第11章 王子の焦りと“聖女”
王城の一室。
重厚な扉に守られたその部屋には、張り詰めた空気が漂っていた。
机の上に広げられた報告書。
その中心に記された名。
――ルナ・ルミナス。
アルベルト・クラウディウスは、それを睨みつけるように見つめている。
「……信じられん」
低く呟く。
配信。
娯楽。
それだけのはずだった。
だが現実は違う。
商会との提携。
市場への影響。
そして民衆への浸透。
どれもが、王家ですら無視できない規模に膨れ上がっている。
「殿下」
背後から声がかかる。
振り返ると、そこには白い衣装に身を包んだ少女が立っていた。
柔らかな金髪。
穏やかな微笑み。
聖女――セレスティア・ルクレール。
「何かお悩みのご様子ですね」
優しい声音。
だがその瞳は、わずかに鋭さを帯びている。
「……セレスティアか」
アルベルトは視線を外し、椅子に深く座り直す。
「大したことではない」
そう言いながらも、隠しきれない苛立ちが滲む。
セレスティアは一歩近づき、机の上の報告書に目を落とした。
そして――
「……ルナ・ルミナス」
静かにその名を口にする。
一瞬の沈黙。
「この方が、噂の配信者ですか」
「そうだ」
短く答える。
「そして――」
アルベルトは、わずかに言葉を区切る。
「元婚約者だ」
その一言で、空気が変わる。
セレスティアの微笑みが、ほんのわずかに揺らぐ。
だがすぐに、元の柔らかな表情へと戻る。
「……そうでしたのね」
穏やかに言う。
「では、余計に気になる存在というわけですね」
その声音は優しい。
だが、どこか“探る”ような響きがあった。
アルベルトは立ち上がる。
窓の外に視線を向ける。
王都の景色。
そのどこかで、今も配信が行われているかもしれない。
「……あれは」
低く呟く。
「本来、あのようなものではなかった」
スキル。
それは神から与えられるもの。
秩序の一部。
だが“Vtuber”は違う。
既存の枠組みから外れている。
制御不能。
予測不能。
「放置すれば、いずれ問題になる」
その言葉には、確かな警戒が込められていた。
「問題、ですか」
セレスティアは静かに繰り返す。
そして少し考えるように目を伏せた後、口を開く。
「ですが……」
ゆっくりと顔を上げる。
「民の心を掴んでいるのであれば、それもまた“力”ではありませんか」
アルベルトが振り返る。
その言葉は、予想外だった。
「聖女として申し上げるならば」
セレスティアは続ける。
「人々が何を求めているかは、重要です」
「祈りだけでは満たされないものもある」
その言葉には、どこか現実的な響きがあった。
「楽しさや、繋がり」
「そういったものを提供しているのであれば……」
少しだけ微笑む。
「完全に否定するのは難しいかと」
アルベルトは眉をひそめる。
「お前は、あれを擁護するのか」
「いいえ」
セレスティアは首を横に振る。
「ただ、正しく理解する必要があると申し上げているだけです」
静かに。
だがはっきりと。
沈黙。
やがて、アルベルトは小さく息を吐いた。
「……では、どうする」
その問いは、半ば自分自身へのもの。
だがセレスティアは迷わず答えた。
「接触なさってはいかがでしょう」
「何?」
「直接、確かめるのです」
その瞳が、わずかに鋭く光る。
「その力が、本当に脅威なのか」
「あるいは――利用できるものなのか」
アルベルトはしばらく黙り込む。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……確かめる必要はある」
その声には、すでに決断が含まれていた。
「呼び出す」
短く言い切る。
王太子としての権限。
それを使えば、接触は容易い。
その様子を見つめながら。
セレスティアは、ほんのわずかに目を細めた。
(……面白くなってきましたね)
その内心は、表情には一切出ない。
ただ、静かに微笑むだけ。
一方その頃。
エレノアは、いつものように配信の準備をしていた。
水晶に手を伸ばしながら、小さく呟く。
「さて……本日は何をいたしましょうか」
その声は、いつも通り穏やか。
だが――
彼女の知らぬところで、状況は大きく動き始めている。
王家。
そして聖女。
二つの存在が、ついに彼女へと向かおうとしていた。




