桃姫、求婚される
それからもジンイェン様が桃源郷を訪れることもなく。
天宮の侍女にも聞いてみようかと思ったが、いつもの侍女も来なくなってしまった。
沈む私に伯父様は遊んで来いと言う。
行くところもなくて天都に出るとジンイェン様の請婚礼の話でいっぱいだった。
「お相手は霜家のシュアンラン様よね」
「はあ~“天宮の白雪”と呼ばれる凛々しい女神……」
「いよいよジンイェン様がひとのものになるのね~!」
耳を塞ぎたくなる噂に……やはり伯父の言っていたことが真実なのだと思い知らされる。
「天宮の白雪……か。気晴らしになんてならなかったな」
いよいよエンが人型になることすら辛くなって、桃源郷に戻ると幻術薬を庭に埋めた……。
ちび龍の姿のままのエンを抱えて眠る。
エンは少し不服そうにしながらも、私の隣で丸まっていた。
***
さらに数日経って朝餉が終わり、お茶をのんでいるとリンリンと来客を知らせる鈴の音が響いた。
「こんな朝早く誰だろう」
立ち上がった伯父様について門のほうへ行くと、後ろに大勢連れたジンイェン様が立っていた。
もしかして恋人になれなかったことを謝りに来たのかもしれないと思った。
こんなときも……やっぱりジンイェン様は素敵だな。
出来ればこんなときくらいはひとりで来てほしかった。
重い気持ちのまま、ジンイェン様に近づこうと顔を上げると彼はこちらを見て大きな声を上げた。
「桃の一族の長、タオヘン。タオヤオとの婚姻を許していただきたい」
「へ……」
呆然と立ち尽くす伯父様。そのすぐ後ろで私もその光景に驚いた。
次から次へととんでもなく高価そうなものが運ばれてくる。
呆気にとられていると、伯父様の首がからくり人形のようにグギギと回って私を見た。
慌てて、なにも知らないと首を思い切り横に振る。
戦神様はお面をつけていない。
それは戦神ジンイェンとしてきたことを物語っていた。
「タオヤオ……私はあなたと共にいたい。結婚してください」
そして、大勢の目の前で求婚してきた。
「あ……あの」
まさか結婚を申し込まれるとは思ってもみなかった私の頭は大パニックだ。
諦めていたのに、恋人もすっ飛ばして……結婚。
どもる私の代わりに声をあげたのは伯父様だった。
「戦神ジンイェン様、タオヤオは桃の一族。この桃源郷を離れられません。まして身分も違い、とても添い遂げられるとは思えません」
伯父様の言葉にジンイェン様はからりと笑った。
「身分など障害にはなりません。私はこの桃源郷の境に個人の宮を立てるつもりです。広い訓練のできる場所を探していたのでちょうどいい。ですから環境は変わりません。宮の中で行き来すればいいのですから」
「桃源郷の……境に⁉」
伯父様の顔から目玉が飛び出てしまいそうである。
「私はもともと医術の霊力は効きにくいのです。仙桃があればとても頼もしい。それに、桃の一族をお守りするのに側に居るほうがいいでしょう」
「しかし……貴方様を桃源郷の側に住まわせるなど、天帝様がお許しになるとは思えません!」
ジンイェン様の提案に伯父様が冷や汗をかいて反論した。
しかしそれにもジンイェン様はにっこりと笑って巻物を広げた。
「天帝様から婚姻の許しを得てきました。その上で「桃姫を射止めよ」と応援もいただいております」
やりとりを見ていることしかできない私はただただジンイェン様を見つめていた。
彼は視線に気がつくと、私の側へと駆け寄り、手を包むように取る。
「タオヤオ……側にいさせてください。私と家族になってください」
家族……。
ジンイェン様は「家族」と言った。
その願いを口に出したこともないのに。
どうして……どうして彼はいつも私の本当に欲しいものを知っているのだろうか。
ズドン、と胸を打つ言葉に全ての感情が崩れ落ちてしまう。
「ず……ずるいです、ジンイェン様……そんなことを言われて、わ、私が断れるとでも……」
顔をあげるとそこには愛し気に私を見つめるジンイェン様。
「なにも心配は要りません。タオヤオは「はい」とだけ返事をしてくれればいいのですよ」
