表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第7章 炎上という名の火種

その変化は、静かに――しかし確実に広がっていった。


ルナ・ルミナス。


その名は、もはや一部の好事家の間だけに留まるものではない。

王都の街角でも、商人の間でも、そして貴族の社交の場でも、話題に上るようになっていた。


「例の配信者、見ましたか」

「侯爵令嬢だったとか」

「まさか、あのルミナス家の……?」


好奇と驚き。

そして、わずかな嘲り。


それらが混ざり合いながら、噂は形を変えていく。


「……お嬢様、少々よろしいでしょうか」


昼下がり。

ミレイユが、普段よりも慎重な声音で声をかけてきた。


「どういたしましたの?」


エレノアは書物から顔を上げる。


「その……例の“配信”について、少々……」


言葉を選びながら、ミレイユは一歩近づく。


「良くない噂も、広まり始めております」


「良くない噂、ですの?」


エレノアは首を傾げる。


ミレイユは小さく頷いた。


「はい。特に……神殿や、一部の貴族の方々が」


そこで言葉を切る。


だが、続きを言わずとも意味は伝わる。


(……なるほど)


エレノアは軽く目を伏せる。


配信という行為は、新しい。

そして、新しいものは必ず既存の価値観と衝突する。


「どのように言われておりますの?」


静かに問いかける。


ミレイユは一瞬ためらい、それでも口を開いた。


「“信仰を軽んじている”と」


「……まあ」


小さく息を漏らす。


「“神に祈るべき時間を、娯楽で消費させている”とも」


続く言葉に、エレノアはほんの少しだけ眉を上げた。


さらに。


「貴族としての品位に欠ける、という声もございます」


その一言で、状況ははっきりした。


神殿。

そして保守的な貴族。


どちらも、この“新しい流れ”を歓迎していない。


(当然と言えば、当然ですわね)


だが――


エレノアの表情は、驚くほど落ち着いていた。


「……ミレイユ」


「はい」


「これは、止めるべきだと思います?」


問いは穏やか。


だがその奥には、確かな意思がある。


ミレイユはしばらく考え、そして首を横に振った。


「いいえ」


はっきりと。


「私は……お嬢様が楽しそうにしていらっしゃる姿を、初めて見ましたから」


その言葉に、エレノアは一瞬だけ目を見開く。


そして、静かに微笑んだ。


「……そうですわね」


答えは、すでに出ている。


夜。


いつものように、水晶の前に座る。


だが今日は、少しだけ空気が違う。


(さて……どうなりますことやら)


軽く息を整える。


「配信、開始」


光が灯る。


視聴者数:900


「ごきげんよう皆様。本日もお会いできて嬉しいですわ」


落ち着いた声で挨拶をする。


だが――


コメントの流れが、いつもより速い。


『炎上してるぞ』

『大丈夫?』

『神殿キレてるらしい』


エレノアはそれを静かに見つめる。


(やはり、ですわね)


隠すことはできない。

ならば――


「……どうやら、本日は少々賑やかな話題があるようですわね」


その一言で、コメントが一瞬止まる。


そしてすぐに、再び流れ始める。


視聴者数:1100


「皆様もご存じかと思いますが、私の配信について、いくつかご意見があるようですの」


言葉は穏やか。


だが逃げていない。


『言うのか』

『来たな』


エレノアはゆっくりと続ける。


「“信仰を軽んじている”と」


その言葉を、自ら口にする。


場の空気が張り詰める。


だが彼女は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「ですが」


そして、静かに言い切る。


「楽しむことと、誰かを想うことは、両立できるはずですわ」


一瞬の静寂。


次の瞬間、コメントが爆発する。


『それな』

『いいこと言う』

『泣いた』


視聴者数:1300


エレノアは続ける。


「私は、誰かを傷つけるために、この場を作っているわけではありません」


「むしろ――」


少しだけ言葉を区切る。


「皆様と共に、何かを分かち合うためのものです」


コメントの流れが止まらない。


『推せる』

『好き』

『これは勝った』


エレノアは小さく息を吐く。


(……届きましたわね)


完全ではない。

だが確かに、一部には。


「もちろん、ご不快に思われる方がいらっしゃることも理解しております」


冷静に付け加える。


「ですが、それでも――」


そして、もう一度だけ微笑む。


「私は、この配信を続けたいと思いますの」


その宣言は、静かで、しかし揺るがなかった。


配信はそのまま続く。


ゲームを始める。


コメントは、先ほどまでの議論とは打って変わり、いつもの調子に戻っていく。


だが――


何かが変わっていた。


視聴者数:1500


それは、ただの増加ではない。


“覚悟を見せた者”としての評価。


そして――


炎上という火種は、むしろ燃料となっていた。


月明かりの下。


ルナ・ルミナスは、変わらぬ笑顔で配信を続けている。


だがその背後で、確実に世界は動き始めていた。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