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第10章 交渉と価値


王都の中心。


石畳の通りを抜けた先にある、重厚な建物。

ミラベル商会本館。


その一室で、エレノアは静かに椅子へ腰掛けていた。


磨き上げられた机。

壁に飾られた装飾。

そして向かいに座る男。


「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」


丁寧に頭を下げるのは、商会の代表――ダリウス・ミラベル。


柔和な笑みを浮かべているが、その目は鋭い。


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


エレノアもまた、優雅に一礼する。


外から見れば、ただの貴族令嬢と商人の会談。


だが実際には――


互いに、相手の“価値”を測っている場だった。


「単刀直入に申し上げます」


ダリウスが口を開く。


「ルナ・ルミナス様の影響力は、すでに無視できる規模ではありません」


率直。


遠回しな言い方はしない。


「貴女様のお言葉一つで、商品が動く」


「市場が動く」


「人の関心が動く」


一つ一つ、言葉を区切る。


その重みを強調するように。


「我々は、その力と提携したいと考えております」


静寂。


エレノアはすぐには答えない。


ゆっくりとカップに手を伸ばし、紅茶を一口。


その所作は、完全に“主導権を握る者”のものだった。


(さて……)


内心で、思考を巡らせる。


提携。


それは魅力的な提案。

だが同時に、危険でもある。


一度組めば、自由は制限される可能性がある。


(私はまだ、“自由”を失うわけにはいきませんわ)


配信という場は、何よりも“自分の意思”が重要。


それを縛られるのは、本末転倒。


エレノアはゆっくりと顔を上げる。


「……興味深いお話ですわね」


まずは肯定。


だが――


「ですが、確認させていただきたいことがございます」


その声は穏やかで、しかし鋭い。


ダリウスの目がわずかに細まる。


「この提携において」


エレノアは続ける。


「私の発言や配信内容に、制限はございますの?」


核心。


ダリウスは一瞬だけ沈黙する。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「基本的には、ございません」


“基本的には”。


その言葉に、エレノアはわずかに反応する。


「ただし、あまりにも我々の利益を損なう内容については……」


「調整をお願いする場合もございます」


予想通り。


完全な自由は認めない。


だがそれは当然。


商人である以上、利益は絶対。


エレノアは軽く目を伏せる。


(つまり――)


主導権をどこまで握れるか。


そこが交渉の要。


「では」


再び顔を上げる。


「条件を提示させていただいてもよろしいでしょうか」


ダリウスの表情がわずかに変わる。


来た。


その空気。


「第一に」


エレノアは静かに指を立てる。


「配信内容への干渉は、一切認めません」


はっきりと。


一歩も引かない。


「紹介する商品も、私が“良い”と判断したもののみ」


「強制は不可」


言葉は柔らかい。


だが内容は、かなり強い。


ダリウスの眉がわずかに動く。


「第二に」


続ける。


「報酬は固定ではなく、成果に応じた割合といたします」


「売上の一定比率」


「透明性の確保」


具体的。


そして合理的。


単なる令嬢ではない。


理解している。


この場のルールを。


「そして――第三に」


少しだけ間を置く。


「私は、単なる広告塔になるつもりはありませんの」


その言葉に、空気が変わる。


「この“配信”という文化そのものを広げること」


「それが、最終的な目的です」


ダリウスはじっとエレノアを見つめる。


その瞳の奥に、計算と興味が混ざる。


静寂。


数秒。


やがて――


「……なるほど」


ダリウスは小さく笑った。


「想像以上でございました」


その声には、明確な評価が含まれている。


「正直に申し上げて、ここまで明確な条件を提示されるとは思っておりませんでした」


エレノアは何も言わない。


ただ静かに、次の言葉を待つ。


「よろしいでしょう」


ダリウスが頷く。


「その条件、概ね受け入れます」


ミレイユが隣で小さく息を呑む。


(……通りましたのね)


エレノアは内心で静かに頷く。


だが表情は変えない。


「ただし」


ダリウスが指を立てる。


「一点だけ」


「我々もまた、貴女様の“価値”を最大化するために動きます」


「そのための提案は、させていただきます」


対等な条件。


エレノアは軽く微笑んだ。


「それは、歓迎いたしますわ」


交渉は成立した。


だがそれは終わりではない。


むしろ――始まり。


屋敷へ戻る馬車の中。


ミレイユが興奮を隠せない様子で口を開く。


「お嬢様……本当に、あのような交渉を」


「ええ」


エレノアは窓の外を見つめながら答える。


「当然のことを申し上げただけですわ」


その声は、どこまでも冷静。


だが――


その瞳には、はっきりとした光が宿っていた。


(これで、土台は整いましたわ)


資金。

流通。

影響力。


すべてが繋がり始めている。


夜。


配信の準備をしながら、エレノアは小さく呟く。


「さて……次は、どこまで広がるかしら」


その言葉には、かつての令嬢にはなかった響きがあった。


それは――


未来を“与えられるもの”ではなく、“掴みに行くもの”として捉える者の声。


そして。


王城では。


アルベルトが、新たな決断を下そうとしていた。














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