第9章 金と影響力
変化は、ある日を境に“目に見える形”で現れた。
それは数字ではない。
視聴者数でも、登録者数でもない。
――現実だった。
「……お嬢様、こちらを」
朝。
ミレイユが差し出した一通の書簡。
上質な紙。
丁寧な封蝋。
一目で分かる。
ただの挨拶状ではない。
「どなたからかしら」
エレノアは受け取り、封を切る。
中に書かれていたのは――
「……まあ」
思わず声が漏れる。
「商会、ですの?」
「はい。ミラベル商会、と記されております」
ミレイユが補足する。
王都でも名の知れた大商会。
資金力、流通、影響力。
どれを取っても一流。
「……何のご用件でしょう」
読み進める。
内容は簡潔。
――貴殿の配信における影響力を鑑み、提携を打診したい。
エレノアは手紙をゆっくりと閉じた。
(提携、ですか)
つまり。
“価値がある”と判断された。
それも、商人によって。
「お嬢様……それは」
ミレイユが戸惑い気味に口を開く。
「ええ。そういうことですわね」
エレノアは頷く。
「私の配信が、“利益を生む可能性がある”と見られております」
静かに、しかしはっきりと。
その言葉の意味を噛みしめる。
(これは……)
単なる娯楽ではない。
経済。
動き始めている。
その日の配信。
エレノアは、ほんの少しだけ意識を変えていた。
「配信、開始」
光が灯る。
視聴者数:2200
「ごきげんよう皆様。本日もお越しいただき、ありがとうございます」
いつも通りの挨拶。
だが、内側では一つの仮説を試そうとしている。
コメントが流れる。
『今日も来た』
『待機してた』
視聴者数:2500
(これだけの人が、同時に見ている)
その事実。
そこに――
「本日は少し、普段とは違うお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
コメントがざわつく。
『なに?』
『雑談?』
「ええ、簡単なものですわ」
エレノアは穏やかに微笑む。
「最近、とある紅茶をいただきまして」
ミレイユが淹れてくれたカップに視線を向ける。
「とても香りが良く、気に入っておりますの」
特に強調はしない。
ただ、自然に言葉を添える。
「もしご興味がございましたら、後ほど名称をお伝えいたしますわね」
それだけ。
それ以上は言わない。
だが――
コメントの流れが変わる。
『どこの?』
『気になる』
『教えて』
視聴者数:2800
エレノアはそれを見て、静かに理解する。
(やはり……)
言葉一つで、興味が動く。
それはつまり。
選択を動かせるということ。
配信後。
「お嬢様……先ほどのお話ですが」
ミレイユがやや興奮気味に報告する。
「例の紅茶、すでに品切れになっているようです」
「……」
エレノアは一瞬、言葉を失う。
「本当ですの?」
「はい。商会の在庫が、ほぼ消えたと」
静寂。
数秒。
そして。
「……まあ」
小さく笑みがこぼれる。
(これは……予想以上ですわね)
ただ名前を出しただけ。
それだけで。
商品が消える。
翌日。
再び届く書簡。
今度は一通ではない。
三通。
五通。
すべて、商会から。
内容はほぼ同じ。
――提携の打診。
エレノアはそれらを机に並べる。
静かに見下ろす。
(選ばれる側、ではなく)
(選ぶ側、ですのね)
その立場の変化。
かつては王家に選ばれる存在だった。
だが今は違う。
自らの価値で、相手を選ぶ。
その夜。
配信前。
エレノアは水晶に手を触れながら、ゆっくりと目を閉じる。
(この力は……)
ただの人気ではない。
ただの娯楽でもない。
人を動かす力。
金を動かす力。
そして――
世界を動かしうる力。
「……面白くなってまいりましたわね」
小さく呟く。
その声には、かつての令嬢としての静けさと、
そして今、新たに芽生えた“野心”が混ざっていた。
一方その頃。
王城。
アルベルト・クラウディウスは、一枚の報告書を見つめていた。
そこに記されている名。
――ルナ・ルミナス。
「……馬鹿な」
小さく呟く。
数字。
影響力。
経済への波及。
どれも、無視できる規模ではない。
そして。
その正体を、彼は知っている。
「……エレノア」
かつて婚約者だった少女の名を、静かに呼ぶ。
その声には、初めて――
迷いが混じっていた。




