桃姫、満月を迎える
いよいよ、満月を迎える。
伯父様が目を覚ます日、朝からもう一度屋敷の隅々までピカピカに磨いた。
桃の精霊たちも張り切って飛び回っている。
やっぱり、第一声は「おかえりなさい」になるのだろうか。
屋敷で準備して待つように言われているので、ソワソワとしながら待った。
エンは興味がないのかいつもと変わらず足元で丸まっていた。
空に月が上がり、ぼんやりと辺りを照らし出すと、リンリンと訪問者の訪れを知らす鈴の音が聞こえる。
深呼吸して気持ちを整えていると、出荷口のほうに駕籠が到着した。
「こんばんは。タオヤオ、タオヘイが戻ってきましたよ」
一緒に来てくれたのはジンさんだった。
その姿に勇気をもらって、私はじっと伯父様が駕籠から出てくるのを見守った。
担架に乗せられて出てきた伯父は、私と同じ金色に赤い目をしていた。
やつれているけれど、しっかりと上半身を起こして座っている。
一度、担架が私の目の前で止まった。
「タオヤオ……戻ったよ」
伯父様はそう私に声をかけた。
「お……伯父様」
そうして震える手で、私を手を軽く包んだ。
「お、奥の部屋に運んでください」
私が頼むと伯父は奥の部屋へ運ばれる。
――伯父様が手を握ってくれた。
安堵と感動で胸が熱い。
当たり前だけれど、父とよく似ている。
追いかけるように奥の部屋に運ばれた伯父のところへ行き、肩に上着をかけると、いたわるようにその手をまた重ねてくれた。
「天帝様から要望があれば可能な限り対処するとお言葉を頂いています。その際はお申し付けください。……二人で話したいこともあるでしょうから、本日、私どもは退散いたします」
その言葉に顔を向けるとジンさんの口元が柔らかく微笑んでいた。
ずっと私たちを見守ってくれていたのだ。
「ありがとうございます」
ジンさんと伯父を連れてきてくれた人たちに頭を深く下げると、「また来ます」と言ってくださった。
伯父様と二人きりになった室内。
私は急いで切った黄金の仙桃を差し出した。
伯父様はそれを受け取ると黙々と眉間に皺を寄せてそれを食した。
痛みがあるようで時々ぐっと拳を握って耐えている。
しばらくして痛みが通り過ぎると、盆をゆっくりと横に置いた。
「みながどうなったか……聞いたよ。タオヤオ……」
そうして真っ直ぐに私を見てそう言った。
私は動くことができず、なにかを言おうにも唇が震えていた。
ゆっくりと伸びてきた伯父様の腕が私を引き寄せた。抱きしめられて顔が見えなくなったけれど、彼が泣いているのがわかる。
「よく生きていてくれた……よく……生きていて……」
その声に私の涙腺も崩壊する。
私こそ、伯父様が生き残ってくれていることに希望を持っていた。
怒られるなんて……杞憂だった。
労わり合える人がここに……いたのだ。
「おかえりなさい……伯父様……お帰りなさい」
それからほどなくして伯父様は回復に向かった。
***
「ヤオヤオ(夭夭)~! どうしたんだ、この大金は!」
「えへへ。仙桃を売ったお金だよ。伯父様が戻ってきたときに困らないように貯めておいたの!」
「ヤオヤオ~! 仙桃も最高の味だ!」
「桃の精霊たちと毎日頑張ったよ」
幼少期の愛称で呼ばれて、私の頬も緩む。
伯父様はがっかりするどころか、私のしたことをいちいち大袈裟に褒めてくれた。
「私の姪っ子はなんて凄い子なんだ。かわいいだけじゃなくて、こんなにも優秀だなんて! さすがはタオジン(桃瑾)とヤオジエン(瑶堅)の娘だ! 我が一族の誇りだ!」
毎日、こう……褒めてくれるとは思っていなかったけれど。
私の記憶は曖昧だったので、こんな人だったのかと驚いた。
「飯だって、誰に習ったんだ! こんなに料理上手で、やりくり上手だったとは聞いてないぞ! 私は猛烈に感動している!」
そしていつも最後は涙を流している。
そんなタオヘン伯父様だが、やっぱり桃の精たちにとても好かれていて、そして、尊敬されている。
私がそうしてほしいと思って頼んでも、のらりくらりとかわされることも、伯父様が頼むと二つ返事でやってくれるのだ。
やっぱり……この人が間違いなく桃源郷の主人なんだな。
そう思うと肩の荷が下りたと同時に、少し、羨ましい気にもなった。
格別に仙桃の味も上がって……尊敬しかない。
「で、どうしてここに戦神様がおられるのだ?」
伯父様がコソコソと耳打ちしてくる。
そう……あれから心配してか、ジンさんが日を置かずにやってきてくれた。
そうして可能な時は一緒に食卓を囲んでくれるのである。
「伯父様、熊猫のお面をつけておられるときは友人のジンさんなのです」
私がそう返すと「熊猫……」とつぶやきながら伯父様が青い顔をしている。
「そうです。ここにいる時はジンです。よろしくお願いいたします」
「わわわ……は、はい」
堂々と座るジンさんに伯父様はタジタジだ。
伯父様が戻ってきたら疎遠になると思っていたのに、ジンさんはむしろ心配して、毎日見舞いに来てくれる。
なんと優しいことか。
そして……もう、ごまかしようもなく大好きである。
お面はつけていてほしいし、こうやって一緒に居られるだけで十分なのだけれど。
「タオヤオ、この海老の炒め物はいい味です」
「お口に合いましたか? ジンさんが海老がお好きだと聞いて作ったので嬉しいです」
いろいろしてもらってなにも返せないでいると、ジンさんは私と食事をすることでいいと言ってくれた。
せめて好物を並べて、おもてなしをするのが楽しい。
「ええと……タオヤオと……ジン様は……お友達なのですね……?」
恐る恐る伯父様が確認してくる。
私が照れ笑いをしていると、「今はとても仲のいいお友達です」とジンさんが笑顔でそう答えていた。
「仙桃をお持ちください。とっても美味しくなったでしょう?」
帰り際、ジンさんに仙桃を渡す。
伯父様が戻ってきてからの仙桃は格別に美味だ。天宮と炎煌宮以外とも取引を開始する話も来ている。
しかしそれを受け取ったジンさんは少しかがんで私の耳元でささやいた。
「私はタオヤオが作った少し酸味のある桃が大好きなのです。次はそれを詰めてくださいね」
そしてジンさんはさっと背中を見せて門を出て行く。
「どうしよう……」
今、泣きたいくらい嬉しい。




