第12章 王からの招待
それは、あまりにも唐突だった。
朝の穏やかな時間。
いつものように紅茶を楽しんでいたエレノアのもとへ、一人の使者が訪れる。
王家の紋章を刻んだ外套。
無駄のない動作。
その佇まいだけで、ただの訪問ではないと分かる。
「ルミナス侯爵令嬢エレノア・フォン・ルミナス様でお間違いございませんか」
「ええ、そうですわ」
エレノアは静かにカップを置く。
視線をまっすぐに向ける。
「王太子殿下より、謁見のご要請がございます」
――王太子。
その言葉に、部屋の空気がわずかに変わる。
ミレイユが息を呑む気配。
だがエレノアは、驚いた様子を見せなかった。
「……そうですの」
穏やかな声。
まるで、あらかじめ予想していたかのように。
使者が去った後。
部屋には静寂が戻る。
だがそれは、先ほどまでとは違う種類の静けさだった。
「お嬢様……」
ミレイユが不安げに声をかける。
「王太子殿下が、なぜ今になって」
その問いに、エレノアは軽く目を伏せる。
(理由は明白ですわね)
影響力。
それ以外にない。
かつては価値がないと切り捨てた。
だが今は違う。
無視できない存在になった。
だから――呼び出す。
極めて分かりやすい構図。
「……ミレイユ」
「はい」
「この招待、断ることは可能だと思います?」
問いは静か。
だが意味は重い。
ミレイユは少し考え、首を横に振った。
「王太子殿下からの正式な要請であれば……難しいかと」
「そうですわよね」
あっさりと頷く。
想定内。
エレノアは立ち上がる。
窓の外へ視線を向ける。
王都の街並み。
そのどこかに、今の自分を支えてくれている人々がいる。
(……逃げる理由はありませんわね)
むしろ。
「好都合、ですわ」
小さく呟く。
その言葉に、ミレイユが目を見開く。
「お嬢様……?」
「ええ」
エレノアは振り返り、微笑む。
「向こうから来てくださるのであれば、こちらも望むところです」
その瞳には、かつての令嬢にはなかった光が宿っている。
受け身ではない。
対等。
あるいは――それ以上。
夜。
配信の時間。
だが今日は、いつもとは少し違う。
エレノアは水晶の前に座りながら、ほんのわずかに間を置いた。
(さて……どこまでお話しするべきかしら)
情報の扱い。
それもまた、重要な要素。
「……配信、開始」
光が灯る。
視聴者数:3000
「ごきげんよう皆様。本日もお越しいただき、ありがとうございます」
落ち着いた声。
「ルナ・ルミナスでございます」
コメントが流れる。
『きた』
『待ってた』
視聴者数:3500
エレノアは一度、軽く息を整える。
そして――
「本日は、少々ご報告がございます」
その一言で、空気が変わる。
コメントがざわつく。
『何?』
『重大?』
「本日、王太子殿下より謁見の要請をいただきましたの」
静かに、しかしはっきりと告げる。
一瞬の沈黙。
そして――
コメントが爆発する。
『えええええ!?』
『マジか』
『ついに来た』
視聴者数:4500
エレノアはその反応を見つめながら、穏やかに続ける。
「皆様もご存じの通り、私はかつて婚約者でございました」
過去を隠さない。
むしろ、あえて触れる。
「その方からの呼び出し」
少しだけ間を置く。
「……なかなかに興味深い状況ですわね」
その言葉に、コメントがさらに加速する。
『行くの?』
『断れない?』
『どうなるんだ』
問いが溢れる。
エレノアは静かに微笑む。
「ええ、参りますわ」
はっきりと答える。
「逃げる理由がございませんもの」
その声には、迷いがない。
視聴者数:5000
コメントが一斉に流れる。
『かっこいい』
『応援する』
『絶対見る』
その様子を見ながら、エレノアは小さく息を吐く。
(……これもまた、流れ)
王家との接触。
それは危険でもあり、機会でもある。
そして今。
自分には“見ている人”がいる。
それは、かつてにはなかったもの。
「それでは」
エレノアは軽く頭を下げる。
「その結果についても、皆様にご報告できればと思いますわ」
未来を共有する。
それが、この場の価値。
配信はそのまま続く。
だが空気は、明らかに変わっていた。
期待。
緊張。
興奮。
すべてが混ざり合い、新たな段階へと進もうとしている。
月明かりの下。
ルナ・ルミナスは、次なる舞台へと歩み始める。
王城。
そして――かつての婚約者との再会へ。




