桃姫、自覚する
「いよいよ明日の満月にタオヘン伯父様が戻ってくるんだわ」
天宮の守られた場所で眠っていたタオヘン伯父様の術が解ける。
すぐにこの屋敷に運ばれ、黄金の仙桃を与える段取りだ。
記憶では私と同じ金色の髪に赤い瞳。
しっかり者だったように思えるが、そこは千年前の幼い頃の記憶。そこまで性格は覚えていない。
その夜は眠れそうになく、エンを幻術薬で人型に変えた。
寝台の上でエンは私の手を取った。
「軟膏はつけた?」
「いいよ、自分でやるから」
ジンさんにもらった軟膏を目の前で塗ってから、エンがやると言って聞かない。
背中を向けると後ろから手が伸びてくる。
「タオヤオはちょっぴりしか使わないじゃない」
「だって……たくさん使ってしまったらすぐになくなってしまうでしょう? 大切にしてるの」
「気に入ったのならまた欲しいって言えばいいじゃない。タオヤオの手荒れが治る方がいいよ。いっそのこと特別な仙桃を食べちゃえばいいのに」
「あのね、エン。軟膏はそんなに気安くもらえるものじゃないのよ。それに特別な仙桃はほんとうに必要な人のためにあるの。私は痛いのは嫌よ」
「そっか。治すのにとっても痛いんだった。じゃあ、普通においしい仙桃を食べる方がいいね」
「うん」
ようやく納得したエンが私の手のひらに軟膏を塗り終わる。
「あ……僕、ちょっとお茶でも入れてくる」
そして思いついたように寝所を出て行った。
――気まぐれなんだから。
せっかくジンさんにもらった軟膏だもの。
少しでも長く持っていたい。
しばらくするとエンがお茶を持って戻ってきた。
薬草の香りが優しいお茶だ。
「ありがとう、エン」
お礼を言うと、エンは頬に口づけをしてくる。
違うとわかっていても、戦神様を意識してしまってドキドキした。
もしも……本物の戦神様にこんなことをされたら……魂が抜けてしまうかもしれない。
「眠れそう?」
ふうふうとお茶を飲んでいるとエンが心配そうにしている。
「正直言うと……不安でいっぱい。エン……」
「なに?」
「……抱っこしてくれる?」
やや間があってから、エンが私を腕の中に入れてくれた。
私は温もりを求めて頬を胸に摺り寄せる。
「明日の夜……伯父様が屋敷に戻ってきたら……当主の部屋に通して……まずは黄金の仙桃を食べさせないと」
「タオヤオが育てた仙桃を食べたらすぐに元気になるよ」
エンは励ますように私の額に口づけをくれる。
顔を向けると、じっと私を見ていた。
伯父様が戻ってきたら……しばらくはそちらにつきっきりになるに違いない。
いつも優しくしてくれる……美しい戦神様。
両手を伸ばしてエンの頬を挟む。
「どうしたの?」
「忙しくなったら、ジンさんと……会えなくなるのかな」
「……タオヤオはどうしたいの?」
「わからない……。ジンさんに会うとドキドキするから……でも、会えないのは寂しくて、そう思うと辛い」
「僕がいるのに寂しい?」
そう言われて私はエンの顔を見つめた。
「エンを見ると思い出して……胸が苦しい。私……ジンさんが好きなのかな」
「僕が一番でしょう?」
「エンとは違った……一番かな」
私がそう言うと、エンは親指で私の唇をなぞった。
「ジンとはここで口づけできるの?」
エンの言葉に想像する。
ジンさん……戦神様と口づけ……それはエンとするような家族の愛情表現ではない。
胸が高鳴る。そんなことは……あり得ないのにでも……。
「ジンさんが許してくれるなら……できると思う」
答えてしまってハッとする。こんなこと言ったらエンが拗ねてしまうに決まっているのに。
けれど、そのまま抱き寄せられてしまってエンの顔が見られない。
ぎゅう、とエンの腕に力が入る。怒ってはいないようだった。
「タオヤオ……きっと戦神は会いにくるよ……」
私を慰めるためにエンがそう言ったのかもしれない。
でも。
私はその言葉を信じたいと思った。




