桃姫、本物に会う
ある晩、屋敷の戸を叩くものがいた。
飛び起きた私はまだ人型だったエンに寝所から出ないように告げ、急いで声のする方へ向かった。
門の前で叫んでいるのは見たこともない大男だ。
桃源郷には天帝様が許可した者しか入れないので、当然、訪問者は資格があるはず……。
「夜分にお頼み申す! 夜分にお頼み申す!」
「あ……あの、ど、どちら様……で」
恐る恐る顔を出すと大男がこちらを見て説明を始める。
「炎煌宮から参ったリエフォン(烈鋒)と申す。このような夜分に参ったのは、我が主君ジンイェン様が肩に毒矢を受けてしまったからである」
大変なことが起きた。
毒矢とは恐ろしい。
「少しだけお待ちを」
私はそう言って仙桃を持ってこようとした。
しかし、リエフォンはそんな私を止めた。
「待たれよ。主人を連れてきている。「天の黄金」をすぐに食べさせていただきたい」
「え?」
驚いているとリエフォンは一人の男を抱えて屋敷の中に入ってきた。
彼はキョロキョロすると、土間のところに青ざめた男を座らせた。
――戦神様だ。
黒い髪の美しい男神。
ジンさんの言ったとおり……エンにそっくりだわ。
少し見とれてしまったが、肩を押さえるその姿にハッとして、すぐに奥の特別な木から仙桃をもいできた。
仙桃の中でも特別な黄金の仙桃である。
これを食べに来たとすると……相当深刻な状態なのだ。
黄金の仙桃はもいでひと時しか効力がなく、しかも夜のうちにしか現れない。
この桃は天帝様との約束で、「天の黄金」という合言葉を持って夜訪ねてきた者に融通する密約をしている。
ひとたび口にすればどんな病も蹴散らし、傷を癒す、とても効能がある桃だ。
急いで皮を剥くと小さく切って戦神の口に入れた。
「……んぐ」
前までの私なら躊躇しただろうに、その口に黄金の仙桃を押し込むように食べさせる。
口の端にこぼれそうになったのも、指でお構いなしにぬぐって押し込んだ。
「ぐううっ……」
唸りながら、戦神は肩を押さえる。
矢を抜いただろう肩は包帯が巻かれ、血が滲んでいた。
黄金の仙桃は傷も瞬く間に治してしまうけれど、その分、痛みを伴う。
まして毒が体に回っているなら相当な痛みがあるだろう。
昔同じ様に運ばれた食あたりの大男ですら父に仙桃を口に入れられると、泣きながら床に転がって悶えたのだから、戦神様は我慢強い。
「いつ頃矢を刺されたのですか?」
私が聞くとリエフォンが心配そうに見守りながら答えた。
「昼間の出来事だ。天帝様の妹君がお子を連れてこられていてな。突然刺客に襲われた妹君のお子をその身を挺してお庇いになった。これまではそなたの仙桃でなんとか長らえていたが、夜になったので連れてまいったのだ」
子どもを庇って負傷したのか。
天宮に刺客が入り込むなんて……。
辛そうな姿がエンと重なって、なんだか気が気じゃない思いで戦神様の様子を窺った。
こんなに苦しむのだからきっと猛毒の部類だったのだろう。
やがて、額に汗の粒を出した戦神様がゆっくりと体を動かした。
私は慌てて綿入りの枕をはさんで、その身を横にした。
「寝具を持ってまいります。奥の部屋をお使いください」
滅多に使わない奥の客間に戦神を運び、寝かせた。
体の負担を考えると今日与える黄金の仙桃はこれで十分。
後は休ませて様子を見たほうがいいだろう。
「かたじけない。今夜はここを使わせていただく」
「リエフォンさんの……寝具も……運びますね」
「重ねて礼を言う」
もう一組の寝具を運ぶとリエフォンが頭を下げた。
外見は大きくて怖かったけれど、私みたいな下位の神にも丁寧である。
炎煌宮の神はみな、誠実な者が多いのかもしれない。
二人を客間に残して私は寝所に戻った。
戦神様の面倒はリエフォンが看るので安心だ。
「なにがあったの?」
寝所に戻ると心配そうにするエンにことのあらましを説明する。
彼はさほど戦神様の負傷は気にならないようだった。
「タオヤオの仙桃を食べたなら大丈夫でしょ。それより男神がこの屋敷にいると思うほうが嫌だな。タオヤオは僕が守るからね」
「ありがとう、エン。大好きだよ」
「僕も大好きだよ!」
頬に口づけをしてエンが私を抱きしめてくる。
「今日はこうやってタオヤオを守るからね」
エンの頼もしい言葉に、私はそのままぐっすりと眠った。




