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第8章 燃え広がる追い風

炎は、消えるどころか広がっていた。


だがそれは、エレノアが想像していたものとは少し違う。


神殿や一部の貴族が投じた火種は、確かに強い批判を呼び込んだ。

だが同時に、それは別の反応も引き出していた。


――面白そう。

――何だそれは。

――見てみたい。


否定は、時として最高の宣伝になる。


そのことを、エレノアは身をもって理解し始めていた。


「……増えておりますわね」


朝。


水晶に映る数値を見つめながら、エレノアは静かに呟く。


登録者数:3100


一晩で倍以上。


しかも視聴履歴の波形は、明らかに通常とは違う。

急激な跳ね上がり。


(炎上、というものは……)


一種の現象。

そして、流れ。


「お嬢様、その……」


ミレイユがやや複雑そうな表情で覗き込む。


「良い方向、なのでしょうか」


その問いはもっともだ。


注目が増えることが、必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。


だが。


「……少なくとも」


エレノアはゆっくりと答える。


「見ていただける機会が増えていることは、確かですわね」


そして、少しだけ目を細めた。


「であれば、その機会を無駄にする理由はありませんわ」


ミレイユは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせる。


だがすぐに、ふっと小さく笑った。


「お嬢様、以前よりも……少々たくましくなられましたね」


「まあ」


軽く肩をすくめる。


「環境に適応しているだけですわ」


そう言いながらも、その表情にはどこか楽しげな色があった。


夜。


配信の時間。


いつもと同じように椅子に座る。


だが、ほんの少しだけ空気が違う。


(本日は……少々“試してみましょうか”)


エレノアは軽く息を整える。


「配信、開始」


光が灯る。


視聴者数:1200


開始直後からこの数字。


だが、もう動じない。


「ごきげんよう皆様。本日も月明かりの下でお会いできて嬉しいですわ」


落ち着いた挨拶。


「ルナ・ルミナスでございます」


コメントが爆発的に流れる。


『炎上から来た』

『例の人だ』

『本物か』


新規の気配が強い。


それを一目で理解する。


(では……歓迎いたしましょう)


エレノアは少しだけ笑みを深める。


「本日は初めてお越しくださった方も多いようですわね」


コメントが反応する。


『初見です』

『初見』

『炎上で知った』


「ようこそお越しくださいました」


丁寧に一礼する。


その仕草一つで、コメントの空気が少し柔らぐ。


「私はルナ・ルミナス。皆様とお話ししたり、ゲームをしたりして過ごしておりますの」


簡潔に、しかし印象に残るように。


“自己紹介”。


新規を定着させる第一歩。


ゲームを起動する。


だが今日は、ただ進めるだけではない。


「さて……本日は少々趣向を変えてみようと思いますの」


コメントがざわつく。


『何する?』

『企画?』


「先ほどの炎上、というもの」


あえて触れる。


一瞬でコメントが加速する。


視聴者数:1500


「せっかくですので――少し遊んでみましょうか」


その言葉に、疑問符が飛ぶ。


「皆様から“縛り”をいただき、それでこのゲームを進めてみますわ」


一拍。


そして――


『は?』

『それ絶対無理』

『面白そうw』


反応が分かれる。


だが、それでいい。


(議論が生まれる=注目される)


「では……最初の縛りをお願いいたします」


コメントが一斉に流れ込む。


『回復禁止』

『初期装備縛り』

『攻撃は一回だけ』


「……少々過激ではありませんこと?」


思わず苦笑が漏れる。


だがその様子が、さらにコメントを呼ぶ。


視聴者数:1800


「では……回復禁止、で参りましょうか」


決断する。


コメントが歓声に変わる。


ゲーム開始。


当然、難易度は跳ね上がる。


一撃の重み。

回復できない緊張感。


だが――


「……これは、面白いですわね」


自然と笑みがこぼれる。


『楽しそうw』

『適応早すぎ』


コメントと共に進む。


危険な場面。

ギリギリの判断。


そして。


「……ここで避けて」


コメントに従い、動く。


回避成功。


「今ですわ!」


攻撃。


敵を撃破。


視聴者数:2000


コメントが爆発する。


『うまくなってる』

『すげえ』


エレノアは小さく息を吐く。


(……これですわ)


ただプレイするのではない。

ただ見せるのでもない。


共に作り上げる。


それこそが――


「配信、ですのね」


その呟きは、確信に変わっていた。


配信終了。


水晶の光が消える。


部屋に静寂が戻る。


だが、その静けさの中で。


エレノアははっきりと理解していた。


炎上は、終わっていない。


むしろ――始まったばかり。


そしてそれは。


確実に“追い風”へと変わりつつある。








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