桃姫、友達ができる
朝起きると朝餉の用意をして、客間に足を運んだ。
「あ、あの……す、すみません……」
声をかけると中からふすまが開いた。
朝日を受けたその姿は輝いて見え、すこし呆けて見入ってしまった。
艶やかな黒髪。
エンで慣れているとはいえ、本物の戦神様には迫力があった。
瞳は赤いながら炎が揺らぐように黄金のきらめきがある。
しかし、この瞳……どこかで。
「昨晩はお世話になりました」
ポツリと言われて、その声に聞き覚えがあった。
その、話し方も。
いや、瞳しか知らないけれど、そっくりな神がいたではないか……。
「あの……ま、まさか……」
「ジンです、タオヤオ」
私は驚いて、腰を抜かしそうになった。
客間の奥の壁に寄りかかりながら高いびきをかくリエフォンを残し、戦神様と朝餉をかこんだ。
彼は支えなくとも、もう一人で歩けるようだった。
いや……どうしてこんなことに?
そろりと視線をあげると彼がいる。このままどこかへ逃げたくなった。
でも戦神様に仙桃を食べさせないといけないし……。
足元にいるエンは我関せずと丸まって寝ている。
朝餉が終わった戦神様に、仙桃をむいて渡す。
彼は黙々とそれを食した。
その姿はエンそっくりで、うっかりかわいいと思ってしまった。
「助けていただいて、ありがとうございます。……驚かせてしまいましたね」
「あ、や……そ、そんな」
「こんな情けない姿を見せてお恥ずかしいです」
「え! ……いえ、だって……天帝様の妹君のお子様を守られたのでしょう……立派です。それに、それに……先の戦いでは桃源郷を守っていただき……か、感謝しております……」
それ以上、なんと言っていいかわからず下を向く。
ちらりと見ると戦神様は少し痛ましい表情をしていた。
「……千年前の戦いでは桃の一族を救えなくて悔やんています。もっとやりようはあったでしょうに……」
「て……天宮をお守りするのが最優先ですから……戦神様は十分助けてくださいました。伯父ももうじき目覚めます」
声も話し方もジンさんなのに、目の前にいるのは戦神様。
不思議な感覚を持ちながら私は受け答えをした。
「そうですね……もう千年経つのですね。タオヘン(桃衡)が、目覚めたら、貴方も寂しくないですね。それにきっと……ここまで桃源郷を復興させた貴方を褒めてくださるでしょう」
そしてその言葉に胸がぎゅっと掴まれたような気持になった。
そうだ、この千年見守ってくれていたジンさんはいつも私に欲しい言葉をくれる。
どうしてこんなにも私の気持ちを分かってくれるのだろうか。
でも……ジンさんが戦神様だったなんて、もう……どうしたらいいか。
淡く想っていたなんて、なんとまあ、身の程知らずであったことか。
「実は私は仙桃が大好物でね。待ちきれなくて自分で取りに来ていたんです。帰り道に我慢できなくて齧りついたこともあるんですよ」
「そ、そう……だったのですね……」
私が緊張しているのを悟ったのか、戦神様が軽い話題を振ってくれる。
けれど、そんなエピソードを聞いても肝が冷えるばかりだった。
エンだって戦神様から譲ってもらっていたのだ……。
ん。
あれ?
もしかして……エンが戦神に似ているのは……。
「あの……もしかして……その……エンは……」
「ああ、そうだ。調べてみたのだけれど、どうやら龍は初めて見た人型をまねるようです。私が譲ったので、エンは私の姿かたちを真似るのでしょう」
すとん、とその言葉が胸に落ちた。
なるほど……だったら似ているのは当たり前である。
しかし、私が可愛がっていることを知っても嫌に思わないのだろうか。
いや、許してくださっているのだから、平気なのだろう。
でも……。
「も、申し訳ありませんでした。……エンを人型にするのはすぐにやめ……ます」
私は膝を折って頭を下げた。
戦神様はそんな私の腕を取って立たせてくれた。
「恐縮すると思って、黙っていたのです。……まいったな。やっと普通に話せるようになったのに。エンと話がしたかったのでしょう?」
「……そ、そうですが、戦神様の姿と同じなんて……ご気分が悪いでしょう?」
「私はそんなに器の小さい男ではないですよ。貴方の話し相手を取り上げるつもりはありません。貴方が私の姿を嫌でなければ」
「嫌だなんて、滅相もない! でも……い……いいのですか?」
なんと心優しいのだろうと感心する。戦神様はお心が広いのだ。
「構いません。けれど、一つ提案が」
「……提案ですか?」
「ええ、私のこともジン、として友達にしてください」
戦神様の提案に驚く。
まさか、私と友達?
「そんな……恐れ多い……です」
「ダメですか? あなたとお話をすると心が安らぐんです。楽しみにしているのですよ」
「や……やすらぐ? た、楽しみ……」
エンとそっくりな戦神様が私にすがるような視線をよこした。
そんな目で見られると……弱い。
でも、身分違いも甚だしい……。
迷っていると戦神様は私にゆっくりと微笑んだ。
穏やかなところは……ジンさんそのもの。
それに、ノロノロしている私の答えをこんなに辛抱強く待ってくれる。
「貴方が緊張しないように、次はお面をつけてまいりましょう。その時は「ジン」としてお友達になってください。それでいかがですか?」
……それなら今までのジンさんと同じ。
それなりに仲良くしてきたというのに、戦神様だったからって拒否するのは……違うのかな。
お友達になってくださるなんて嬉しいだけだし。
でも……なんだかこれ、どこかで同じような思いをしたような……。
「……ジンさんがそれでいいのなら……」
そろそろと答えると彼は頷き、立ち上がった。
「まだ毒の痺れが残っています。今夜もう一度「天の黄金」をいただきたい。その時は……お面をつけてまいりますね」
「……はい」
ドキドキしながら約束をした。
それからしばらくしてドタドタと音が聞こえたかと思うと血相を変えたリエフォンがやってきた。
「主君!」
「タオヤオ、ご馳走様でした。リエフォン、帰るぞ」
「……え」
朝餉の用意を見て惜しそうにするリエフォンを連れて、戦神様は屋敷を去って行った。
……嵐のような神様だった。
戦神様の背中を見ながら、私はそんなふうに思った。




