情をするにとどまっている。
子どもみたい……まるで間違ってにがい草を食べたときのエンだわ。
「ふふふ」
思わず笑ってしまって、慌てて戦神様に頭を下げた。
「も、申し訳ありません! その……食べる姿がエンと重なってしまって……」
こんなときに笑ってしまい、怒られるかと思ったけれど、戦神様は柔らかい目をしていた。
「いえ、そのように笑顔を見せていただきたいのですよ。もっと笑ってくださっていいのに」
身に余る言葉を貰って、体が縮こまる。
困っていると、戦神様はふう、と息を吐いた。
「せっかく近づけたかと思ったら……あなたは遠くなるのですね」
「……す、すみません」
そう言われても、男神である上に最上位の神様なのだ。緊張して唾をのむのも辛い。
「仕方ありませんね……次はもう少し打ち解けていただきたいです」
黄金の仙桃を食べ終わった戦神様はそう言ってお面をつけると、自分の宮へと帰られた。
頭を下げてそれを見送ってから戻ると、屋敷の門の前には様々な贈り物が置いてある。
「い……いつの間に……」
品物の数に私は度肝を抜かれてしまった。
「どうしよう……仙桃のお礼は別で十分にいただいているのに……」
箱、壺、布包み、宝飾品――色とりどりの品が足元まで溢れ、運びきれない荷物に途方に暮れる。
エンを人型にして助けてもらえればいいのだけれど、戦神様そっくりなのだと思うと気が引けた。
ウロウロと門の前で歩きながら悩んでいる後ろから人型になったエンが現れた。
「タオヤオ」
「エン! どうしてその姿に!? あなた、また勝手に薬を食べてしまったのね」
人型に味をしめたエンは夜になるとその姿になって寝所に待っているようになってしまっていた。
けれど、今朝、もうそれもできないように薬を手の届かない場所に隠しておいたのに。
……ああ、きっと見つけてしまったのだ。
「怒らないでタオヤオ。それよりその荷物を中に運ぶよ」
「あ……う、うん。ありがとう」
私が困っていたのを見かねてきてくれたエンをこれ以上責められない。
戦神様には申し訳ないけれど、今日はこのまま人型で手伝ってもらおう。
私は荷物を運び終えたエンをいつものように寝所に連れて行った。
「あのね、エン。あなたとおしゃべりするのは大好きだったのだけれど、でも、その姿は戦神様のお姿をお借りしているの。申し訳ないから、もう人型になるのは終わり」
そうして、エンに言い聞かせる。
「見つからなければよかったんじゃないの?」
けれどエンは不服なようだった。
「……いくら本人がいいと言っても、やっぱり駄目よ。それに、それこそ他の人に見つかったら不敬罪で捕まって、桃源郷を追い出されてしまうかもしれない」
「そんな、バカなこと、起きるはずがない!」
急にエンが大きな声を出すから驚いて涙が出てしまった。
「エ……エン?」
「あ……ご、ごめんなさい、タオヤオ。大きな声を出して……。その、戦神が許可しているんだからそんなことにはならないよ。それに、きっと戦神はタオヤオと仲良くしたくて仕方ないんだよ。そうでなければこんなに贈り物なんてしないでしょう?」
「で、でも……どうして私なんかと」
どう考えてもそこが分からない。
桃を育てるしか能がないし、楽しいおしゃべりができるわけでもない。
桃源郷で引きこもって暮らしているちっぽけな下位の女神でしかないのだ。
下を向いていると、エンが両手を包んで励ましてくれた。
「タオヤオは誰よりも美しい女神だよ。それに、仙桃を作るのは特別な仕事だ。誰にでもできることではない。優しいタオヤオだからこそ桃の精も手伝ってくれ、素晴らしい仙桃が作れるんだ」
「農作業で指先はボロボロだし、体は埃っぽいし、着物は作業着だよ?」
ジンさんや他の人にはなるべく指先が見えないように袖をのばしている。
毎日仙桃を食べてもこればかりは治癒が追いつかない。
やっぱり……恥ずかしい。
縮こまっている私の手をエンが両手で包んでくれる。
「指は頑張っている証拠じゃないか。それに、着ているものなんかじゃタオヤオの美しさは隠せないよ」
「……エンがそう言ってくれるなら元気が出る。ありがとう。大好き」
エンの賛辞に嬉しくて頬が緩んだ。
お礼に頬に口づけをするとエンが飛び上がった。
「えっ!」
「どうしたの? いつもなら飛びついて口づけを返してくるのに」
変だなぁって思っていると両手をぎくしゃく動かしながらエンが私を抱きしめて、頬に……唇を寄せて……口づけはしなかった。
「きょ、今日はいい!」
「変なエン……でも、慰めてくれて嬉しかった。さ、じゃあ、寝ようか。明日も頑張って仙桃を箱に詰めないと」
褒めてもらえてもっと頑張れそう。
しかし寝転がってエンを待つとなかなかこちらに来ない。
どうしたのかとじれったく思って腕を引いて、いつものようにくっついた。
「あ、あの……タオヤオ……もしかしていつもこうやって寝てた?」
そしてなんだかオロオロするエン。いつもとは違う態度に少しムッとしてしまう。
「エンがそうしろって言ったんでしょう? 腕を出して。頭をのせたら撫でていいわよ」
今日は戦神様と関わって……大変疲れてしまった。
解決策は浮かばないけれど、もうとにかく今日は寝ようと思う。
「お休み……エン」
私がそう言うと、エンは少しためらった後に額に口づけをしてきた。
「お休み……タオヤオ」
エンがいつものように私の頭を撫でた。
その日のエンの声は不思議と……安心感を与えてくれた。