「は……い」
私が答えると伯父様が焦って前に出た。
「ダメだ! ダメだ! ヤオヤオ! ジンイェン様、この子は私の唯一血の繋がったの姪っ子なんだぞ! 見た目や興味本位だけで連れ去って行っていい娘じゃない! 今や桃の一族にとって大切な姫なんだ!」
それを聞いて声をあげたのは半歩下がって仕えていた腹心のリエフォンだった。
「桃の一族の当主……貴方が千年も眠っておられる間、桃源郷を守ってこられたのはジンイェン様である。我が主君がどれだけのことをしてきたか、貴殿ではおしはかれないであろう」
「え……」
この言葉に驚いたのは伯父様だけではない。
でも。
そう考えてみればジンさんは千年前からお得意様だった。
それこそ、まだ一人で上手く仙桃を実らせられなかった頃、それでも品を求めてくれたのは戦神様の炎煌宮だけだった。
「もしかして……初めから」
桃の実りが悪いと落ち込んでいた時には私を励まし、寒い年には大量の藁の差し入れもしてくれた。
「桃源郷のことを気にかけているのは、私だけではないよ」
私の頭の中を見透かしたようにジンイェン様が言う。
そうだ……天宮の侍女もなにかと親切だった。
アレコレと流行りを教えてくれたり、桃のお礼だと様々な品物も持ってきてくれた。
ずっと……助けてもらっていたのだ。
「伯父様……わ、私……一人で頑張ってきたかと……思っていたけど……違っていたみたい……です」
なんだか胸が熱くなって、涙がぽろぽろこぼれた。
でも、悲しいのではない。
嬉しいのだ。
「私は頑張っているタオヤオを愛おしく思ったのです。タオヘン、ここへ戻った時、桃の木が元気に育ち、貯えがあって驚いたのではないですか? タオヤオは自分は少ない小遣いで日々過ごし、娘らしい楽しみも知らずに、ずっと貴方の帰りを待っていたんです」
それを聞いて今度は伯父様の目から涙がこぼれた。
「そうだ……この娘はよくやってくれた」
「桃源郷の境に宮を作って、人を増やしましょう。桃の精霊はなかなか人を受け付けませんから手出しができませんでした。けれど、タオヤオと私が婚姻すれば、少なくとも屋敷の用事は他の者が手伝えます」
「……そうですね……今、この娘に私の世話までさせてしまっている。こんなに桃の一族を……タオヤオのことを想ってくださっていたのに、軽い気持ちのようなことを申してしまい、失礼いたしました。どうか……タオヤオを幸せにしてやってください」
「……承知しました」
あっという間にジンイェン様が伯父様を説得して、私は婚約者ができてしまった。
……ジンイェン様が私の婚約者……。
目まぐるしくことが進んで心が追いつかない。
「タオヤオ。準備に追われて遅くなりました。新しい宮ができるまでは通いますから安心してくださいね」
隣に立つジンイェン様……私は恥ずかしすぎて、顔を反らしてしまった。
まさか婚姻の承諾の用意をしてくるなんて誰が想像できるのか……。
ひとまず婚礼の荷を屋敷に入れることになって、私はジンイェン様と桃源郷を散歩することになった。
「あの……わ、私なんかと婚約して……良かったのですか?」
どうしても聞きたくて尋ねると、ジンイェン様は少し拗ねたよう表情になった。
「私の愛情はまだ伝わりませんか? それとも足りない?」
引き寄せられて、顔が近い。
以前の口づけの感触が蘇ってしまう。
「かわいいタオヤオ……私を受け入れてください」
「でも……きっと、ジンイェン様ならどんな女神でも喜んで嫁ぎます……よ?」
「それが貴方でなければなんの意味もない。私はなかなか一途なのです」
それが真実かどうかなんて、わかりきっていた。
エンのとき、ジンさんのとき……そしてジンイェン様の姿である今。
どのときも深い愛情を感じている。
「ジンイェン様が……好きです。愛しています。貴方の妻にしてください」
一気に言葉にしてぎゅっと目をつぶる。
すぐに唇に柔らかい感触がして……しばらくはその甘美な熱を分け合った。




