桃姫、真実を知る
音を確かめようと屋敷の外に出ようとすると、シュアンラン様に止められた。
「タオヤオさん、外は危ないです」
「でも、大きな音が」
「ジンイェン様が戦っておられるのです。大丈夫ですよ。桃の木を傷つけるようなことはなされませんから……そうですね……屋敷の二階の窓からなら見えるかもしれませんね」
そう言われて伯父様と顔を見合わすと、私たちは二階に上がった。
桃源郷の桃の木から離れた場所になにやら兵が集まっている。
「あれは……魔を祓っているのではないですよね……?」
聞くと、シュアンラン様が教えてくれた。
「千年前……桃源郷の結界を破った犯人です。正確には犯人の私兵です」
それまで冷静に見えていたシュアンラン様の目が怖い。
どうやらずっと怒りを抑えているようだった。
「え……」
驚いて声を上げたのは伯父様と私だ。
兵の旗は黒蓮家のものだった。
「まさか、仙界の儀式を司る家が……」
伯父様が呟くと、それにシュアンラン様が答える。
「蘭霊家と繋がっているのです。そして、桃源郷を魔に襲わせた理由のは天都を守るためではなく……精霊核を狙うためです」
「蘭霊家……精霊核だと。 桃の精霊核を狙ったというのか。桃の一族は壊滅状態で……私とヤオヤオ以外、みんな亡くなったのだぞ? いくら我が一族に嫌悪があったって……」
伯父様の声が震える。私も血の気が引いた。
蘭霊家が桃の一族を侮蔑していることは知っていた。
しかし、だからといってここまでするなんて……。
燃えてしまった桃源郷……桃の精霊が減ったのは仕方ないと思っていた。
千年かけて桃源郷を復興し、数を戻してきた精霊たち。
それをまた狙ってきたというのか。
千年前に同胞の精霊核を盗られた精霊たちが外部の人間を毛嫌いして追い返していたのには理由があったのだ。
愕然とする伯父様と私。シュアンラン様は視線を落として続けた。
「千年前は証拠がなく、誰がそれを行ったのかもわからなかったのです。ジンイェン様が裏を取り、罠を仕掛けて出てきたのがあの兵たちです」
伯父様が悔しさに唇をかんだ。桃の一族を……桃源郷をなんだと思っているのだろうか。
「それで……弔い合戦だと……ジンイェン様は私たちの無念を代わりに晴らしてくださっているのか。でも、いいのですか? 黒蓮家ですよ? 天帝様の妃の一人の家門です。いくらジンイェン様が天帝様に覚えがあっても、マズいのでは」
ばっさばっさと蹴散らされる兵を見て、伯父様が言う。
真実がどうあれ、相手は神事を司る黒蓮家。桃の一族は神の中でも格下の神なのでいくら戦神様でも一方的に報復したら各方面から咎められるかもしれない。
桃の一族の代わりに戦神様を矢面に立たせるわけにはいかない。
しかし、シュアンランさまは伯父様に熱い視線を寄越しながら答えた。
「ふ……。やはりタオヘン様はお優しい。大好きです。……黒蓮家は天帝様の妹君の子を暗殺しようとしたのですから、公開処刑も許されるでしょう」
その言葉に毒矢をうけて、天の黄金をもとめてきたジンイェン様を思い出す。
「まさか、ジンイェン様がかばったあの件ですか?」
シュアンラン様が頷く。どうやら相手は天帝様の逆鱗にも触れているようだ。
そして私と伯父様に双眼鏡を渡してくれた。
「あの者たちを罰したとして、タオヘン様やタオヤオさんの気持ちが晴れるとは思いません。けれど、私もジンイェン様も千年前のことは絶対に許すことはできません。愛する人の家族を奪ったのですから」
静かに語るシュアンラン様の唇が震えた。
この人も……私たちをずっと思ってくださっているのだ。
双眼鏡を覗くと戦うジンイェン様が見えた。その腕には私が渡した護符が揺れている。
「あっ」
そしてこちらを向いたジンイェン様が笑みを浮かべたように見えた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……いま、ジンイェン様と目が合った気がしたのです」
シュアンランさまはそれを聞いて、ふむ、と前方を確認した。
どうやら彼女には戦況が双眼鏡無しで見えているらしい。
「気のせいではないようですよ……ほら」
双眼鏡を再び覗くと、先ほどとは打って変わってジンイェン様の動きが大きくなっていた。これは……戦っているというよりは……。
「まるで舞いを見ている……みたい」
それも、私が踊った舞いに対する返礼の舞だ。
「あらあら。タオヤオ様が見ているのがわかって、怖がらせないように舞っておられる」
シュアンランさまがクスクスと笑っている。
普通の舞と違うのは扇ではなく、その手に剣があることだ。……あと、兵たちを蹴散らしているところか……。
空中で美しく手足を広げ、くるくると回り、剣を大きく振り上げる。
しばらく見とれていると、動きを止めたジンイェン様がこちらに一礼した。
「……どうやら終わったようですね」
その言葉にハッとすると、自然と私は一階へと駆け下り、屋敷の外に出た。
そしてジンイェン様のいる方向へと走った。
「ハア、ハア、ハア……」
感情に突き動かされ、足を進める。
少しでも。
少しでも早くジンイェン様の元へたどり着けるように……。
「タオヤオ!」
しばらく走ると、ジンイェン様も私のほうへと走ってきてくださっていた。
ギュッと抱き着くと抱きしめ返してくれる。
「ジンイェン様……ジンイェン様……」
様々な感情が溢れて、名前を繰り返すしかできない。
「全て……終わりました。悪い奴らはやっつけましたからね」
「くや……くやし……悔しい……」
「ええ……私も……。懲らしめたからといって……失ったものは戻りません」
「うえ……うええええん……うううっ」
そうだ……私は……この腕の温もりを知っている……。
――お父様! お母様!
私を壺から出してくれた……。大きな……美しい男神……。
外はひどい有様で、桃源郷の桃の木は燃え、桃の一族があちこちで倒れていた。
まるで……地獄のようだった……。
――いや、いやだぁ……。
「必ず……貴方を助けます」
両親の亡骸の前で。
泣きじゃくって暴れる私を抱いてなだめてくれたのは
あれは……ジンイェン様だったのだ……。
「すみません、タオヤオ……一緒に悲しむことしかできません」
私の頭をそっと撫でるジンイェン様。
いつも。この人はいつも私の欲しい言葉をくれる。
やるせない気持ちも、悔しい気持ちも、腹立たしい気持ちも……。
一緒に共有してくれるのだ。
優しい……優しい私の大好きな人。
「わああああん……ああああ……!」
それから私が落ち着くまで泣かせてくれたジンイェン様と屋敷に戻った。




