〈リエフォンの独白1〉
桃源郷の境に宮を建築し始めると、ジンイェン様の婚姻が決まったことも知れ渡っていった。
相手は誰だとざわついたが、桃源郷近くにわざわざ宮を用意するのだから桃の一族であることは明白だ。
仙界一の美男とされ戦神であるジンイェン様に、縁談の話は山ほどあったが、これまで一度も見向きもされていない。
ジンイェン様は見た目や普段の様子から、落ち着いた性格だと思われることが多いが、そんな生易しい神ではない。
戦神の名のごとく勝つことにこだわり、頭を使い、決断をする。
ひとたび剣を握れば、迷うことなく相手の弱点へ切り込み、相手が自覚する間もないくらいに早く首を討ち取ってしまう。
それこそ、本当に心穏やかなときは仙桃を齧っているときくらいである。
主君には千年心を奪われた一人の桃姫がいた。
桃の一族は桃源郷から滅多に出ないので、お相手であるタオヤオ様は「幻の姫君」として注目を浴びている。
千年前の魔との戦いで桃の一族は壊滅状態だった。
仙界の都、天帝様が住まう天宮が優先であるのは当たり前のことで、ジンイェン様は真っ先に天宮や天都の魔を祓った。
天宮の無事を確認した後、深手を負ったジンイェン様は一旦兵と共に体を休ませるはずだった。
しかし、桃源郷に魔が入り込んでいると報告を受け、部隊を移動させた。
部隊が桃源郷に着いた時、既に焼け野原が広がっており、魔を祓った後、生き残っていたのは一族の長の弟のタオヘン様だけだった。
瀕死の彼が指さした壺の中から、ジンイェン様が助け出した少女がタオヤオ様だ。
桃の一族は皆美形だと聞いていたが、それもうなずける容姿の二人。
とはいえ、桃源郷が焼け野原になったことは天帝様も心痛め、瀕死のタオヘン様には天帝様自ら回復の術をかけた。
本来王族にしかかけない術だったが、桃の一族が消えてしまうことを避けるため、天帝様が決断なされたのだ。
これには裏の事情もあった。
どうやら魔が仙界を襲ってきたとき、何者かが桃源郷の結界の一部を破って魔をそちらへ誘導したのだ。
これは「囮」作戦として軍議で一案出たが、あまりに桃源郷を軽視したものだったために却下されたものだった。――なのに、結果、桃源郷も、桃の一族も、壊滅状態だ。
残った少女をどうするかと話し合ったが、桃の一族は桃源郷でしか生きられない。
手伝いする者を派遣しても、桃の精霊が嫌がってどうにもならなかった。
しかし、か弱く泣いて過ごしていた少女は精霊の手を借りながら三日目には桃の木の復興をし始める。
これにはみな驚くとともに、さすがは桃の一族だと感心した。
健気に桃源郷を復興しようと奮闘する少女を見てほだされない者などいないだろう。
数多の女性に見向きもしなかったジンイェン様も桃姫だけは特別で、怖がらせないようにとパンダ(熊猫)の面をかぶって自ら従者のふりをして彼女と接触し始めた。
それはもう暇ができればすぐに顔を見に行くほどの溺愛ぶり。
月日は経ち……桃姫に想いが通じたと戻ってきたジンイェン様はすぐに天帝様に請婚礼を申し出た。
異例の速さで許しを貰い、婚約の品々をそろえる。
そうして桃の一族の長タオヘン様に結婚の許しを貰ったのだ。
ジンイェン様が千年もの時間をかけてやっと手に入れた桃姫タオヤオ様。
逃げられるようなことがあったら……仙界は魔が押し寄せた時より恐ろしいことになるだろう。
今思えば、天帝様の妹君のお子を庇ったジンイェン様が、治癒術が効きにくいとはいえ、それを受けずに天の黄金で傷と毒を癒したのも、桃源郷の評判を上げるためだったのではないかと疑わしい。
この功績が認められ、桃源郷の仙桃への評価も改められたからだ。
いくら主君に癒しの霊力が効きにくいとはいえ、仙桃を食べて傷を癒すなど、まどろっこしいにもほどがある。
きっと全ては桃姫を貰い受けるため。
桃の一族が自分にとってどれだけ価値があるか証明みせてみたのだろう。
桃姫が思うよりジンイェン様の愛は深い。
どうか素直に主君を受け入れ、末永く癒していただきたいと願うばかりである。




