桃姫、正体を知る
「タオヤオ」
「わわ、エン!」
部屋に戻るとエンが人型になっていた。同じ屋敷で住んでいるのだから、いつ伯父様に見つかるかもしれないのだ。気をつけないと。
キョロキョロ廊下を確認して扉をきっちりとしめた。
話し声も気をつけないとね!
「なんだか嬉しそうだね」
「うん……あの、あのね、ジンさんが、伯父様が作った桃より私の桃のほうが好みだって言ってくれたの。嬉しくて」
「僕もタオヤオの桃が好きだよ」
「うん。ありがとう。伯父様が凄い人なのはわかっていたけれど、ちょっと悔しかったんだ。桃の精霊も今ではすっかり伯父様のほうばかり行ってしまうし」
「タオヤオが頑張った千年は消えないよ……」
エンがそんなことを言うなんて思わなくて、抱き着いてしまう。
「ううっ……」
「タオヤオ……もう、甘えてもいいんだよ」
とうとう涙腺が崩壊してしまう。
どうしていいか、わからないまま、桃源郷でひとり……。
ずっと……ずっと不安と戦ってきた。
ギュッとエンに抱き着くと頭をなでてくれる。
でも、まさかエンが甘えていいだなんて大人びたことを言うなんて。
まるで……。
そう……まるで。ジンさん……みたい。
思い当たってゆっくりと顔をあげると炎のような瞳と目が合った。
この揺らめき……模倣したエンにはあった?
「タオヤオ……どうしたの? そんなにジッと見つめるなら口づけしちゃうよ?」
おどけて言うエン。
幻術の薬は減っていた?
「いいよ」
「え?」
両手で呆けた顔のエンを引き寄せる。
これがエンなら……あんなにしたかった唇の口づけを喜んでするだろう。
確認するために顔を寄せる。
エンはふわりと笑った。
「バレてしまいましたね」
あ、ッと思った瞬間、唇が重なった。
あれ……?
これは、エン?
「んっ……」
唇が合わさると、口の中に熱い舌が差し入れられる。
いつの間にか私の後頭部に回った手にしっかりと固定されてしまった。
私……今……誰と口づけをしているの……?
薄目を開けると、愛おしそうな顔の……ジンイェン……様。
どうしよう。
労わるように唇に何度もふれる唇。
「かわいい……タオヤオ」
低く……優しい声。
かわいいだなんて……。
心臓が破れそうに早鐘を打つ。感情が高ぶってなにも考えられない。
大好きな……戦神様。
求めていもいいのだろうか。
ちっぽけな私が……この美しい人を。
「お慕いしています……ジンイェン……様」
そう伝えるのが精一杯。
後は恥ずかしくなってぎゅっとその胸に熱くなった顔を埋めた。
頭を撫でられながら落ち着いてくると少し悔しくなって聞いた。
「いつから……入れ替わっていたのですか?」
「……私が毒矢を受けて泊めてもらった次の日から……時々」
「ひいっ……」
そんな前から入れ替わっていたなんて。だって、膝枕とか……頬に口づけとか……!
「タオヤオがなかなか慣れてくれないから」
「ひどいです」
「ごめんね」
「エンはどうしたのですか?」
「兄龍と一緒に修行させている」
聞くと、入れ替わっている間は連れてきた兄龍と鍛錬させていたらしい。
それで時々疲れて切って寝ていたのか……と腑に落ちた。
色々と恥ずかしいことをしたと思い起こしていると、ジンイェン様が私の顔を覗きこんできた。
「嫌いになりました?」
ほんとうにずるくて……優しいひと。
「……好きです……けれど」
「私も好きですよ」
不貞腐れて答えると、ちゅっと額に口づけをされた。
「も、ダメです!」
離れようとバタバタすると、その腕に抱え込まれてしまう。
「ほらほら、騒ぐとタオヘンが不審に思ってきてしまいます」
ジンイェン様……。
今さら避けるなんておかしい。
ああ……どうしよう。
私が頭をかかえているのに、ごろんと寝転がったジンイェン様はいつものように腕を差し出した。
知ってしまった今、腕枕で眠れるわけがない!
「……未婚の男女がこんなことをしてはいけません」
私が諭すと、ジンイェン様はパッと起き上がって私を見つめた。
「そうですね……タオヘンに許しを請いましょう。急いで用意いたしますね。エンをお返しします」
「用意……?」
「ではタオヤオ……寂しくなったらエンを使ってください」
ちゅっと軽くまた唇に口づけされて、面食らって部屋床にへたり込んでしまう。
しばらくすると入れ替わり戻ってきたちび龍のエンがスリスリと私の体に体を擦りつけてきた。
私は幻術薬を与えてさっそくエンを人型にした。
「あ、ああーっ」
瞳の炎の揺らめきがない……。ほとんど毎晩入れ替わっていたじゃない……。
今まで気づけなかったなんて。
あれも、これも恥ずかしいことをしてしまっている。
「あなた、ジンイェン様と入れ替わっていたのね」
恨めしく思いながらエンに問う。エンはジンイェン様の姿で口を尖らせた。
「頼まれたんだ。それに修行しないとタオヤオが守れないって聞いたから」
ついつい責めるようないい方をしてしまったと反省した。エンは悪くない。
まさか、……戦神様がこんなことをするなんて。
でも……お面をつけさせていた私が悪いのかな。
「エン……私、唇で口づけしてしまったわ」
両手で顔を押さえていると、エンはケロッとした顔で言った。
「それじゃあ、ジンイェン様とは恋人だね」
その日はエンがちび龍の姿に戻ってから……眠った。
私はなんども、なんども……口づけを思い出して指で唇をなぞった。




