リエフォンの独白2
「ジンイェン様、動き出しました」
天幕に入り報告すると、主君はゆっくりと目を開けた。燃えるような瞳が、めらめらと揺らめいている。
天帝様から勅命を受け、妹君の子を狙った暗殺未遂を調べることになった。そこから、千年にわたる闇が次々と露見する。
とっかかりは── 主君ジンイェン様が受けた毒矢に付着していた、あの毒。
調べたところ、この特殊な毒は“ある特別な材料”でしか精製できない代物だった。
いずれの薬の効果も底上げしてしまう幻の素材。今は禁止され、天帝様の許しがなければ使えないもの。
それこそが、精霊の魂の欠片── 「精霊核」。
精霊とは清らかな自然の中に生まれる精神体に近い存在で、この世から消滅するときに精霊核を残す。通常はそこからまた新しい精霊が生まれる。
精霊核を使えば、あらゆる薬の効果は一気に跳ね上がる。しかし精霊は自然に発生するもので、たくさん増えるものではない。精霊核が消えれば精霊が減り、仙界の自然の均衡が崩れる。乱獲が続いたため、精霊核の使用は禁じられた。
毒の入手経路を辿ると──蘭霊家が浮かび上がった。
蘭霊家は薬を司る家門の一つで、この千年で急成長した家門。そして蘭霊家は、天帝様が三百年前に側妃として迎えたレイレン(玲連)妃の家門──黒蓮家と癒着しているらしい。
この二家は、桃の一族を軽視することで有名だ。千年前の魔の襲来の際、真っ先に桃源郷を犠牲にしようと主張したのが黒蓮家だった。
千年前、結界を破り、壊滅状態の桃源郷から精霊核をかすめ取ったのが黒蓮家と蘭霊家なら── この千年で急激に力をつけた理由にも納得がいく。
自分たちの利のためなら、桃の一族も、精霊も、桃源郷さえなくなっても構わないという残忍さ。
とりわけ桃源郷に深い思い入れのあるジンイェン様が、これを知って憤らないはずがなかった。
今回、魔の襲来の規模が大きいと聞き、私兵の投入を申し出たのは黒蓮家だ。ジンイェン様の思惑通り、彼らは桃源郷近くの守りを請け負ってきた。
千年前と同じ── 魔の襲来を利用して、桃源郷の精霊核を乱獲するつもりなのだ。
そして──。
「やはり……一度吸った甘い汁は忘れられないようだな」
カチャリ、とジンイェン様が刀を持ち上げる。その腕には、桃姫が“無事を願って”作った護符が揺れていた。
魔はすでに我が軍で祓い済みである。黒蓮家の兵はなにをするために桃源郷に向かうのか。
「全軍、桃源郷に向かった黒蓮家の軍を包囲しろ。蜘蛛の子一匹逃すな」
「はっ」
ゆらり──ジンイェン様の体から闘気が湧き上がるのが、目に見えるほどだった。
こうなった戦神を止められる者などいない。対峙する黒蓮の兵は、自分の首が落とされたことにも気づかぬまま死に至るだろう。
主君の背を追いながら、その姿に武者震いを覚えた。




