〈ジンイェン視点〉
桃の一族とは。
その昔桃の精霊に恋をした神がその子どもを産んだことが始まりの一族だと言い伝えられている。
神としての霊力が極端に少なく、限りなく人間に近い。もしかすると修行して仙人になった人間より霊力は少ないかもしれない。
しかし、その代わり桃の精霊に好かれるという特性を持っている。
桃の一族は仙桃を育てることに特化し、桃源郷を守ってきた。
仙桃は仙界において特別な果物だ。
その実を食せば病や傷を癒し、霊力を高める。中でも黄金の仙桃というものがあり、その実はどんな危機的状況でも生きてさえいれば助かるという効能がある。ただし、条件がそろわなければ実を食すことができず、治癒の代償として激痛に耐えなければならない……。
そんな貴重な実だが、かけがえもないほど仙界で「仙桃」が重要かと言われればそうとも限らない。
同じ効果の治癒の術もあれば、薬もある。むしろそちらのほうが医療は発展していた。
そのため仙桃を軽視する家門があるのも事実だ。
とくに治癒をあつかう薬の家門の中には桃の一族を軽視しているものがある。
私は戦神として生まれた。
誕生した時、屋敷に大きな光の柱が立ったという。
そうやって誕生した私は誰よりも霊力が強かった。
我が一族は歓喜したが、霊力が強かった弊害で他者からの術や薬が効かない体だった。
そこで役立ったのが仙桃である。
それに鍛錬向上に効果があるとわかってからは、なにかと両親に仙桃を与えられて育った。
天帝様に特別可愛かわいがられていた私は、優先的に仙桃も分けてもらえる約束をしてもらっていた。
千年前、仙界を魔が襲った。
魔とは、人の世の悪意から生まれ、人間界から溢れ出てくる。
仙界まで到達するとあらゆるものを蝕んでしまう存在だ。実態はなく、粘り気のある黒い霧のようなもので、霊力が低い者が触れるとそこが壊死することもある。
疫病や戦争が起きる時代に湧き出て、仙界を脅かす厄介なもの。だから時々人間界に行って戦いの種を摘んだり、疫病が流行らないよう助言をすることもある。
魔を祓うには特別にあつらえた天の剣を使う。見る人は舞を舞うようだと言う。
人の世も神の仙界も。争いは絶えない。
戦神が生れるのは必然なのだろう。
その年、人間界で溢れた魔が仙界に到達し、私は天帝様を守るため軍を率いて魔と対峙した。
想像していたより魔の量が多く、苦戦を強いられる。
天宮のある天都から魔を消滅させたときには私の体はボロボロだった。
しかし一旦身を休めようとした時、耳に入ってきたのは桃源郷が魔に襲われているとの報告だった。
そちらの結界は確認して綻びはなかったはずなのに、魔が入り込んだという。急いで駆けつけると、美しい桃源郷は見る影もない焼け野原になっていた。
「くそっ……」
はびこっていた魔を剣で一掃して、桃の木を焼いている火を消して回る。
ただでさえ霊力の少ない桃の一族はみな倒れていた。
「誰か! 誰かいないか!」
声を上げても返事はない。
いよいよ誰も残っていないのかと歩いていると、不自然に桃の精霊が集まっている場所があった。
「人がいるのか?」
私が行くと一斉に桃の精霊が飛びのいた。
そこには息も絶え絶えな金色の髪の男がいた。
「大丈夫か、意識はあるか?」
私が声をかけると男は一点を指さしている。
「誰か、この者を医療班にみせろ!」
男を部下に任せると、私は男が差した方向へ行った。
屋敷の前にはすで茣蓙をかけられた桃一族の亡骸。
中は魔が襲った後のようで、あちらこちらに腐朽した跡がある。
その奥に誘うように、ひらり……ひらりと桃の花ビラが舞う。
つられて歩いて行くと、大きな壺の前に出た。
「これは……?」
蓋を開けて中を見るとそこには見事な金の髪をした少女がいる。
抜けるような白い肌。桃のような頬。
あどけないその面持ちは、朝霧に溶ける光のように頼りなく感じた。
「私の声が聞こえますか?」
生きているのか不安になって声をかけると、気がついたのかゆっくりと少女は瞼を上げた。
赤い瞳がキラキラと光りを帯びて、私の姿を捉えていた。
