桃姫、龍を人型にする
コソコソと中に入った私に気づくと書き物をしていた恰幅のよい女性が顔を上げた。
「あら。かわいいお客様だこと。その容姿……もしかして桃の一族かい?」
「そ、そうです」」
言い当てられて緊張しながら様子を窺う。
薬を扱う名門の中には、桃源郷や桃の一族を蔑む家門が存在する。
その代表が 蘭霊家 である。
彼らは桃の一族を毛嫌いして「仙桃のおまけ神」や「農夫」などと罵る。
名前からしてここは違うけれど、嫌わていてもおかしくない。
「そうかい……甘露茶はどう? 天都の空気は喉を傷めるだろう? ご馳走するよ」
「あの……」
「私の店だから気にしなくていいんだって」
しかし、ふっくらした体つきの女主人は目尻をやわらかく沈ませながら笑った。
彼女は私に甘露茶をふるまってくれ、幻術薬を出して説明してくれた。
懸念したような態度は一切ない。
それどころかとても親切だ。……生きていれば母も同じくらいの歳かもしれない。
「これがペットの龍を人型に変える幻術薬。少しの間人型になるからね。道中気をつけて持って帰るんだよ」
「ありがとうございます」
甘露茶のおかげで喉が潤っていた。優しい気持ちに出会うと心が温かくなる。
桃の一族は軽視されがちなので、こういった出会いは貴重なのだ。
私は「また来ます」と女主人に頭を下げてお店をで出た。
青色の星のような薬が入った瓶と引き換えに渡した神貨。
思っていたより高価なもので、小さい瓶を買うだけで持って来た神貨が全て無くなってしまった。
大切に使わないといけない。
それでもエンと会話ができるなんて夢のようだ。
私は気持ちを高ぶらせながら、瓶を持って桃源郷へ戻った。
「ただいま……」
屋敷に戻るとエンが走ってこちらにやってきた。
「寂しい思いをさせてごめんね」
足にしがみついたエンを抱き上げると、彼は私の頬を舐めて喜んだ。
桃の精霊たちはそこら中にいるけれど、お留守番はつまらなかっただろう。
「これ、エンとおしゃべりできる薬なんだよ」
そうして私はさっそくエンに薬を与えることにした。
縁側にすわり、瓶から一粒薬をだすと、エンはためらいなくそれをぱくりと口に入れた。
ポン。
小さな音と共に目の前が煙で真っ白になった。
「エン⁉」
驚いて声をあげると、煙の向こうから低い美声が聞こえた。
「タオヤオ、エンだよ」
見るとそこには黒髪の背の高い美男子が立っていた。
人型になると聞いていたけれど、こんなに美しい人になるとは思わなかった。
「……エンってとっても美男子だったのね」
「そう? 僕にはわからないや。あのね、タオヤオ」
「……なあに?」
「大好きだよ」
いきなり現れた美青年が私にそう言ってくれる。
頭に血が上って、頬が熱くなるのを感じた。
内心とても焦っている私は上手く返事ができなかった。
「ええと……」
でも、これは薬でひと時だけ人型になったエンで……。
そうは思ってもこんなに美しいのだ、どこかに走って逃げたくなった。心臓が早鐘を打ってどうにかなりそう。
でも男神に見えるからといって遠ざけたら、今までエンと築いてきた愛情を裏切ってしまう気がした。
「……私も大好きだよ。あっ! ちょっと! きゃっ」
ちび龍のエンにはいつも言っている言葉。
そう思って口にすると、エンが人型のまま抱き着いてきた。
これは……とっても、刺激的。
「まって、まって……その、いきなり……」
慌ててエンを引き離そうとすると膝の上に頭をのせたエンが私を見上げた。
「どうして? いつもしてるじゃない」
そう言われるとなにも言えない。
エンはエンなのに、拒否するのはおかしい。
それに、この姿にしたのは間違いなく私なのである。
落ち着いて。
落ち着こう。
これは エン。
これは エンなのだから。
目の前の青年をエンだと思い込むと私は恐る恐る彼の頭を撫でた。
青年はそんな私を見て気持ちよさそうに頭を軽く振った。
この仕草……エンだ。
撫でることをねだるその姿に、ようやく私は落ち着いてきた。
どのくらいそのままだったのだろう、撫でていると、青年は次第にエンの姿に戻った。
ホッ……。
驚いた……。
まさかエンがあんな美青年になるなんて……。
あっ……。
驚き過ぎてろくに会話をしていないことに気づいた私は、薬がもったいなかったと頭を抱えた。
***
あれから何度も薬を与えて、ようやくエンに慣れて話せるようになってきた。
すると、毎日が楽しい。
「それは僕がやってあげる。タオヤオには重いんだから。その代わり余った時間で頭を撫でてね。仙桃も剥いて食べさせてほしいな」
エンは人型になると私の仕事を手伝ってくれた。
重いものを運ぶには霊力がたくさんいるので、力持ちのエンが運んでくれると助かった。
桃の精霊たちは働き者だけれど小さくて、ものを運ぶのには向いていない。
「ありがとう、エン」
「どういたしまして」
ちゅっ。
御礼を言うとエンは決まって私の頬に口づけをする。
それを見て桃の精霊たちがキャーキャーとはやし立てた。
恥ずかしいけれど、愛情表現だと思えば嬉しくて仕方ない。
それに、人型だって龍の姿だって、エンはエンだと思うのだ。
「タオヤオ、抱っこしてあげる」
エンは人型になると私を膝に乗せたがった。
いつも私に乗せられているので、お返しがしたいのだという。
美青年になった時はどうしていいかわからなかったけれど、今では愛おしくて仕方ない。
「大好き」
「かわいい」
毎日エンにそう言われると、なんだか自分が少しだけ立派になった気になれた。
誰かに、必要とされていると思える。
そんな毎日を送っていると、戦神様の従者が仙桃を取りに来た。




