桃姫、驚く
「すみません、連絡していないのですが、仙桃を引き取れないでしょうか」
「はい!」
突然の訪問には驚いたが、たまにどこかのお使いの帰りに取りに来ることもある。
お伺いしてくれるだけ、炎煌宮の従者は丁寧だ。
「僕が運んであげる」
そのとき、ちょうど人型になっていたエンが出てきて、仙桃の入った箱を持ってきてくれた。
従者の目の前に置くと、彼は、じっとエンを見ていた。
お面から覗く瞳が鋭い。彼の眼は赤く、炎を宿ったように黄金色がゆらめいていた。
「タオヤオ、この不審者はどなたですか?」
彼は低い声を出した。
いつも穏やかな神なのに、少し怖くてぞわりとする。
「あの……エンなんです」
「え?」
私がそう言うと一層低い声になって、ビクビクとしてしまう。
張り詰めた空気がピリピリと肌に感じる。
それでも、エンに敵意を向けているのがわかるので、慌てて私は弁解をした。
「龍を少しの間だけ人型にできるという幻術薬があると聞いて……街で購入してきたんです……。その……ですから、これはエンなんです」
声が少し上ずってしまったけれど、なんとか説明すると、エンが自らけろっと話た。
「そうだよ、僕、エンだよ。 あなたのところに僕の兄龍がいるでしょう? あなたがタオヤオのところへやったのに……」
それを聞いて、彼は思い当たったのかハッとした。
「そ、そうだったのか。失礼しました」
どうやら誤解が解けたようでホッとする。
途端にその場が柔らかい雰囲気になった。
よかった、わかってくれた。あんな怖い雰囲気になるのは初めてだ。
でも、そんなふうになったのは……心配してくれたから?
そう思い当たると、私に勇気が湧いた。
エンとの毎日のおしゃべりで少しは私も成長しているはずだ。
「あの……あの……ええと……あなたのお名前を聞いても……いい……ですか?」
ぎゅっとこぶしを握って、ずっと聞けなかったことを聞いてみると、彼が息をのんだのが分かった。
しばらく沈黙が続く。
思い切って聞いたはいいけれど、仙桃の受け渡しをするだけの私に名前を教えるのは……嫌だったのかもしれない。
それに、彼にとったらあまりにも唐突過ぎる質問だっただろう。
恥ずかしい。言わなければよかった。
「……ごめんなさい。勝手に親しくなっていたと思ってしまって……あの……忘れてください」
言って、涙がこぼれそうだった。
どうしていつもうまくできないのだろう。
しかし目を伏せた時、大きな声が聞こえた。
「ジン……ジンと申します!」
肩まで震える大きな声に私は目を丸くした。
「そんなに大きな声出したら、驚いちゃうよ!」
エンが素直に文句を言うと、ジンさんは慌てて手をぶんぶんと振った。
「申し訳ない! 驚かすつもりはなかったのです。ただ、貴方に名乗っていなかったのかと自分でも驚いてしまって……」
「そ……そうだったのですね」
彼が黙ってしまったわけが聞けてわだかまりが解ける。
嫌だったわけじゃなかった。
ジンさん。
ジンさんっていうのか。
誠実そうな彼にとてもピッタリな名前に思えた。
それから、龍の人型を知らなかったジンさんに、幻術薬がどこで買えるか、いくらしたか、と教えてあげた。こんなに会話が弾んだことに感動してしまった。
これもエンと毎日会話をしていたから……かも。
そう思うとエンにたくさん感謝したくなった。
「お話が楽しくてついつい、長居してしまいました。またこうやってお話していいでしょうか?」
「ええ。私も……楽しかったです」
ジンさんにも楽しいと言われて浮かれてしまう。
たくさん話ができて自分でも気持ちが高揚しているのがわかる。
仙桃の箱を持つ背中を見送っていると、ふと、彼が私のほうへ振り返った。
「あの……私の他にエンの人型を見た者はいませんよね?」
そうしてそんなことを聞いてきた。
「ジンさんしかまだ見ていません」
「でしたら、誰にも人型のエンは見せない方がいいです」
どうしてそんなことを言うのかと首をかしげていると、彼は大きな爆弾を私に落とした。
「エンの姿は戦神そのものです。私が言うのだから間違いありません。きっと誰かが見たら大騒ぎしてしまうでしょう」
「え……?」
「驚いたんです。どうして同じ姿の者がいるのだろうと」
「そ……そ、そんなに似ているのですか?」
「姿かたちはそっくりです」
「ど、ど、ど、どうしましょう……」
折角、人型にも慣れて、エンと楽しく会話もできるようになったのに、戦神に似ているなんて困る。
私が青ざめていると、ジンさんが少し考えてから助言をくれた。
「誰にも人型になったエンの姿を見せないようにするといいですよ。見つからなければいいのですから。会話ができて楽しいのですよね?」
「はい。でも……大丈夫でしょうか」
「きっと大丈夫ですよ」
ジンさんの優しい声色にホッと肩の力を抜いた。
他の神との仙桃の受け渡しには気をつけないと。
そうして私は寝る前にだけエンを人型にすることにした。
「ねえ、エン。ジンさんは優しいよね……」
昼間の出来事を思い出して話すと、エンはわからないのか首を傾げた。
「それより、ほら、膝の上に頭をのせてよ。人型になったら僕がタオヤオを撫でるんだから」
寝所に上がったエンが私の頭を自分の膝に乗せる。
すっかり私の髪を撫でるのがお気に入りになってしまっているのだ。
「そんなに好きなの?」
「タオヤオのことは世界一好きだよ。タオヤオは?」
撫でるのが、という意味で聞いたが、エンの頭の中にはそれしかないようだ。
かといって、嬉しいから答えるのだけれど。
「もちろん、エンが世界一好き」
「口づけしていい?」
「唇はダメよ」
「どうして?」
「……ダメッたらダメ。人型の姿でないときはいいよ」
「ちぇっ……」
エンは人型の時にも普段の接し方を望むので困る。
美青年と口づけなんてできない。
まして戦神と同じ顔だなんて知ってしまったら……。
チュッ……。
それでも諦めきれなかったエンが頬に口づけをした。
「困った子ね……」
そう言いながらも、眠る前にエンとおしゃべりして、そのまま眠りにつくのはとても幸せなひと時だった。