「さあ、手を伸ばして」
私が腕を伸ばすと、少女は素直に手を伸ばした。
ゆっくりと体を引き上げると、そのまま腕に抱き上げる。
恐らくここに隠された桃の一族の生き残り。
「お母様に入っていてって言われたの」
無邪気にそんなことを私に言う少女だったが、私の肩越しに見えた光景を見ると態度が一転した。
「お、下ろして! 下してください!」
転げ落ちるように私の腕から下りた彼女は近くにあった桃の一族の亡骸に駆け寄った。
「お父様! お母様!」
少女が茣蓙をめくって叫ぶ。
魔に侵食された体は無残にも紫色を帯びていた。
寝かされた男女は彼女の両親だったのだ。
「いや、いやだぁ……」
辺りを見回した彼女の悲痛な声がこだまする。
医療班の者が来て彼女をなだめようとしたが、暴れて手がつけられなかった。
「ああ、ああああっ、離して! お母様! お父様!」
泣きじゃくる少女に近づいて、抱きかかえる。
私の胸に小さな拳が飛んできてが、甘んじてそれを受け止めた。
壺から出たら世界が一変していたのだ、錯乱しても無理はない。
「必ず……貴方を助けます」
落ち着くまで付き合うと、泣き疲れた彼女は気を失うように眠った。
医療班に引き渡すと、幸い彼女は外傷もなく、すぐに元気になったと聞く。
が、男のほうは瀕死だった。
桃の一族が二人しか生き残れなかったと知った天帝様はそれを嘆いて、特別に男に蘇生に近い術をかけ、千年かけて癒すことになった。
体質のこともあって、桃源郷のことは私が引き受け管理する。
少女のほうは元気だったとはいえ、桃源郷から離すと日に日に弱っていくので、桃源郷に返してやらねばならなかった。
屋敷を立て直したあと、少女を桃源郷に戻す。同時に世話役を手配したが、侍女たちはすぐに天宮に戻ってきた。
「ジンイェン様。娘は元気です。なんとか粘ってみましたが、桃の精霊が私どもを追い出すのです」
髪を振り乱した侍女たちが言う。どうやらそうとう嫌がらせを受けたようだった。
桃の精霊たちは桃の一族を守るために必死なのだろう。そのあとも別の侍女を数人送ってみたが、みな桃の精霊たちに意地悪をされて戻ってきてしまった。
「まいったな」
どうやって少女を支援しようかと悩んでいると、意外なことが起きた。
彼女……タオヤオは桃の精霊と共に桃源郷の桃の木を修復し始めたのだ。
焼けてしまった木を片付けて、残っている木に堆肥を与える。
毎日朝から晩まで。来る日も来る日も。休むことなく。
そんな彼女に興味を持って、直接自分で見に行くことにした。
「ジンイェン様、お待ちを。貴方様が行ってはきっと桃姫は委縮してしまうでしょう」
そんな忠告と共に、自らも桃源郷の様子を見守りたいと立候補したのは、天宮の北衛軍の副将、霜家のシュアンランだった。
彼女は瀕死だった桃の一族、タオヘンの恋人だったという。
ただ一人の肉親になった姪っ子のタオヤオを気にかけているのだ。
シュアンランの助言で私は熊猫の面をつけて炎煌宮の侍従のふりをし、シュアンランは天宮の侍女に扮した。
タオヤオが警戒しなかったのだから、熊猫は正解だった。
他の同じ年頃の少女たちは遊んでいるだろう日々を彼女は黙々と桃の木を育てることに費やしていた。
ほどなくして桃の花が満開になり、桃が生り始める。
彼女はそれを箱に詰めると売りに出そうとしていた。
慌てて仙桃を買い付ける話をすると、彼女はせっせと仙桃を箱に詰める。
始めは小ぶりで不格好だった桃も、次第に立派になって、味も良くなっていった。
勤勉で、働き者。
見た目は儚いのに、芯の通った頑張り屋だ。
ずっと見守っているうちに……いや、初めからかもしれない。
あちこち奮闘しながら働くタオヤオが可愛くて仕方なく思えた。
そのうち彼女は成人し、桃源郷の外に出られる歳になった。
その頃にはずいぶん彼女のことを気にかけていた私は気が気じゃなかった。
外の世界を知って、変わってしまったらどうしようと思ったのだ。
けれど、桃のこと以外は引っ込み思案なのか、買い物すら彼女が桃源郷を出ることはほとんどなかった。
