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第6章 ルナ・ルミナスという存在

朝。


エレノアの部屋には、いつもより早く日差しが差し込んでいた。

カーテン越しの光が柔らかく床を照らし、静かな時間が流れている。


だがその静けさとは裏腹に、彼女の前に浮かぶ数字は落ち着きがなかった。


登録者数:1023


「……千、を超えましたのね」


小さく呟く。


昨日の配信を終えた時点では四百台。

そこから一夜で、この増加。


(これはもう、偶然ではありませんわね)


椅子に座りながら、エレノアはゆっくりと息を吐く。


自分が何かを“始めてしまった”という実感。


そしてそれが、思っていた以上に大きな流れになりつつあること。


「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」


ミレイユがいつものように紅茶を運んでくる。


「ありがとう、ミレイユ」


カップを受け取り、香りを楽しむ。


その仕草は優雅そのもの。

だが視線は、しっかりと数字に向けられている。


「……昨日の配信、大変賑わっておりましたね」


「ええ。私も少々驚きましたわ」


カップを傾けながら答える。


「正直なところ、ここまで広がるとは思っておりませんでしたの」


ミレイユは少し考え込むように視線を落とす。


「お嬢様のお言葉や振る舞いは、とても魅力的ですから」


「まあ」


あまりにも真っ直ぐな評価に、思わず苦笑が漏れる。


「それだけでは説明がつきませんわね」


そう言いつつも、否定はしない。


実際、何かが噛み合っているのは確かだった。


「……ただ、お嬢様」


ミレイユの声が、少しだけ真剣になる。


「その……“配信”というものは、多くの方に見られるのでしょう?」


「ええ、そのようですわね」


「では……あまりに目立ちすぎるのは、危険ではありませんか」


その言葉に、エレノアは少しだけ目を細めた。


(危険、ですか)


確かに、目立つということは、注目されるということ。

そしてそれは、必ずしも好意だけを意味しない。


だが――


「……それでも」


エレノアは静かに口を開く。


「このまま、何もせずに過ごすよりは、よほど良いと思いますの」


カップをテーブルに置く。


その動作は穏やかだが、言葉には芯があった。


「私にはもう、失うものは多くありませんもの」


その言葉に、ミレイユは一瞬だけ息を呑む。


しかしすぐに、ゆっくりと頷いた。


「……承知いたしました。では、私もお手伝いいたします」


「ありがとう」


エレノアは微笑む。


「ではまず、“配信者らしく”整えていきましょうか」


その日の夜。


エレノアの部屋は、ほんの少しだけ様子を変えていた。


背景となる位置に配置された調度品。

照明の調整。


そして、視線の高さ。


「……これで、少しは見やすくなりましたかしら」


ミレイユが少し離れた位置から確認する。


「はい、とても良いかと」


「それは安心いたしましたわ」


細かな調整。


だが、それが重要だとエレノアは直感していた。


(見せ方、ですわね)


ただ話すだけではない。

どう見せるか。


それもまた、この“配信”の一部。


「……では、参りましょう」


椅子に座り、軽く呼吸を整える。


その所作には、すでに迷いがない。


「配信、開始」


水晶が光る。


視聴者数:350


「……」


一瞬だけ、驚きがよぎる。


開始時点でこの人数。


だが、すぐに表情を整える。


「ごきげんよう皆様。本日も月明かりの下でお会いできて嬉しいですわ」


落ち着いた声。


「ルナ・ルミナスでございます」


コメントが一気に流れる。


『待ってた!』

『今日も来た』

『増えてるw』


視聴者数:420


「本日は……少し環境を整えてみましたの」


軽く周囲に視線を向ける。


『見やすい』

『いい感じ』


「そう言っていただけると、安心いたしますわ」


自然と笑みがこぼれる。


(……反応が返ってくる)


それだけで、場が成立する。


ゲームを起動する。


昨日の続き。


だが今日は、ただ進めるだけではない。


「本日は、少しだけ“工夫”をしてみようと思いますの」


コメントが反応する。


『工夫?』

『なんだなんだ』


「皆様のご意見を、より積極的に取り入れてみたいと考えております」


視聴者数:500


「例えば――どの道を進むか」


画面に分岐が現れる。


「こちらと、あちら。どちらがよろしいでしょう?」


一瞬でコメントが埋まる。


『右!』

『左だって!』

『罠あるぞ』


エレノアはそれを見つめる。


(……意見が分かれておりますわね)


少し考え、口を開く。


「では、多数決にいたしましょうか」


その提案に、さらにコメントが増える。


視聴者数:600


「……右が多いようですわね」


決断する。


進む。


そして――罠。


「……あら」


小さく首を傾げる。


次の瞬間。


「ちょっとお待ちなさい!?」


爆発。


コメントが爆笑に包まれる。


『やっぱりww』

『罠って言っただろw』


エレノアは一瞬呆然とした後、ふっと笑った。


「……皆様、なかなかにお茶目でいらっしゃいますのね」


その言葉に、さらにコメントが流れる。


視聴者数:700


(……楽しい)


失敗しているはずなのに。

なぜか、それすらも悪くない。


配信は続く。


試行錯誤。

失敗と成功。


そして何より、会話。


その全てが、エレノアの中で一つに繋がっていく。


やがて彼女は、はっきりと理解する。


「……これは」


小さく呟く。


「ただの遊びではありませんわね」


コメントが一瞬止まり、すぐに流れ始める。


『どういうこと?』


エレノアはゆっくりと微笑む。


「人と人を繋ぐ力ですわ」


その言葉は、自然と口から出ていた。


「そして、それは……とても大きな意味を持つものです」


視聴者数:820


誰もがまだ、その意味を完全には理解していない。


だが確かに。


“ルナ・ルミナス”という存在は、ただの配信者ではなくなり始めていた。













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