友達として何名が送ってみたが、気の合う娘はいなかったようで、やっぱり彼女たちも桃の精霊に意地悪されてしまって帰ってきた。
唯一会話を許されているのは天宮の侍女に扮していたシュアンランだが、彼女だって、数分話すと髪を引っ張られるらしい。
「まったく、見た目は可愛いのにひどい精霊ですよ。こないだタオヤオさんと話をしたのですが……やはり一人では寂しいようです。宮中で龍を飼うことが流行っている話をしたら、興味を持っておられましたよ」
そんなことを教えられて私はタオヤオに龍を贈ることにした。
聞いていたとおりに私の龍の弟分を譲ると言うとタオヤオは飛び跳ねて喜んだ。
「し、神貨を払わせてください!」
珍しく声を張り上げて奥の部屋から小銭の入った瓶を持ってくるタオヤオ。それが彼女の持っているすべてだと見ただけでわかった。
その姿が可愛すぎて私は頬が緩みっぱなしだ。
しかし……どうしてこんな小銭ばかり集めているのだろう。
仙桃の対価は天宮からも私の炎煌宮からもたっぷりと支払われているはずだ。
贅沢をしても、余るくらいなのに。
不思議に思っているとき、彼女が幻術薬でエンを人型にしていることを知った。
私そっくりのエンを可愛がっている彼女……。
なんだこれ……かわいすぎるではないか。
偽者ではなく、私にもあんなふうに笑いかけてほしいものだ。
そんな折、天宮に遊びに来られていた天帝様の妹君の子が刺客に狙われ、とっさに庇ったことで私は肩に毒矢を受けてしまった。
魔を倒して千年。
平和かと思えば、今度は権力争いとはため息しか出ない。
神は子がなかなか恵まれない。
天帝様の子は姫が五人でまだ王子がいない。天帝様自身、もう子供はあきらめ気味なので、妹君の子が養子になるのを阻止しようと必死なものがいるのだ。
私は特別な黄金の仙桃を貰いにタオヤオの屋敷を訪ねた。
戦神であることは黙っていたのだが、タオヤオはすぐに私が「ジン」であることに気がついた。とうとう正体がバレたのである。
しかし、私の姿のエンは可愛がるのに、戦神である私は避けるタオヤオ。
納得できない。
ようやく面をつけ直すとあからさまに彼女が安心した表情になった。
ジンとして少し、距離が近づいたと思うのに、離れていく。
いたずら心が湧いた私はエンと入れ替わってみることにした。
黄金の仙桃を食べた後、門のところでエンを捕まえたのだ。
「やめてよ! 僕はタオヤオを守るんだから!」
「そうだな、守るのだったら、もう少し強くならないと。さあ、お前の兄に鍛えてもらえ」
入れ替わっている間、エンは待たせておいた私の龍に稽古をつけさせることにする。
さっそく彼女のところへ行くと、彼女が小銭でエンの代金を支払ったわけがわかった。
「仙桃を売ったお金は私の物じゃないの。手間賃だけで十分私とエンは食べていけるわ」
なんと、彼女は仙桃の代金の端数しか自分の生活費に充ててなかったのだ。
着古した着物。
質素な食事。
何度も治したあとのある靴。
なんてことだ。もう少し生活面をちゃんと見てやっておけばよかった。
欲しいものや足りないものを聞いて贈り物をする。
それだって恐縮ばかりしてあまり使っていないようだった。
胸が締め付けられて、かわいいタオヤオから目が離せない。
そして……。
いきなりタオヤオから貰った頬への口づけ。
驚いて心臓が飛び出そうだった。
柔らかいその感触が私の脳内を占領する。
いつもしていると寝床にあげられて、腕にタオヤオの頭がのった時は平静を装うのに必死だった。
エン……お前は毎晩こんなご褒美をもらっていたのか。
タオヤオへの愛おしさは募るばかり。
彼女を誰にも渡したくない。
もうすぐ、眠っていた桃一族の長となるタオヘンが目覚める。
すぐにタオヤオに結婚を申し込もう。
それまでなんとか彼女に私に慣れてもらわなければならない。
寂しがりなのに、強くて……優しくて……底なしにかわいい。
今日もエンと代わってタオヤオを寝かせる。
そっとその額に口づけを施す。
スヤスヤと眠る彼女をこの先もこうやって守っていきたいと思った。




